不思議、大好き! -10ページ目

不思議、大好き!

文章はすべてフィクション。ほぼ1話完結。

夜。独り。外へ。

上を向いて、目を閉じて、深呼吸する。

上を向いたのは、より広い空間を意識するため。目を閉じたのは、わずかな街灯を無視するため。深呼吸するのは、内に秘めた感情を吐き出すため。

そうすると、なんだか自分と闇の境界線が薄くなる。


虫の鳴き声が聞こえる。澄んだ空気が息を潜める気配が聞こえる。夜空に浮かぶ星の呼吸が聞こえる。


じっとそのまま。そのまま。そのまま…。



明日の足音が軽快に聞こえたなら、君は幸せだ。

僕は憑かれているらしい。

知人が教えてくれた。

そんなことを言われるのは初めてだ。

教えてくれた知人は普段笑顔の絶えない明るい女性。冗談ばかり言って、周りを笑わせてばかりいる人。でも、そんな人が真顔で言った。

あなた、憑かれてるよ。べっとり。そうとうあなたを恨んでる。

最初、何かのジョークかとも思った。けど、周りに僕しかいない。その知人は誰かを笑わせようとしているわけではなかった。

コメントの仕様がない。最初、僕はあまりそういった事とは縁がないからそんなに気にならなかったんだけど、少し気になった。思い当たる節がなくもない。

そこで色々とその憑いている人について訊いてみた。すると、思いも寄らない人だった。いや、僕が普段考えない人らしい。

もちろん、特定できるほど、知人は見えているわけじゃない。だから、あくまで推測の域を出ない。あぁ、あの人かという程度。

思い当たっている人とは実際は違うかもしれない。嘘かもしれない。でもまぁ憑いているなら憑いているでもいいやという気になった。

その知人は、声に出して謝ることが大事だと何度も教えてくれた。会って謝罪するとかではなく、詮索も必要なし。だって、たぶんその人は死んでいるとのこと。

そうかぁ、死んじゃったのか。僕はそう思った。僕を恨んだまま死んだとしたら僕はとても申し訳ない気がした。

声に出して謝ることはできるが、気持ちが入らない。なぜならそれは恨んだままでいるという事に対してであって、恨みの内容に対してではない。何を恨まれているのか分からないんだもの。

夜。タバコをふかしながら、そのことについて頭を馴染ませてみた。ブラックボックスの中に手を突っ込んでそこに在るという存在感をただただ身体に馴染ませるように。

でも僕には、僕から遠ざかったもののようにしか感じ取れなかった。通じ合えない、僕本心とは繋がらない。一方通行の道をそれぞれ歩いている様で、僕らは決して出会うことがないみたいに。

霊的なものでも僕はその人に入り込めないし、その人も僕に入り込めない。

これについては生きている人と大差ない。

夢にでも出てくれば良いなと思ったけれど、その夜現れることはなかった。

たとえその人の逆恨みだったとしても僕はそれを受け入れることにした。この場合、恨まれるか恨まないかは僕が決める事じゃない。そこに誤認や錯誤があったとしても、ましてや何を恨んでいるかが分からなくても、今現在も僕に対して恨んでいるのだ。

背負ってやる背負ってやる。背負ってやるさ。それが贖罪になるならいいさ、と僕には思えた。

そう思っていると、その知人は言った。

諦めない方が良いよ。あなたに合わせるのはとても難しいし、後ろの人とも合わない。でも、色々と諦めない方が良い。

色々なものが遠ざかっていく毎日に僕は色々なものを諦めかけている。その知人の言葉で、いろいろなことを諦めかけていることに気づいた。とはいえ、現実的な、実現可能性が無くとも、諦めない方が良いんだろうかと引っかかった。

