ヴェンダース、エリセ、カウリスマキ | 今夜、ホールの片隅で

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東京在住クラシックファンのコンサート備忘録です。

このところ、懐かしい映画作家の新作を3本観る機会があった。ヴィム・ヴェンダースの「PERFECT DAYS」、ビクトル・エリセの「瞳をとじて」、アキ・カウリスマキの「枯れ葉」である。この3人、いずれもミニシアター全盛期の1980~90年代に作品を知り、よく観ていた監督たち。

 

ヴィム・ヴェンダース(現在78歳)は、「ベルリン・天使の詩」や「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」のようなホームランもあれば、「夢の涯てまでも」のような空振り三振もあって、打席数は多いが打率は決して高くない人。今回の「PERFECT DAYS」は会心のツーベースといったところか。主演の役所広司らキャストはほぼ日本人、セリフも日本語で、言われなければ日本人監督の日本映画だと思うだろう。しかし決して映画向きとは思えない令和の東京の風景が「絵」になっており(あのスカイツリーでさえ)、それを見つめる視点にはヴェンダースならではのものがあるし、やっぱり格が違うな…とも思う。

 

まさかビクトル・エリセ(現在83歳)の新作が観られるとは思わなかった。極端な寡作家で、「ミツバチのささやき」「エル・スール」で連続場外ホームランの後、3作目は例外的なドキュメンタリーで、それ以来31年ぶりとなる4作目が「瞳をとじて」。元映画監督の主人公が、撮影中に失踪した俳優の手掛かりを求めて数十年ぶりに動き出す…というプロットそのものがエリセ自身を思わせる。5歳で「ミツバチ」に出演したアナ・トレントが50年ぶりにアナ役で出演しているのも驚き(同じセリフまで言わせている)。閉鎖された小さな映画館で未完のフィルムを上映するラストシーンは、エリセ版「ニュー・シネマ・パラダイス」といった趣きだが、その味わいはビターで甘くない。

 

アキ・カウリスマキ(現在67歳)は、殺風景なヘルシンキ、寡黙な登場人物たち、シンプルなシナリオ、意外性のある音楽で早くから独自の美学を確立した人で、派手なホームランも無いが凡打も無いアベレージ・ヒッター。前作「希望のかなた」の後、引退を宣言していたらしいのだが、6年ぶりの新作「枯れ葉」で監督復帰した。相も変わらぬカウリスマキ節で、既視感のある話にもかかわらず、何故か引き込まれてしまう不思議(変わった点と言えば、ロシアのウクライナ侵攻のニュースがラジオで何度も流れることか)。ユニークな選曲センスも健在で、タイトルにもなったシャンソン「枯葉」(フィンランド語?)のほか、「悲愴」や「竹田の子守歌」なども流れる。

 

思えば個人の映画鑑賞史も、長い1本の映画のようなもの。追いかけてきた監督との、積み重ねてきた映画体験のドラマは、確実に終盤戦に向かいつつある。