休暇を取って山登りをした。思い立ち、早朝から適当な山へ出掛けたのだ。その日登ったのは青みが深い山だった。
勾配は急で、登り始めてから数分で息が切れた。肺が重くなり、両足首に自分の体重を感じながら歩き続ける。何度か休憩を取ろうと思ったが、結局歩みが止まることはなかった。
山頂は見えず、登りはどこがピークなのか見当が着かなかった。見上げた先にはまだまだ続きが見える。登れば登るほど周りの青みは深みを増して行った。
ふくらはぎに張りを感じ、背中が鈍く痛んだ。同じ姿勢で登り続けているからだ。しかし、もう意識と身体は切り離されていて、歩き続けることをやめられなかった。
歩みを止めないかぎり、いつかは終わりが来る。この世に永遠はないのだ。そう自分に言いながら進みつづけた。
朝から晩までそうして過ごし、家に帰った。もう真夜中で、部屋には暗闇が居座っている。外から入る光が物に反射して、その部分だけ青白くくすんで見えた。
汚れた服を脱ぎ、シャワーで身体に付いた泥や埃を落とす。汚れは落ちたが、心身の怠さは落ちない。ぐったりしながら青白くくすむ自分の部屋に戻った。
朝から水しか飲んでいない事に気づき、簡単な夕食を作ろうと思った。冷蔵庫からビールを取り出し、それを飲みながら食パン二枚を手に取る。トマトとレタス、ベーコンを挟んで皿に乗せると、それとビールを持ってリビングのソファーに座った。
ソファーに身を沈めると、鉛のような疲労が心身を覆い、眠いと感じた。でも眠りたくないので、ビールを飲み続ける。しかしそれは眠りを妨げる為の反復した動作でしかないから、ビールには味がなかった。
いつかは終わる。永遠なんて存在しない。再びそう思い、睡魔を拒みつづけた。
サンドイッチも口に入れてみたが、すぐに吐き出した。固形物を受け入れるほど身体は柔軟ではないのだ。その内、ビールも空になった。
このままどこに向かうのだろう。ピークはとっくに過ぎているのだろうか。登りも降りも自覚がないなら歩みつづける意味はあるのだろうか。
前後が不明確で、左右はすれ違うだけの歩みにはどんな価値があるのだろう。進んでいる瞬間に何を感じ、何を思うべきなんだろう。そう思ってから、両目を手で覆い、そのまま目を閉じた。
意識は睡魔にその領域を蝕まれながらも、まだ生きていた。OK。大丈夫。まだ早い、あと少しだ。まだどこかに行こうと進んでる。
無音で無機質な時間がしばらく流れると、両目を覆った手がブラリとソファーに落ちた。それが空になった缶ビールに当り、床を転がった。それからずっと、食べ残したサンドイッチを残したまま、男は動かなくなった。