考えるな、感じるんだ。言葉に囚われるな。身を自然に委ね、そこから感じ取れた事が真の正解なんだと誰かが言っていた事を思い出した。

因果関係とか、整合性とか、つじつまとかの舗装道路は必要なくて、そういった道筋からでは辿り着けないところに、真の正解があるんだろうか。

だとすると、僕は思考を停止するしかない。

今のところ、後ろの人その知人を介してしか感じ取れない。

でも、もうこれ以上訊くことが無い。



死にたいと思ってから11年目。僕自身について新たな事を発見した。僕は独りではないらしい。

夜の小川のせせらぎが好きだと言っていた。夜中に2人でその音を聞いたことがある。僕らはただ音に耳を澄ませていた。

たしか、車の中で彼女はうずくまっていた。膝掛けを肩まであげて、窓ガラスから耳を出して。闇が車を覆っていた。

せせらぎの波紋は僕らの心にそれぞれぶつかる。そして新たな波紋ができる。心に反響した波紋で僕らはお互いの気持ちに触れることができた。

そうやって時を過ごすことが僕は好きだった。


でも今はもういない。

あの時のことが嘘みたいだ。


でも、嘘では決してない。


あんなに好きだったのに。

遠ざかっていく。

先に進もうとすると、僕はとても疲れていた。思った以上に脚は重く、身体は進むことを拒んだ。仕方なく僕はもう一度切り株に座った。

疲れている、両目を何度も指で揉むくらいに。でも、視界をそうやってぐちゃぐちゃにして、指を離したら、パッと疲れがとれて、鮮明な世界と意識が戻ればいいなと想う。まぁでもそんなことは起こらない。

疲れているときというのは、体は冷たくない。不器用な言い訳のように、体の輪郭がじんわりと温かく、どことなく落ち着かない。まるで体の縁に電熱線が張られているみたいに。

僕はその落ち着かない熱源を、電熱線を辿って探ろうとする。どこかにそれはあるはずだ。蚊取り線香のように入り組んだ先っちょに熱源はあるはずだと考えた。

でも上手く探り当てることができない。それは上手く集中できないからかもしれない。断片的なイメージが頭の中でいくつも現れては消えていった。

辺りはシンとしていた。息を潜めるように木々は沈黙を守り、その沈黙の壁の先に多くの言葉にならない思いを忍ばせている。檻の外で、寡黙な看守にじっと見つめられているような落ち着きのなさを感じた。

すると、規則的な音が聞こえてきた。コンッ、コンッ、コンッ。コンッ。コンッ。コン。

僕は立ち上がり、音のする方へと歩いていった。

行き先はなかった。探し物はどこにあるかわからない、あるのかどうかさえも確信はない。行く当てはどこにもない、十字路のどれかの道を選んだときのように。

いつしか、辺りは暗くなっていた。視界は闇に侵食されつつある。山の中であることを僕は思い返した。

でも、それと比例して周囲の物は暗示的にその姿を僕に見せ始めていた。

切り株の隣には、けもの道があった。手入れされた道ではなく、注意深く見ないとそれと分からないような代物だった。ラグビーボールくらいのアルマジロが身体を擦り付けながら、慎重に進んでいったような痕に思えた。

けもの道はくねくねとしていて、所々に"溜まり"のようなものさえあった。彼女は地面に身体をこすり付けながらどこかに向かったんだろうか。または、何かを探しながら、進むともなく進んでいたんだろうか。

何を探していたんだろう。眼球に浮かばせたコンタクトレンズのような気がした。それを落としたのなら、これほどまでに慎重に探すかもしれない。

でも、アルマジロがコンタクトレンズをしているわけはないし、ましてや落とすわけはないじゃないか。

僕は自分がとても飛躍的な物の考え方をしていることに気づいた。

そう考えると、僕はとても不確かな捉え方をしていることになる。

ふと、僕のこの飛躍した考えの傾向が周りの人に迷惑を掛けているのかもしれない。

試しに、自分の周囲の人々の顔を思い浮かべてみた。そして、最近の関わりを思い出してみた。でも結局、僕はその人々に迷惑を掛けているかどうか分からなかった。

掛けているかもしれないし、掛けていないかもしれない。

でも、多くの場合、飛躍という因果関係の無視は間違った言動や結果を招くだろう。

そうであっても、やっぱり目の前のけもの道について、僕はアルマジロのそれと思わないわけにはいかなかった。

思いとそれへの考えに大きな隔たりがある。

僕には致命的な欠陥があるんだろう。それを正す事なんてできるんだろうか。やれやれ。

目をつむり、頭をリセットする事にした。そういう時は、目をつむって、周囲に素直になることが大事だ。耳を澄まし、周囲からもたらされる事象で、感性を洗うのだ。

すると。僅かな風が木々の葉をこすらせていた。そして、そこには、濃度をもった温かい呼吸のようなものがあった。

日は沈みかけていて、月は空を横切ろうとしている。生物はそのリズムの中にあって生きている。時間はその生きていることを後押しするように周囲の環境に溶け込み、進み続けている。

