カーチュン・ウォン&日フィル Tribute to 坂本龍一 | 今夜、ホールの片隅で

今夜、ホールの片隅で

東京在住クラシックファンのコンサート備忘録です。

🔳日本フィルハーモニー交響楽団 第255回芸劇シリーズ(6/2東京芸術劇場コンサートホール)

 

[指揮]カーチュン・ウォン

[箏]遠藤千晶*

[ピアノ]中野翔太♭

[合唱]東京音楽大学♯

 

ドビュッシー/夜想曲♯

坂本龍一/箏とオーケストラのための協奏曲*

坂本龍一/The Last Emperor(映画「ラストエンペラー」より)

武満 徹/組曲「波の盆」より フィナーレ

坂本龍一/地中海のテーマ(1992年バルセロナ五輪開幕式音楽)♯♭

(アンコール)坂本龍一/Aqua

 

昨年3月に坂本龍一さんが亡くなってから、縁の深かった東北ユースオーケストラが演奏するのをテレビで観たりはしたけれど、在京オケの主催公演でこれだけの規模で坂本作品が演奏される機会は無かったと思う。日本人作曲家を積極的に採り上げているカーチュン・ウォンが、この時期に日フィルのシェフだったのも天の配剤と言うべきか。監修として小沼純一氏がクレジットされている(残念ながらプレトークを聴き逃してしまった)。

 

1曲目は坂本さんが大きな影響を受けたドビュッシーから「夜想曲」。「祭り」の行列が近付いてくる遠近法の場面、ハープ、ミュート付きトランペット、ティンパニ、スネアの各パーツがぴたりと嵌り、左右別々に見えていた立体写真がぐわっと立ち上がるような鮮やかさ。スコアが透けて見えるような「雲」、女声合唱による奥行きが深い「シレーヌ」も佳演で、カーチュンの明晰な指揮ぶりが冴える。

 

2010年初演の「箏とオーケストラのための協奏曲」は14年ぶりの再演。冬・春・夏・秋の四季を表す4楽章構成で、演奏時間は25分ほど。初演時には十七絃箏を4つ並べ楽章ごとに楽器を変えたそうだが、今回は二十五絃箏1つを使用し、駒の位置や数を各楽章間に調整していた。微弱な持続音をバックに箏が独り語りを始める冒頭から、抑制的で緩徐な楽想が続く中で、ミニマル・ミュージック風に動的な第3楽章がスケルツォっぽい。最後、箏と弦が祈るように歌うレクイエムにも似た旋律が深い余韻を残す。

 

休憩を挟み、「ラストエンペラー」のテーマと、武満徹「波の盆」のフィナーレ。タケミツにはアンビバレントな想いがあったらしい坂本さんだが、映像と音楽を結び付けた両者の代表的な作品ではある。続けて聴いてみると不思議な親和性があって、文脈は全く異なれど、日本人の琴線に触れるメロディーメーカーとして、やはり非凡な共通点があると感じざるを得ない。

 

最後に1992年バルセロナ五輪開幕式音楽である「地中海のテーマ」。この曲、坂本さんの訃報の時もサビの数秒間がよく流れたし、オリンピックの開幕式もテレビで観ていたはずだが、音楽の全体像がどうだったかまではさすがに記憶に無い。独奏ピアノ、打楽器セクション10人、混声合唱を伴う大編成で、波のうねりを思わせるヴォカリーズの合唱を聴いていると、「シレーヌ」や「ダフニスとクロエ」や「カルミナ・ブラーナ」の残響も聞こえてくる。機会音楽という制約の中に、作曲家の旺盛な創意が凝縮された貴重な記録。

 

アンコールはぐっと作風が変わって「Aqua」。それぞれの時代の、私たちが知っている坂本龍一が、音楽の中に生き続けていることを実感させてくれた好企画でした。