貧乏な家庭で育ったが、幸いなことに白い飯だけはちゃんと食べさせてもらえていた。「夕ごはん」で、おかずらしきものが殆ど無くても、白い飯だけは必ず出してもらえた。そういうふうに育てられた環境からか、自分の感覚は「ごはん」といえば白米というのが当たり前で、それ以外考えられなかった。ただ、それは「夕ごはん」に限ったこと。「朝ごはん」がパンという家庭も多いだろうし、「昼ごはん」がパン、つまり欧米風なランチというのも有りだと思う。だがしかし、「夕ごはん」だけは米のめし以外は許せなかった。

 

 そんな感覚は学生になっても社会人になっても結婚しても相変わらずで、「夕ごはん」は米のめしに限られていた。その頑なな考えが変わってきたのは50歳を過ぎた頃からだった。「夕ごはん」でパンも有りだと思い始めたのだ。お洒落な「大人のディナー」という風に考えれば、それも悪くないと。

 

 もちろん日常的には白米が主食だが、クリスマスや記念日などの特別な日ではない、何気ない普通の日の夕食をパン食にすると、なぜかちょっとした贅沢な気分が味わえるようになった。

 

 あくまでも、何でもない普通の日の、パンのディナー。

 

 よーこが老父の面倒を見る為に実家に帰っている時は、当然一人でボッチめしとなる。何度も書いているが、自分はボッチめしだろうが手を抜かない。自分一人だけでも、買ってきた弁当などでは済まさず、基本外食もしない。食べたいと思ったものをこだわって手作りして、ささやかな宴とする。面倒くさいとは思わない。楽しんでいるのだ。

 

 料理を作るという行為も、画家が絵を描き、作家がものを作るように、何かを生み出したいという魂の動きと、なんら変わりないのだ。

 

 今回はここ最近の、パンのボッチめしの記録。ちょっと贅沢な気分のボッチ・ディナーを、個人的備忘録として、ここに残しておこう。

 

 

 

 ① ソーセージとハムのソテーに目玉焼き添え。パスタ・サラダ。お気に入りのバケットと赤ワイン。

 

 

 ソーセージを炒めて、ハムを焼いた。見栄えを考えて目玉焼きも焼く。パスタ・サラダはもちろん手作り。

まるで、朝食のようなメニューだが、ワインを添えれば立派なディナーだ。

 

 

 

 

 ② サンドイッチ(ハムサンド、タマゴサンド、ツナサンド、ミックスサンド)。フライド・ポテト。マカロニ・サラダ。パンの耳を揚げて砂糖まぶし。赤ワイン。

 

 

 サンドイッチが食べたくなった。コンビニに行けば簡単に手に入る。しかし、それじゃない。自分の理想のサンドイッチが食べたい。で、作ることに。サンドイッチ用のパンは売ってなかったので、8枚切りの食パンを買ってきて、耳を落とす。食べたい具を食べたいように調理して挟む。切り落とした耳は、油で揚げて砂糖をまぶす。これは昔、母親がたまに作ってくれた懐かしいおやつだ。もちろんフライド・ポテトも手作り。丸のジャガイモを好みの大きさにカットして揚げる。ワインを添えれば完璧。

 

 

 

 

 ③ キーマ・カレー。マカロニ・サラダ。フィンガー・チップス。お気に入りのバケットに赤ワイン。

 

 

 キーマ・カレーは、東京の新大久保に行ったときに手に入れた様々な香辛料を使って、本格的に仕上げた。マカロニ・サラダはもちろん手作りだが、フィンガー・チップス(フライド・ポテト)だけは、冷凍食品を使ってしまった。いつものバケットに赤ワインで完成。

 

 

 

 

 ④ 小角堂ステーキ。ポテト・サラダ。ベーグルと赤ワイン。

 

 

 「小角堂ステーキ」とは、自分がかつて名古屋でやっていた店、「Bar OZNU」(小角堂)で非常に人気のあったメニュー。特別な事はしてないが、焼き加減はステーキ専門店にも負けないと自負している。この日は自分一人の為に、その自慢のステーキを焼いた。添え物にニンジンのグラッセを作ったが、作り過ぎてしまった。ポテト・サラダももちろん手作り。これもちょっと作り過ぎて食べ切れなかった。

 

 

 毎回毎回、自作のパン・メニューに自己満足。ご機嫌に赤ワインでほろ酔い気分。何でもない日のパンの夕餉は、非日常的な大満足で欠伸の時間を迎えられる。