免許
うちの奥さんが車の免許を取った。取ってしまった。
予想に反してほとんどストレートで取ってしまった。仮免前みきわめで一度落ちただけで、後は一発である。
・・・およそ信じがたい。
知っている人なら誰もが怖れよう。知っている人なら誰もが同乗を拒否するであろう。だがしかし旦那は逃げられぬ。
・・・あなおそろしや。
明日から住宅周りで共に訓練せねばなるまい。出来る限り毎日乗らん。この命がため。
一山越えて
オマツリマン、なんとか形になったものの、一晩経ってよくよく思い出してみると、やはりまだまだ。
文句無しによかったと思えた所は「変身」と「人質」だけ。あとは全て「まあ今回はしょうがないな」という感じ。満足のいくものではない。
オマツリマンはまだオマツリマンならではの良さを見せてはいない。というか、オマツリマンならではの良さってなんだろう。まだまだ全然わからない。それがわからないうちは苦しいショーが続くだろう。たとえどんなに結果としてウケがよくても。
3人戦隊は難しい。個性をはっきりわけないとバランスが取れない。5人の時は、キャストの入れ替わりがあっても、バランスが大きく崩れることはなかった。・・・今回はその難しさが顕著に出た。5人と3人はまったくの別物だ。人数が少ないからという理由で、安易に3人にしてはいけないことがよくわかった。
自分のように、1人でバランスを取ろうとするような中庸キャラは、3人戦隊に向かない。自分は「熱血」にも「クール」にも「癒し」にも成りきれない。自分がやるなら完全に「お芝居」をしないといけない。・・・ジャージマンに惚れてチームに入った自分にはこれはツライ。ジャージマンの一番の魅力は、「普段」のままヒーローになっちゃうってところだから・・・。「お芝居」はしたくないなあ。「お芝居」したら、自分と子ども達がフラットでなくなる。それは自分にとっては本末転倒だからなあ。
今は修行期間だと割り切るか? いや、しかしなんのための修行なのだ? 自分は何を目指しているのだ? ショーをやりたかったわけじゃないし、かっこいい衣装を着たかったわけでもないし、舞台にあがりたかったわけでもないし・・・。ただ、ジャージマンに感動して、手伝いをしたいと思っただけ。そもそもはそれだけなのだ。
オマツリマンにはオマツリマンの良さがあると思う。あるはず。4人設定で考えていたときは、それがオボロゲながら見えていた。しかし、3人になってそれが完全に見えなくなってしまった。見失ってしまった。うぬぬぬ。自分の中の弱い自分がジャージマンに戻りたいと連呼している。できることなら悪役に回りたいという声も聞こえる。とりあえずがんばってみろよという声も聞こえる。「とりあえず」ってなんだよ、という声も聞こえる。うるせい。オレはがんばったんだ。昨日ちゃんとやっただろ? 次もやるさ。・・・でもその次はわからん。
新しいものを作ろうとしているのだから、いきなり納得のいくショーは出来ない、ということはわかってはいるが、そうではなくて、何か、何かもっと深い問題にぶつかっている気がする。・・・チームがじゃなくて、あくまで個人的に。
4人に1人が鬱!?
・・・こんなニュースがあった。
数百人のデータとはいえ、ショッキングである。ほんとうにそんなに鬱が多いのか?
・・・いや、やはりこれは極端だ。例えばこんな捉え方ができる。
まず「鬱」の定義があいまいである。世間では「鬱」とは「鬱病」ではなく、そのほとんどが「憂鬱」の意味で使われている。4人に1人が鬱病・・・ではなく、憂鬱を抱えている、という程度の話なのではないのか。
そして、中学生・・・13~15才という年齢。思春期真っ只中である。思春期特有の悶々は、鬱のテストに引っかかる部分が多かろう。
そして、「鬱」という言葉。この言葉が昔よりも頻繁に使われているという現状。さらに言えば、「鬱」がメジャーになったことで、「自称鬱」や、「鬱キャラ」が増えたという側面もある。今時「・・・俺、鬱なんだよね」と言うと、ちょっとおいしいくらいだ。
今の時代、もしかしたら鬱にならない方がおかしいのかもしれない。しかし、大衆はそこまで繊細ではなかろう。よく言えば人間はもうちょっと逞しいと思うのだ。少なくとも、俺が見てきた子ども達は逞しかった。4人に1人はちょっと多すぎる。
そして、もう一つの問題点。またメディアリテラシーである。
最近ニュースでよく流れるこの手のアンケート調査。はっきり言ってほとんどが眉唾である。
アンケート自体ウソだとまでは言わない。しかし、期待した答えが出るような場所を選び、問題を誘導的にしているように思える。今回は「世界的基準」とか言ってるから、まだマシっぽいけど。
例として、ちょっと前にこんなアンケートが小学生に対して行われた。
Q、死んだ人間は生き返るか?
YESと答えた子どもが多いことでニュースになった。俺は怒りを感じた。あきらかに「どうせ今時の子どもは」という頭で作られた質問である。おまけにこの問いかけ方では色々な考え方ができてしまう。生き返るのは何千年後でもいいのだろうか?・・・要は輪廻転生を信じるか否かという問いとしても捉えられるのである。生まれ変わりがどうのこうのだとか、そういう話は子どもの場合信じていた方が健全ではなかろうか? 「人間は死んだら無になるんだよ」と言い切る小学生ばかりだったら嫌でしょちょっと。・・・だから今回のアンケートもまた、鵜呑みにはできない。
アンケートという言葉の罠。そして「鬱」という言葉の時代的性質。こういうものを頭に入れたうえで、このニュースを見聞きしている人間が、一体どれほどいるだろうか。毎日毎日繰り返される刺激的な報道の前で、冷静でいられる人間が、一体どれほどいるだろうか。
靄罹る
いやさ憂鬱ではない。憑物のようなものだ。これは俺の足運びではない。
くるくるくるくるくるくるくるくる追いつ追われつ、よって件の猫鼠である。止まる気配無し。
やりたいことをやらんとしたときにやれる、そのようにと願いしを、何故何故やりたくないことを塵紙で拭くようなことばかり。
知っているぞ。ねばならぬが襲ってくるのだ! くそっ、重ね重ねご丁寧にしつこい。ちょっと前までべきだったくせにそろいもそろってねばならぬに化けやがってくそっ。
一体お前等はどうしたいのだ。気温上昇に乗じて俺を引き篭もらせる寸法か。いや引き篭らないと知っててやってるな。俺が「能」と言えないとでも思っているのか馬鹿め。アフィリエイトででも食ってってやろうか。
今回だけだ。つきあってやるのは今回だけだ。わかったか。だからとりあえず寝かせてくれ。昼間からずっと眠いんだ。それに、早く寝ないとスーパーヒーロータイムまでに起きれない。それはもう大変なことだから。



