制限のパターン | 世界標準の本格的演技クラス【idea actors school】

世界標準の本格的演技クラス【idea actors school】

ハリウッドスターが当たり前に行っている 世界標準の訓練法で「本当の実力をつけよう!」

6月3日土曜日、演技レッスンに参加いたしました。ぞっほでございます。

 

リラックス

 股間が痛い。正確には薄筋か長内転筋が痛いということになると思うのですが、端的にいうと股間が痛い。あの、四股の踏みすぎとかでなる感じの筋肉痛だと思います。木曜日に、むっちゃきついカポエイラの練習があったのです。エロい意味ではなく、股間が痛い。

 

コーヒーカップ

 イメージが定まらない。と、ふと昨日の不思議なシンクロニシティを思い出す。昨日、何となくフェイスブックを見ていたら、妹の「彼氏から酒もらった」の記事が目に入る。写真には何とARDBEQが。その時、バーにいて、左手でスマホからフェイスブックを見ていたのですが、右手に持っているのがなんとそのARDBEQということがありました。妹には「その酒はお前には合わん。飲むな」とメッセージを送りました。

 で、もうコーヒーはいいか、ということで、カップからグラスに、コーヒーからARDBEQの水割り(twice up)へ。もう、イメージが安定すること安定すること。同じイメージでは固着してしまいそうな気もしたので、酒絡みで、ジン(タンカレーNo.10)、ズブロッカ、と変化させました。少しアルコールも入って(入ってないけど)ええ感じ。ちょっと楽しくなってきました。もう少し動くように言われたとき、香りに集中しすぎていて、動きが止まっていることに気づきました。

 

フローティング

 アルコールが入っている状態で海に入るなど、典型的な海難事故のパターンやで、とふと思う。まあ、本当はアルコール入っていないんですけど。

 水面で漂う海藻の塊のイメージでした。そこから海の底を見下ろしている。海の底に泳ぐ石鯛。君、なんでこんな海底が砂のところにおるねん。岩場に行かんかい。顔面すれすれを猛スピードで泳ぎぬけるカツオ。ヒラメが、目の上の小魚を狙っている。基本視覚イメージがメインになってしまったと思われ。終わった後先生から体の感覚、特に水が肌を切るような感覚について問われ、まあ、あったといえばあったかな、くらいのレベルであったことに気づく。まあ、たぶん、潮止まりの時間帯だったんですよ(言い訳)。

 

レペティッション

 最初にいただいたワードは「あたたかい」。いや、ナニコレ。むっちゃすっと入るんですけど。あまりにもあっけないので、逆にこれでいいのか戸惑う。まあ、そうは言っても、自分、あたたかい人なんですよ。「でかい」系のワードのときのような、引っ掛かりが一切なかった。こんな簡単に入っていいんだろうか。もっと、深いところの落としどころとかあるんだろうか。

 次のワードは「根っこ」。根毛が伸びていくときの生命力みたいなものが感じられ、良い感じと思った刹那、よくわかんないけど地べたで倒れて苦しんでいるイメージが。その後は、「根っこ」が、「動けない奴」と馬鹿にされているような気がして腹が立ってくる。でも、目の前の相手はそんな馬鹿にした感じでもない。ちょっとした混乱の中、まったく落としどころの手がかりさえ見つからないところで時間切れ。

 こちらから相手に振ったワードは「海」。最初、相手はぽかんとしていて、全然入っていっていない。と、先生がイメージを深化させるために連想ゲームを。その連想が「母」に行きついた瞬間の彼女の表情。うわ、すげえ、と思ったら、急に苦しみだし、泣き始めていました。

談笑している友達の輪に入った時、彼らの話が進んでいて、こちらは話に全くついていけず、かといってこの話に至った経緯を最初から聞いていたらこの雰囲気を壊してしまうので聞けない、という過去の経験を思い出しました。何が彼女の中で起こっているのかよくわからないままついていくことの、不安。

 

