このシナリオは小説の下書きとして書かれたものです。シナリオ全文はホームページでも公開中です。
●自宅マンションの最寄駅(夜)
英司が会社帰りで出てくる。スマートフォンの着信に気づく。出して画面を見る。
渚の声「お疲れさま。しばらくです。急だけど近いうちにふたりで会えませんか。できれば明君には内緒で」
英司「――(もしや睦美のことか、と思い、なくはない、と思う)」
●プレジール・店内
渚がいつも通り働いている。
●英司と明の家・ダイニングとリビング
明がダイニングでひとり夕飯。英司はリビングでテレビを見ている。会話なし。
●渚と睦美の家・ダイニング(朝)
渚が朝食。睦美は食器を洗っている。会話なし。
●英司の会社・会議室
英司が大きなディスプレイで仕事のプランを説明している。
●明の会社・オフィス
明が働いている。
●プレジール・レジ
渚が帰る客に向かってにこやかに笑顔。
●渚と睦美の家・リビング
睦美が洗濯物をたたんでいる。
●ファミリーレストラン・外観(夜)
自宅の最寄駅近くの店。幹線道路に面している。車が前を行きすぎる。
●ファミリーレストラン・店内
英司がノートパソコンで仕事をしている。ドリンクのグラスがある。出入口を見る。
渚が店内を見まわして英司に気づき、微笑で来る。
英司「お疲れさま」
渚「ごめんね(正面に座る。英司の服を見て)会社帰り?」
英司「ああ、一度帰ると出にくいから(パソコンをしまう)」
渚「そう。ごめん」
英司「明日休みだし、遅くなるって言ってある(メニューを取って渡し)どうぞ」
渚「ありがと。食べたんだよね?」
英司「うん、終わってこれ(とグラスを指さす)」
渚「どうしようかな(とメニューをひらく)」
ドリンクバーで英司が2つのグラスに注ぐ。時間経過。
英司「(席に戻って)はいアイスティー(と渚の前に置く)」
渚「ありがと(おしぼりで手を拭いている)」
英司「睦美ちゃんにはなんて、今夜。内緒?(軽く聞く)」
渚「うん、遅くなるってだけ」
英司「そう。密談?」
渚「(目を伏せ)このまえ彼女と話したって、聞いた、スーパーの帰りって」
英司「あぁ――」
渚「子供のこと、彼女が欲しいっていう」
英司「うん――聞いたんだ?」
渚「なんか様子がおかしかったから、最近」
英司「茨城行って、いろいろ言われたらしいし」
渚「うん」
英司「それきっかけかもしれないね」
渚「英司さんはどお? 正直。どう思う?」
英司「うん――」
渚「無理はわかってる。それ抜きに」
英司「養子とかじゃなく、自分で産むってことなら、まずは相手が要るわけだし」
渚「うん――」
英司「それは明ってなるのかな、人工授精とかで」
渚「難しい?」
英司「渚さんはどうなの? 正直」
渚「私は――自分が産むとか、ほとんど考えたことなくて」
英司「――そう」
渚「睦美が産むとか、生まれた子が家にいるとか、それもうまく想像できないけど」
英司「うん」
渚「彼女がどうしてもって、望むならかなえられないかって」
英司「――」
渚「無茶苦茶はわかってる。でも私たちは、同性しか愛せないだけでしょ。ほかはそんな違わないはず。子供が欲しいってなるのも、自然なんだと思う。英司さんもそうじゃない?」
英司「自然かはわかんないけど」
渚「つくろうと思えば子供はつくれて――そりゃ欲しがればすぐできるか、簡単じゃないだろうし、苦労してる人たくさんいるし」
英司「うん」
渚「でも欲しがるのもいけないのかって、私たちは」
英司「――」
渚「異性を愛せないのは――英司さんと明君は好きよ、友達として勿論」
英司「ありがと」
渚「でもそれ以上なれないのは、私らのせいじゃない。望んでこうなったんでもない。卑下する気はないし、今さら親を恨まないし、自分の人生を生きるしかないけど、いろんな我慢してなんとかやってきて、まだ諦めなきゃいけないのかって」
英司「――うん」
渚「そんなこと彼女に言いたくないって」
英司「――」
渚「勝手かな?」
英司「明の子供嫌いは、まぁ昔からなんだけど」
渚「そう――」
英司「睦美ちゃんに話を聞いたあと、なんとなく探りを入れたけど、相変わらずっぽく」
渚「そう――」
英司「あいつは怖いってのもあるんだよね」
渚「怖い?」
