僕はTSUTAYAへDVDを借りに行った。借りたいものは決まっている。それは『迷子の警察音楽隊』。
TSUTAYAはいつも混んでいる。毎回カウンターには行列が出来るほど。雨が降りそうな空模様を気にしながら、『迷子の警察音楽隊』を小脇に抱え、仕方なく並んだ。
しばらくすると、僕はおどろいた。前に並んでいる女性の髪がとても美しいのだ。一本一本がダイヤモンドの粒子を散りばめたように輝き、サラサラっとTSUTAYAの空調の微風になびいている。
目を丸くし、思わず見詰めてしまった。こんな綺麗な髪の持ち主はどんな美しい顔をしているのか、僕は興味を持った。でも覗き込むわけにもいかないので、しばらくチャンスを待った。
彼女の順番になり、僕も呼ばれた。複数あるカウンターの中で彼女と僕はひとつ挟んでそれぞれ並んだ。僕の隣はグレーの上下無地のスウェットを来た若者で、やたら顔が大きく、目鼻立ちは散らかっていた。
彼の顔の大きさとその散らかり具合があいまって、彼女の顔が見えない。しかも、隣の彼は10本以上レンタルしているので手間取っていた。そんな中、チラッと彼女の鼻が見えた。
スッと伸びた鼻筋は高く、色は白桃色。白い肌はやわらかく赤みがかっている。ますます僕の興味を引いた。
しかし、そうこうしていると彼女は簡単に会計を済まし、僕がいるカウンターとは逆の方向にある出入口から出て行ってしまった。そのとき僕は横ばかり見ていたので、キレ気味の店員から何度もタイトルの確認を受ける始末。追いかける余裕なんて全くなかった。
所詮は他人で、僕と彼女が交差することなんてない。いつかのように適当に遊ばれるのがオチさ。僕は自分にそう言い聞かせた。
『迷子の警察音楽隊』の内容を楽しみにしながらTSUTAYAから車で家に帰った。でも頭の片隅、小学校で言うとウサギ小屋くらいの割合でやっぱり綺麗な髪を持った女の子が気になった。結局僕はしつこいのだ。
でも彼女はどこにも見当たらない。当たり前だ。早く頭を切り替えるんだ、僕は冷たく自責した。
家のドアを開けるとテレビが付いていた。「おかえり」。「ただいま」。
順序が逆だなと思いながらテレビがある居間へは行かずに、DVDをテーブルに置いてから、僕はキッチンに入った。お腹が空いていたから、サンドイッチを作るのだ。食パンを手にとり、マーガリンを塗りながら僕は居間の方へ話しかけた。
「ご飯食べた?」
「まだ」
「サンドイッチでもいい?」
「サンドイッチでもいいよ」
小気味良い返事が返ってきた。僕が食事を余計に作るのが当たり前のような返事に少し腹を立てながらも、サンドイッチを二人分作った。チーズとレタス、挽き肉を炒めた具の入ったサンドイッチ。
香ばしい匂いを漂わせながら、出来上がったサンドイッチを持って居間へ入った。テレビではちょっと昔のアイドルが歌を歌っていた。「あぁたし、さくらんぼっ」。
「この歌、カワイイね」
「そうかな。もう古いよ」
「カワイイものは古くなっちゃいけないんだよ」
僕はよく分らない会話の相手をして、サンドイッチを手渡した。すると口からちょっと飛び出た前歯でモシャモシャと食べ始めた。美味しそうに食べるので、僕も口に入れた。
ちょっと昔のアイドルが歌うTVを二人で眺めながら、僕はTSUTAYAでの出来事を思い出した。思い出すと誰かに話したくて仕方なくなった。だから話した。
「今日TSUTAYAでとても綺麗な髪の女の子に会ったんだ」
「ふ~ん」
「眩暈がするくらいキラキラしてて、思わず見惚れちゃったよ」
ちょっと大げさに僕は言ってみた。でも相手は長い耳を折って、TVばかり見ていた。僕はちょっとムッとして言った。
「顔はよく見れなかっけど、顔を見たら一目惚れしっちゃったかもね」
「え!?」
「鼻が高くて、肌は透き通るような白い桃色だったなあ」
相手が僕の言葉で驚いたから、僕はちょっと良い気分だった。無視するからいけないんだ。でも、驚き以上に相手は落ち込んでいた。
「じゃあ・・・ボクはもう用なしだね・・・」
「え!?」
「ボクを捨てちゃうの?」
今度は僕が驚いてしまった。そんな風に受け止められるとは思わなかった。僕は白桃色の体毛を優しく撫でながら言った。
「捨てやしないよ。僕がそんなことする訳ないじゃないか」
「そうかな・・・。じゃあ、その髪のキレイな子とボクはどっちがカワイイ?」
「それはウサギさんだよ」
ウサギさんは目を赤くして僕を見詰めていた。長い耳はしっかりと開かれている。僕の話を、僕の真意をちゃんと聴こうとしているのだ。
僕は笑顔で何度も頷き、ウサギさんをなだめた。頭を撫でたり、一緒にピョンピョン飛び跳ねたりしながら機嫌を取った。しばらくして、ウサギさんは元気を取り戻すと言った。
「まやかしだよ」
「え? 何が?」
「その女の髪の毛」
まだ根にも持っているウサギさんを僕は可哀相に思った。深く反省して「そうだね。そんなのまやかしだね」と同意した。そして借りたDVDを、ウサギさんと一緒に観ることにした。
『迷子の警察音楽隊』は、エジプトの警察音楽隊がイスラエルで迷子になるお話。その一日を描いたとても情緒的な物語だった。僕は観ている間中、ウサギさんの言った「まやかし」について考えていた。
僕はいつかウサギさんを捨てるのだろうか。でも誰かを愛し、その人との生活を選べばウサギさんは出て行くだろう。今それを考えると、僕は途方もなく切ない気持ちになった。
ウサギさんは迷子になり、僕の中でも「迷子」の部分を抱えることになるのだろう。人生とは、記憶とはなんと厄介なのだろうと思った。せつな的な感傷に僕は萎え続けた。
空は曇り、小雨が降り出していた。