井上道義&日フィル 衷心のショスタコーヴィチ10番 | 今夜、ホールの片隅で

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東京在住クラシックファンのコンサート備忘録です。

🔳日本フィルハーモニー交響楽団 第397回横浜定期演奏会(5/18横浜みなとみらいホール)

 

[指揮]井上道義

[チェロ]佐藤晴真*

 

ショスタコーヴィチ/チェロ協奏曲第2番 ト短調*

(アンコール)カザルス/鳥の歌*

ショスタコーヴィチ/交響曲第10番 ホ短調

 

みなとみらいホールは久しぶり。前回ここに来たのもミッキー&ショスタコ目当てで、コロナ禍直前の2020年2月に交響曲第14番を聴いたのだった。その後、ホールの改修工事があり、視界を遮る網棚の撤去問題があった。井上道義&日フィル最後の共演となる今回は、東京ではやらないショスタコ・プロ。

 

前半はチェロ協奏曲第2番。開演前に、この曲についてのミッキートークがあった。作曲家60歳を祝う演奏会で初演されたこの曲には、故郷ペテルブルクの街への愛着とユーモアが込められており、バカ騒ぎをやる場面で菓子パン売りを真似たり、ほかにも呼び声に似たフレーズが紛れているそうだ。そういえば先週もサッチーがのロンドンの物売りの呼び声について語っていたが、2週連続で指揮者のプレトークで「竿竹売り」のモノマネを聴くことになろうとは…。

 

第1楽章が始まって数分後、珍しく独奏チェロの弦が切れ、ソリストと指揮者が一旦退場してやり直しに(ミッキーのやり直しと言えば、例の事件を…いや、もうその話はいいか…)。アクシデントにも集中力を切らさず、真摯に弾き切った佐藤さんの好プレー。この作品、あまり演奏機会は無いけれど、ホルンパートやダブルハープ、そしてショスタコ考案のチャカポコ奏法が追求された打楽器セクションなど、じっくり聴くとなかなか味わい深いですね。

 

後半の交響曲第10番は、丁寧で音楽的な響きに充ちた美演。第1楽章の序盤、低弦に導かれた弦楽合奏がしっとりと美しく、狂騒の第2楽章も後半の強弱のグラデーションがシルクのように滑らか。第3楽章もやはり弦の語り始めがニュアンス豊かで、最終楽章のとどめの「D-S-C-H」ですら弦の表情にふくよかさがある。もちろん弦以外のパートも良かったが、特筆すべきは信末首席のホルンで、第3楽章で12回くり返されるエリミーラ音型を、全て異なる強度で吹き分けていた完璧なソロが驚異的!

 

指揮者の作曲家への想いと、オケの指揮者への想い、双方の衷心からの熱意が、純度の高いパフォーマンスとして結実した。井上氏は読響との第5番も屈指の名演だったが、今回の第10番もまた然りで、やはりこの指揮者にはショスタコが似合う。

 

指揮者とオケの共演を「これが最後」と分かって聴くという経験は(結果的にそうなったことはあっても)かつて無かったし、今後もまず無いだろう。井上氏の引退予告以来、極めて異例のコンサートを我々は目撃しつつある。