英司「いま渚さんが言ったみたいに、僕らはゲイで、それなりに苦労して、選んだわけじゃないのにその苦労を強いられて、自分の子がそういう人生歩くこともある。13人に1人って言うんだし、LGBTの割合」
渚「うん」
英司「僕もあいつも、自分のことはもう受け入れてるけど、もし子供が同じだったらって、考えちゃうんだ、どうしても」
渚「――」
英司「またぞろ苦労させんのか。自分が苦労したのに。こんな世の中に生んで。運命背負わすのが――それ言ったらどんな人生もだね。怖い。なんかしら運命背負うのは一緒。だけどどうしても――」
渚「――」
英司「そこまで考えずに生きられたら、どんなにいいか。楽か。羨ましい反面、あいつは憎んでる。考えなしに親になるような、そういうこと、そういう人。子供の方に自分を重ねて」
渚「――(涙が落ちる)」
英司「――」
店員「お待たせしました(渚の料理を持ってくる。空気を察していろいろ言わずに伝票を置き)失礼いたします(と去る)」
渚「(涙を指で拭いていて)ごめんね。別れ話かと思われちゃうね」
英司「いいよ、どう思われたって。さんざん人目を気にして、今もビクビク生きてる。いい加減うんざりなんだ」
渚「(涙を拭き終える)」
英司「時間が経てば、年を取ればあいつも変わるかもしれないし、選択肢として話すのはアリな気がするけど」
渚「うん」
英司「タイムリミットあるしね、つくるとしたら。待たれるのはプレッシャーかもしれないから」
渚「うん」
英司「話すにも時期がある。少し、少し様子見よう」
渚「わかった」
英司「食べて」
渚「いただきます」
●マンション・通路
英司と渚が帰ってくる。渚の家の前でとまり、
英司「じゃ、おやすみ」
渚「うん、今日はありがと」
英司「ゆっくり休んで(自宅へ)」
渚「おやすみ(見送る)」
英司がドアをあける時にまたうなずき合い、ほぼ同時に入る。
●渚と睦美の家・リビング
渚「(来て明かりを点ける)」
睦美「(ソファーで寝ていて目を覚ます)おかえり」
渚「ただいま(テーブルの缶酎ハイなどを見て)飲んだの?」
睦美「(微笑で)酔っちゃった。今日はここで寝る。放っといて」
渚「そう」
睦美「電気消して(と寝返り。背を向ける)」
渚「――」
●英司と明の家・寝室
英司が着替えている。トイレの流す音が聞こえ、
明「(廊下から覗き)おかえり」
英司「ただいま」
明「日曜に睦美ちゃんたち呼ぼうと思うんだけど、どうかな」
英司「日曜?」
明「明日の土曜は渚さん仕事だろ、夕方まで」
英司「あぁ――」
明「先週の茨城のお礼に。何がいい料理。また焼肉とかでいいかな」
英司「俺はなんでもいいけど」
明「ふたりだよ。まぁいいや。考えといて。連絡すんの明日だし(リビングに去る)」
英司「ああ――」
●プレジール・店内(昼前)
渚が働いている。スマートフォンの着信に気づいて見る。
明の声「おはよう。明日うちに来ませんか。先週の茨城のお礼です。ごちそうします。渚さんもどうぞ。焼肉予定。昼でも夜でもOKです」
●渚と睦美の家・ベランダ
明の声「(続き)ほかに食べたいのあれば言ってね。難しい料理はダメだぞ」
洗濯物を干している途中で睦美がスマートフォンを見ている。それから並びのベランダを見る。英司たちの家のベランダで英司がやはり洗濯物を干している。
●スーパー・店内
明が買い物をしている。
●マンション・外観(夜)
強い雨が降っている。台風情報のアナウンスが先行し、
●テレビ画面
台風情報が流れている。明日午後に関東の東海上を通過の予報。
●マンション・通路(翌日・昼)
台風情報がここまでこぼれ消えていく。
渚と睦美が自宅を出て、英司と明の家に行く。強風で通路に雨が入る。よけながら向かう。
●英司と明の家・ダイニング
4人が焼肉を食べている。ビールも出ている。普通に会話し笑顔。
●ベランダ
あけてあった窓を明が閉める。雨風がひどい。
●リビング
明「(リモコンでエアコンをつけ)扇風機と換気扇じゃちょっと暑かったね」
渚「(ソファーにいて)焼肉じゃしょうがない」
睦美「(渚の隣りにいて)煙こもるし」
渚「ニオイも」
明「ああ(キッチンを見て)いいじゃんあとで」
英司「(キッチンで片づけていて)水つけとくだけ」
明「(渚と睦美に)お盆の予定全然てのは、変わらず? もうひと月切ったけど(ソファーに座る。テーブルには明と英司の飲みかけの缶ビールがすでに運ばれている)」
