ありがたいなーと感じる心の
根底にあるもの
それは決して
仏様のような
広くて寛大な心とは違って
かなりやさぐれて
偏った気持ちでした
わたしはもっともっと
世の中は腐ってると
思っていました
一人暮らしが長く
それに比例して
ひとりで生きてきたせいか、
理由はこじつけてるだけの気もするけど
独身時代は
派遣社員として働き
家賃や光熱費を払い
細々と生きてきました
人が驚くほどの
不幸話も
幸せ話もなく
平坦な毎日には
とりたてて不満はなかったけど
世の中への諦めがありました
一生懸命に働いたところで
高が知れてる
少ないお給料から
税金を支払い、
余ったお金でできる範囲の娯楽を
見つけて生きていく
こうやって年を重ねて
死ぬんやろな
死ぬときも一人やろな
死体を見つけてくれるんは誰やろか
もしすんなり死ねずに
入院になったり
長生きしてしまって認知症になったら
どうしたらいいんやろか
身内0やから
入院するにしても
保証人とか誰もなってくれん
頼る人がおらんし
待っててくれる人もおらんのに
わたしが治療する意味って無いやん
それならやっぱり
すんなり、ぽっくり
って考えてた時期もありました
年金払ってきたけど
受け取れるまで生きてるかどうか
わからんし
消費税や住民税、所得税
色々支払ってきたけど
わたしの生活には
あまり関係のないところで
つかわれてる気がするし
あぁ
腐ってたんは
世の中ではなく
わたし自身だったんかもしれん説
しかし
人生って何が起きるか
ほんまにわからんもんで
30代を過ぎてから
一気に風向きが変わりました
出会い、結婚、同居、年子出産
なにひとつ予想していなかった展開
いまでもまだ
夢をみているように感じることがある
妊娠してみて
妊婦検診にお金がかからんかったことや
出産にも
補助金が出たこと、
めっちゃ驚いた
町によっては
チャイルドシート購入費用を
補助してくれるところもある
大きなスーパーには
妊婦が駐車できる広めの
スペースがあったり
妊娠後期に買い物に行ったとき
牛乳と小麦粉を買ったら
通りかかった見ず知らずの人が
レジから袋詰めの台まで
レジカゴを無言で運んでくれたときもあった
お腹が目立つようになってから
助けてくれる人が
たくさんおった
出産したら
いままで意地悪だった
ご近所のおばちゃんたちが
声をかけてくれるようになった
(ならん人ももちろんおった)
そこでまた、意地悪の線引きって
自分で勝手にやっていたんやなと
きづいた
1か月健診
3か月健診
いろいろあったけど
いつも無料でやってくれた
税金ってこんなところに
つかわれてたんやなと知った
子どもを産んで
図書館に行くようになった
住んでいる町の小さな図書館だけでなく
勤務先のある町の図書館にある本も
無料で貸してくれた
ひとりだと思ってたのに
家族ができた
そして増えた
わたしが思っていたほど
絶望的な世界じゃなかった
資格が欲しくて調べたら
ちゃんと介護士になるための道しるべが
ネットにのってた
両親に相談したら
通信教育を受講することを
快諾してくれた
資格をとったら
仕事先が決まって
働かせてもらえることになった
有給が発生して
つかわせてもらえるようになった
わからないところを聞いたら
先輩や看護師さんが
普通に教えてくれた
夜勉強していたら
母さんがお茶をもってきてくれて
労ってくれた
働いた分のお給料がいただけて
子どもや両親に
プレゼントが買えるようになった
自分で勉強した分
しっかり身についていく感覚が
とても嬉しいし
学ぶ楽しさを知ることができた
わたしは昔
小さいアパートの一室に
ただ閉じこもって
世の中をかってに腐らせて
目をつむってた
でも外に出てみたら
ありがたいことばかりやった
ほんまに
ほんっまに
感謝感謝のことばかりで
いただくありがとうがたくさんあって
全然返しきれん
視点を変えたら
世界が変わった
それに気づかせてくれた夫と家族
人生半分すぎるとこやけど
まだまだ半分残ってる
生きてるうちに
返していかんと。
ナイトブラ
ホックも無し!