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Nowのブログ

Twitterで書ききれなかったことをブログにしています。メインはヒストリーチャンネルやその他スカパーでのドキュメンタリー番組や日常のことになる予定です。

ナショナルジオグラフィックチャンネル「戦 3500年の歴史 01 武器」
ヒストリーチャンネル「古代の戦闘史 01 ハンニバル」
ヒストリーチャンネル「生命の進化 02 消化器」
ディスカバリーチャンネル「クローン人間の研究は続いていた」
ヒストリーチャンネル 「生命の進化 #1 目」
食事の15分の間だけ、と思って観始めたら続きが気になって最後まで観てしまった番組(;^ω^)

キプロス出身のザボス医師は、不妊治療の研究からクローン人間を誕生させる研究へと進んでいた。
アメリカではクローン人間を作ることは違法(日本でももちろん違法)。
そこで彼はクローンを違法としない中東で研究を続けることになった。
彼は何度かクローン胚を作る所まではいくつか成功するのだけれど…

というのが大筋だけど、このクローン技術にはいろいろな問題がある。
倫理的・宗教的・法的な問題はもちろん、健康体で産まれてくるかどうか、産まれた後に問題が発生するかもしれない。

その上このザボス医師、ウシの卵子に人間の顆粒膜細胞(クローン元のDNAが入っている細胞)を入れて胚を作っていたりする…( ゚д゚)オイオイ
なんでも、人間の卵子を使うのは費用がかかりすぎるから、胚がある程度育った(卵割した)段階まで行ったあとで人間の卵子に入れ換える(←これはかなり技術が確立されているらしい)ということもできるからって話だ。
さすがのザボス医師もウシの卵子のままクローン人間を誕生させるつもりは無いと断言していたけれど、ヒューマンエラーは何を引き起こすか分からんからねー

2009年の4月の段階で、37個の人間の卵子を14個胚にし、4個は卵割が進んだ桑実胚まで到達したと発表したらしい。
もし順調にいったら、ひょっとしたら今頃誰かのお腹の中で育っている、もしくはそろそろ出産という可能性さえある…( ゚д゚ )ヒョエー

ただ、振り返ってみると昔「試験管ベビー」と言われてその倫理性が問われ議論もされたものが、今では不妊治療である「体外受精」と一般的な認知をされてしまっている。
これと同じように、ひょっとするとこのクローン人間問題さえ過去のモノとなってしまう可能性もあるわけで。
もちろんそれがもし未来にあったとしたら、いろんな議論や法的整備・制限も整った後の話だろうけれど。

いや~とても気になった話だった。
・NHK 「美の壺 豪華絢爛!着物スペシャル」
・NHK 「NHKスペシャル MEGAQUAKE 巨大地震」
・NHK 「ためしてガッテン 挫折なし!失敗なし!女性の最強ダイエット」
今日は阪神・淡路大震災記念日。

当時私は大阪の東寄り(奈良側)にある実家に住んでいた。
父は丁度その震源真上の神戸に会社を持っていて、時々会社に泊まるということもあったけど、この日は大阪に普通に帰宅していた。

午前5時頃、東寄りの大阪とは言ってもそれなりの揺れがあった。
震度5弱、とニュースでは言っていた。
現在私は神奈川で生活しているけれど、この40年生きてきた中では一番大きな地震だったと今でも思う。
それでさえ、棚からモノが落ちるということはほとんど無し。
納戸になっていた部屋でモノが落ち、押して入るドアが開かなくなって難儀したことぐらい。

でも、父の会社はもちろんそんな状態で収まるわけがなく…話によると、一応建物自体は残っていたが、部屋の端に置いてあった大きなブラウン管テレビが反対の端まで吹き飛んでいたような状態だったそうだ。
当時の父は、私を含め他の家族との折り合いがあまり良くなかったこともあり、その他の話はあまり詳しく聞いてはいない。

しかし震災で地震への備えが重要だということぐらいは、神戸に行っていない私でも分かる(つもり)。
折り合いが悪いなりにも念のため、父の寝室にあったタンスに、固定金具を付けることにした。
固定金具は鴨居と家具を木ねじで留めるタイプのかなり丈夫なもので、3つあったタンスに計9個、ネジで留めるためにキリで穴を開けながらの結構な作業になった。
でも、これで家具が倒れないならイイコトじゃないか。

そしてその状態でしばらく父は寝室を使っていたけれど…
しばらくすると、父は寝室にある家具全てを別の部屋に移すように決めた。
母なんかは、せっかく私が父のために固定金具をつけたのに!とか部屋が狭いわけでもないのに!とか寝室で着替えるのにタンスが別の部屋だと不便じゃないの!とか(←これは確かにそうだな)、文句ブーブー。
私もせっかく固定金具を付けたのに(´・ω・`)と思いつつも、まぁ仕方がないと思い家具を寝室から撤去。
そしてそれ以降、この件を気に留めることもなかった。

しかし…
今改めてこの日が来てこの時のことを思い出した時、父がタンスを嫌がった理由がやっと分かったような気がする(←遅いw)。
金具程度でなんとかなるもんではないと、父は現地で実感していたからだろう。
一番安全なのは何にも置かないことだから。