渚「のんびりしたいはしたい」
明「店は休み?」
渚「1週間」
明「そう」
渚「ここんとこずっとバタバタで、予定立てる余裕なくて」
明「大変。俺らもまぁバタバタしたけど」
睦美「うん」
明「実家はなんも? 来いとか」
渚「今んとこは(首を振る)新婚3ヶ月じゃ言わないんじゃないかな」
明「そうね。俺らもたぶん、さすがに平気っしょ」
睦美「うん」
明「なんかお盆のこと話してっと(キッチンから来た英司に)俺らが会ったのってちょうど1年前?」
英司「ああ、そうだな。4人で中華行って(明の隣りに座る)」
渚「懐かしい」
明「ね」
睦美「写真とか撮っとけばよかった」
英司「確かに。緊張してそこまで頭まわんなかった」
渚「明君が無口で」
睦美「こんなしゃべるなんて」
明「そりゃ最初はそうよ。心閉じて生きてきたし」
渚「あぁ――」
明「今でも多少。みんなそうじゃない?」
睦美「――まぁ」
明「いろいろあって時間も経てば、そりゃほぐれる。いろいろあるもんだね、1年て。あの時こんな風になるなんて思ってた?」
渚「ううん」
英司「(明に)どした。酔ったか?」
明「ん? ナニ俺、恥ずかしいこと言ってる?」
英司「いや、まだギリ平気」
明「よかった。飲んでる? 追加持ってこよっか(と渚に聞く)」
渚「今あけたばっか(笑顔で缶を振る)」
明「そうか」
睦美「やっぱ酔ってるかも」
明「だね。すんません。これからもお世話んなります」
渚「ハハハ」
英司「どうした」
明「いや、ぶっちゃけるとはじめはね、俺メンドイって方が強くて」
睦美「ひどーい」
明「いや聞いて最後まで。最初そうだったけど、いろいろこうミッションクリアしてくうち、意外なほどよかったって言うか」
渚「そう」
睦美「――」
英司「はじめて聞いた」
明「乗り越えてる感じ? 4人で。いろいろあっても今になると、よくやったなって」
英司「やったよ。やってる」
明「ありがと」
英司「じゃなくて、みんな、自分も、自画自賛」
渚「自分らで褒め合わないと。他人には話せないし、褒めても勿論」
睦美「うん――(目を伏せる。笑顔ない)」
明「(それを気にし)あ、睦美ちゃんはどお? 後悔しちゃったりなんかその――いや茨城でね、それなりに親に言われて(渚に言う)」
渚「うん」
明「聞いた?」
渚「ちょっと」
明「子供の予定とか、俺のお袋に。どう返すのがベストだったんか――結局はぐらかしたりウソついたりだし、相手によるから正解違うんだろうけど」
渚「難しいよね(英司を見る)」
英司「うん」
明「その策練らないと。子供はあり得ないんだし」
睦美「――(目を伏せている)」
明「(睦美に気にし)あり得ないよね?」
睦美「(目を伏せたまま苦笑し)そうね」
明「ほしいの?」
睦美「――」
明「(笑って)いやいや、冗談、冗談キツイよそんな。そういう結婚じゃないし。冗談だよね?」
渚「(睦美を見ていて)本気みたい」
明「え」
渚「今はそういう気持ちみたい」
明「――」
英司「(渚に)ちょっと待って」
渚「(英司に)ウソはつかない方がいい。もうさんざん世間に、家族にもウソついて、せいぜいこのあいだだけは」
英司「――」
睦美「――」
明「どういうこと(英司を見て)英司も知ってたの? なんで言わねぇの」
睦美「忘れて。もういいから。すぐ収まるし」
渚「ほんと収まる? 収めてそれでいい? 同じ気持ちにまたならない?」
睦美「だいたいつくりようないし」
渚「方法はあるよ。ないことない」
明「ちょちょちょっと待って。方法って――それ以前の問題じゃない。俺は子供なんていらないんだ。嫌いなんだ」
渚「怖いからでしょ。嫌いよりも、同じ苦労を子供にさせるんじゃって」
明「(英司に)そんなことまで話したの」
渚「変わらないかな、それ。1年経ってこんなに変わって、そこは絶対変わらない?」
明「――変えろっての」
渚「違う。そうじゃないけど」
明「英司はどうなの。どう思ってんの」
英司「――無理強いはいけないに決まってる」
明「無理強いって」
英司「(睦美を見て)自分の希望がいつも通るわけじゃない。一緒に生きてれば――でももしその線で行くなら(明を見て)全力で協力する」
明「え?」
渚「私も。なんなら4人で育ててもいい」
明「ちょっと待ってよ。ふざけんなって」
渚「ふざけてない」