この中心には僕がいる。あるいは、僕は僕を中心にしてそれらを感じている。いづれにしても、僕の空間認知は、僕を真ん中に置いて、僕はそれらを感知し、認知していた。

僕は再び目を開いて、立ち上がった。

目の前には僕の見える世界が広がっている。前にも後ろにも。右にも左にも。空にも地中にも。

僕は端っこなんかではなく、いつでも世界の中心にいる。

できる限り、この世界の先に行ってみようと思った。
切り株に腰を下ろして、タバコを吸った。

タバコの煙は青紫で、口から吐き出される煙は白かった。僕の肺の中で煙の粒子は水分を含み、その大きさを膨らませる。そして、それが外に吐き出されると、その大きくなった粒子は光を浴びて、白く見せる。

僕を含まないタバコの煙の粒子は小さくて、光の青色を反射して、青白く見せる。

何かを含むと、それ自体は大きくなり、大きさだけではなく、色彩をも変える。

今、僕の目の前に広がる世界はどことなく青白かった。この山に入る前は、眼前の世界は濁った灰色だった。世界は小さくなったんだろうか。

日々決まった生活を送り、毎晩自分をなんとか奮い立たせて、明日の仕事に向かう。

今は、そんなことを考える必要はなかった。仕事もないし、ルーチン化された日常もない。僕はこの山の中で好きなところに行けるし、やらなければならないことはひとつもない。確かに目の前に広がる世界は多くのことを削ぎ落とされて、小さくなったのかもしれない。

いや、でも、僕はこの小さくて青白い世界で何かを探していたんだ。

ここにあるはずのもの。僕には目的があったはずだ。それを手にするためにこの山に入ったんだ。

切り株は冷たかった。でも、居心地は悪くない。この切り株に出会っただけでも、僕の選択は間違っていない。
目の前の十字路を見詰める。

ここには僕しかいない。いつも分かれ道を目にする時、僕は独りだ。もちろん、どちらに進むべきか、僕は考える。

三叉路の時は、まだ良い。そのどれもがだいたい同じ方向を向いているからだ。疑問の余地は、進む先で修正できると、楽に考える。

でも、十字路は違う。

それぞれ明後日の方向を向く道筋を眺める。

見当には自信がない。現在地から、それぞれの道が僕をどこに向かわせるかなんて、見当もつかない。こうなるだろう、という予感はふわふわと宙を舞っている状態。

見えるところに、何かランドマーク的なものがあると助かるんだけどな、って思った。でも、そこには、けもの道みたいなものしかない。こまったな、こりゃ。

僕が眉間にシワを寄せていると、どこかで鳥の鳴き声がした。キリッキリッと彼は高い声で鳴いていた。辺りを見回したけど、それらしい鳥は見当たらなかった。

そのうち、左目が痙攣してきた。あまり良い傾向じゃない。お世辞にも。

そして、僕は左に逸れた。
デッキチェアに僕らは座った。

それは暑い午後だった。

目の前には海が広がっている。波のひだは、規則正しく、でも不用意に、海辺に頭をすり寄せている。まるで甘える猫のように。

彼女はトロピカルフルーツのリキュールを飲んでいた。僕は何も飲んではいなかった。いつもはアイスコーヒーをタバコと一緒に飲むんだけど、そんな気分ではなかった。

僕は目を閉じた。心の中に、スチールウールみたいな毛むくじゃらなものを抱えていたから。とはいえ、焦る理由はひとつもない、ゆっくり眺めよう、そう思っていた。

僕らは無口だった。彼女は時折そのリキュールを口にしていた。グラスの氷の音で僕はそれを感じ取った。

辺りには、彼女以外誰もいない。波の音がいつまでも、とぎれることなく僕の耳を包んだ。海猫の鳴き声が聞こえたような気がして、僕は目を開けた。

ここから、ずっと遠い場所で海猫は鳴いていた。その高い鳴き声は、なんだかとても不自然なように思えた。なんでだろう、目を閉じていた時には、全然そう感じなかったのに。

彼女を盗み見てみた。彼女はサングラスをしていて、真っ青な空を向いていた。表情は読みとれないし、暑さのせいで、彼女の意識まで僕の神経は届かなかった。

焦ることはないんだ。僕はそう思い返した。時間はたっぷりある。

仕事もないし、光熱費や公共税の支払い、食事の買い出しなんかの生活に必要な手続きもない。少しでも煩わしいと思えることはひとつもないんだ。いつまでもこうしていていいし、淋しくなったら、彼女に話しかければいいんだ。