支配と抵抗

 このレッスンの際、よく口に出てしまう言葉が、「お前が勝手に行ったらええやん」という言葉。ああ、このパターンだよな。支配したいという気持ちがあまりない。支配されたいという気持ちもない。我々はそれぞれの選択をし、それぞれの選択に責任を持つべきだ、という考えなのです。あなたが行くから私も行く、なんてのは美しくない、そう思うパターンがあるのかもしれないですね。

 抵抗する側のほうが楽。なぜなら、シャットアウトすれば済むことだから。支配する方は、しんどいですね。途中、「このくそアマが、絶対しばいたるねん」という気持ちが湧くも、その瞬間燃料が枯渇し、笑いが起こってくる。いや、枯渇しているのではなく、ストップがかかっているのかもしれません。まあ、わかりません。

 男性と組むとすこしマシ、というのもわかりました。「おまえ、しばいたる」という気持ちが起こると同時にその火は消えようとするも、完全消火まで至っておらず、再度やり直しが可能でした。

 

ダンス

 最初の曲、とりあえずリズムに乗ってから、なんか起こればいいか、と思っていたのですが、ノッてしまうとただノッているだけの感じでもありました。このレッスンの趣旨とは違うかもしれませんが、昔、サンバのレッスンを受けたとき、その時の先生から「一度リズムに乗ったら乗ったままだけでいい。昔の黒人奴隷がダンスするとき、日々の苦しみとか、そういうものから解放されるために踊ったのだから」と言われていました。だから、最初はそのパターン。

 2曲目。先の曲で先生から、「リズムには載っているけどセンセーションが感じられない」と言われ、センセーションを探してみる。途端、ジプシーと黒人奴隷のイメージがつながる。

 虐げられてきたことを嘆くことが多いけれど、おそらく生きるためには奪う側にも回ったはず。そう、逃亡奴隷から盗賊となり、白人の村を襲って全滅させる、ランピォンのような存在が。戦いたい。威嚇したい。相手を恐れさせたい、というセンセーションが少し湧きました。動き的にはフェンシングのステップが若干混じったと思います。意図的ではなく、なんか動きながら、「ああ、これ、フェンシングやなあ」という感じ。カポエイラの要素、あったけど、少なめでした。ジプシーがヨーロッパで、ブラジルやないからやろか。

 ところで、ダンスを見る側に回った時、女性二人が踊る側となった時、その対照性が面白かったです。確かに現場でもあった通り、色っぽい、官能的でしたが、その在り方が二人とも全く違う。なんとなく、「地」と「水」のエレメントだと思いました。西洋魔術ではよく出てくる4大元素「火」「風」「地」「水」のうち、火と風は男性性、土と水は女性性を表すという話があるのですが、土はすべてを受け入れる母性を表し、豊穣の象徴でもあります。水は女性ならではの感性、愛情を表します。タロットを知っている方は端的にいうと土が「女帝」、水が「女教皇(女祭司)」。そのイメージで見ていました。

 

最後に

 ところで、下の、ほかの人が書いた記事に「さまよえる変態」がありますね。実はこれを読んでかなりショックだったのです。

○足、さわりたい。

○太もも、さわりたい。

○手、にぎりたい。

○体温、息、感じたい

 やべえ、自分、その同じ人とインプロしたことあるんすよ。その感覚、全然なかったんすよ。

 いや、カッコつけて、「俺、女に興味なんてねえし」みたいなことを言いたいわけではないのです。むしろ、あって当然だと思うんですよね。でも、なかった。「年齢も年齢だし、自分はもう枯れてしまったんだろうか?」という漠然とした恐怖。

 レッスンが終わった後、まさにその「さまよえる変態」の方と一緒に電車で梅田まで。椅子に座ると、右斜め前に本を読んでいる女性。ミニスカ(若しくはそのように見えるタイプのズボン)で、巨乳で、まあ、なんというか、雰囲気がエロイのです。その人が私の右斜め前。「さまよえる変態」が私の右隣り。しゃべっているふりをしながら、その女性の太ももをガン見していました。大丈夫。私は枯れていない。

 でも、ある条件下である制限が自動的にかかってしまう癖はあるようです。なんとなく気づきを得たことは事実です。

 

以上、ぞっほでございました。

 

 

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