明「そんな育てられ方して子供はどうなんの」
渚「大事に育てれば別に」
明「なめてない? そんな簡単なもん?」
渚「簡単とは全然」
明「調子乗ってんじゃないかな、こういう結婚してもなんとかなってて」
渚「――」
明「なんとかなってんのは努力でしょ。みんなの努力でやっと――運もある。順調なのは今だけ。これからどうなるかわかんない。でも俺たちは選んだ。自分で選べた。でも子供はそれできないんだ」
睦美「――」
明「さらに努力を、苦労をさせて――そういうの本気で考えてんの」
渚「――」
間。おもての風雨の音。
英司「頭じゃなくて、血のつながった家族が欲しいって、そういう気持ちになることあるんじゃないかな」
明「血がつながってるとなに。家族ってなんなの。俺らは家族じゃないのかよ」
英司「――」
明「そう思ってるけどね俺は」
睦美「――」
明「英司が俺に言ったんだ。いろいろ積み重なってできた気持ち、大事なのはそれだろって」
英司「わかった。もうよそう。今日のところは」
渚「――」
睦美「ごめん――ごめんなさい」
渚「――」
睦美「(苦笑し)そうだよね、こんなに考えてもらえて、私のことで、ほんと家族、充分」
明「――」
睦美「ありがと」
明「そんなン言われっと、俺がひとり自己中みたいだけど」
英司「そんなことない。思わなくていい。明の方が正しいかもしれない」
明「そうは言わねぇけど」
英司「なんか――間違ってたのかもね」
明「え?」
英司「よくやってるって、自分のこと含めて、誇らしく思ってるけど、でも一方で――世間をだまして、親に隠して、結局逃げた。説明する努力しないで、戦わなかった」
渚「だって」
英司「わかってる。ひどいよね。言い出したのは僕なのに」
渚「じゃなくて、なるべく誰も傷つかないようにって、考えたからでしょ」
英司「無難な道を選んだ」
渚「そんな――カミングアウトを? すべきだった?」
英司「そういう小さな一歩一歩で、世界はだんだん変わったのかもしれない」
明「――」
英司「変わってくのかもしれない」
睦美「――」
渚「できた? じゃあカミングアウト」
英司「――いや」
渚「ギリギリだったでしょ。ギリギリで選んで、しょうがなくだったでしょ」
英司「でも子供をつくれなくても、今いる子が、これから生まれてくる子も、僕らみたいな子はきっといる。そういう子たちに少しでも、生きやすい世界を渡せたんじゃないか、残せたんじゃないか、もし戦ってたら」
渚「そこまで背負わなきゃいけないの? 私たち。なんで?」
英司「――」
渚「私たちのせい? 生きづらいの」
英司「――」
睦美「ただ幸せに――幸せになりたいだけなのにね(涙が落ちる)」
明「――」
睦美「(口元を両手で覆い泣く)」
渚「――」
英司「――」
明「(目を伏せ)――考えるよ」
英司「ん?」
明「考える、子供のこと」
睦美「――いいの、もう」
明「自分でとまっちゃ、固まっちゃダメだ。前向きに――向かないと」
英司「――」
明「みんなも考えてよ」
渚「うん――考えよう」
英司「ああ」
渚「それでまた話そう。ね(睦美に言う)」
睦美「(うなずいて明に)ありがと」
明「いやぁ」
英司「(うなずいて明にグーを出す)」
明「(苦笑しグータッチ)」
●朝の住宅地・情景
台風一過の晴天。
●満員電車
英司が揺られている。
●渚と睦美の家・リビング
睦美が掃除機をかけている。
●明の会社・オフィス
明が働いている。後輩に見本を見せて指導している。
●プレジール・店内
渚が笑顔で客を迎える。
●英司の会社・工場
英司が技術者と相談している。新商品の開発。
●ある会社の一室
睦美が面接に来ている。
●英司と明の家・風呂場
明が掃除している。
●プレジール・店内
今日で退職する丸山にスタッフのひとりが花束を渡している。全員の拍手。渚もいる。
●房総半島
英司の声「他人は僕らを不幸と思うかもしれない。確かにあんまりない話だろう」
真夏の陽射し。お盆の混雑。海岸通りに英司の車がある。英司と明と渚と睦美の4人が乗っている。笑顔で話している。
英司の声「それでも、それでも僕らの物語だ。これからも続く」
空撮が海岸線と大海原を映し、
●エンドマーク
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