再び、僕は目を閉じた。

すると、ふと、彼女に話しかけようと思った。

でも、適当な言葉がひとつも出てこなかった。目を開けて、彼女の方を見て、話題を探したりもしてみた。だけれど、うまくいかない。

波の音、波が海辺に打ち寄せる様子、海猫の不自然な鳴き声、彼女のサングラス、トロピカルなリキュール。

どれも個々に意思をもっているように思えた。

そして、どれもがまるで僕がここにいないかのような態度をとっているようにも思えた。

目に見えない、とても高い壁が、そのどれもと僕の間にあった。

今何時頃か確かめようと、空を見上げた。でも、太陽はどこにもなかった。あきらめて、目を閉じて、再びその周囲に僕は身をゆだねた。
とこまでも無頓着に広がる空

透き通るようだけど

奥の方はよくわからない

頭の中みたい

目を凝らして見詰めても、はっきりとした輪郭はつかめない

耳を澄ましても、きこえるようで何もきこえてはいない

意識を集めても、集まるのはとるに足らないものばかり

でも

空に真っ白な雲が漂うように

そこには何かある
缶コーヒーを、よく買うんだ。うん、ホットコーヒー。手のひらからさ、じんわりと温かさが伝わってくるような、ホットなやつね。

僕の手のひらの中には缶コーヒーがあって、僕はそれに触れてる。熱がスチール缶を伝播して僕の手のひらを温める。スチール缶が温まるから、それを触っている僕の手のひらも温めてるんだけどさ。

でも、僕の感じ方は違う。頭に浮かぶのは、熱の波動とスチール缶を媒介としたその伝播ではなく、温かいコーヒーそのものなんだ。焦げ茶色の濃いコーヒーね。

たぷたぷと揺れながら、僕の手のひらを直接温めてくれているような感覚がさ、僕を温めてくれるんだ。

それが僕をほんの少しだけ穏やかな気持ちにさせる。

だから僕は好んで、自動販売機かなんかで缶コーヒーを選んで、よく飲む。

恋人と公園のベンチに座りながら、缶コーヒーを時間をかけて飲んだりする。

または、友人と池の畔を散策しながら、缶コーヒーを片手に会話に弾みをつけたりする。

あるいは、独りでいる時なんかにも、少しだけ残して灰皿代わりにする。

タバコの灰が、温かみのあるコーヒーの中に沈んで、溶けて消えてゆく姿に思いを馳せたりもする。

缶コーヒーの温かさは、優しさとか愛しさとかと繋がるんだ。

缶コーヒーの優しさや愛しさは、人を裏切らない。人は人を裏切る。相手はそんなつもりは毛頭ないのかもしれないけど、去っていかれた本人にはそう感じることもある。

優しさとか愛しさってさ、それとは逆の冷酷さや憎しみなんかの裏返しで、冷たくされた事や憎しみを経験してればしてるほど、その分だけ、優しさや愛しさの有り難みや大切さを感じるんじゃないかって思うんだ。


ーー(ここで、ゲホッゲホッと、彼は咳き込んで血痰を吐く)ーー


・・・失礼。うん。右手でタバコを吹かし、左手に缶コーヒーを持っているときが多いよ。

まるで、右手に過去に対する恨みや懺悔をもちながら、左手からはその慈悲を与えられているみたいにね。

今まで、とても多くの缶コーヒーを飲んできた。

今まで、とても多くのタバコを呑んできた。

それでも、とてもじゃないが足りない。もっともっと必要。これからも僕は過去への感情とその慈悲を必要とするだろうね。

でもね、最近思うんだ。

冷酷な過去や憎むべき過去は僕が生きている以上どんどん膨れていき、それへの慈悲の機会はますます減っていく。

それに、もう人が助けてくれたり、泥沼から精一杯救い出してくれるような時代は過ぎ去ったんじゃないかって。

だからあと少し、あと少しだけ生きるのだから、この少しの間、膨れる過去に対して、あらがう術を身につけなきゃいけない。生きなきゃいけないのに、生きる屍のように生きるわけにはいかないからね。いくら、あと少しだって言ってもさ。

その術が、僕独りが作り出すイメージなんじゃないかって思ってるって事さ。

そのイメージも、いやイメージを投影する対象は、物がいいよ。

もう人にはあんまり期待しない。人から期待したものを得られなかった時のモヤモヤをさ、もう上手く消化できないんだ。それに人は、とても強く僕の過去にその痕跡を遺すしさ。

あと少しだからさ。あと少し、あと少し。あと少しだけ生きればいいんだからさ…。