行きたかった、高いけど大好きな旅館に行こうと、前の日に泊まった別の旅館から車で移動していた時のことです。


トイレ休憩ということで、とある「道の駅」に入りました。
高速道路でいうところの「サービスエリア」みたいな所です。


結構車が多くて建物からちょいと遠い駐車場に停めて、トイレに行きました。






用をたして。


肩と同じ高さに手を伸ばしてついてました。
慣れないブーツだったし、和式だったから。


そしたらくしゃみが。





くしゃみをした途端、右肩に激痛が。

私、右肩の上腕の骨が変形してるんです。
普通、骨の端はそんなに簡単に関節から外れないように丸く出っ張ってますが、私のは出っ張りがかなり少なく、
いわゆる


脱臼が癖になっていました。



ただ、今までは、痛くとも、何とか自分で元の位置に戻せましたが、
今回は変な体勢だったからか、完全に外れて自力では戻せません。



トイレからやっとの思いで出て、トイレ前で
「痛い痛い」

と泣いていたら
トイレの前が事務所で、
事務所からすぐに館長さんが出てきました。


ロジーと館長さんが話し合って
「すぐに病院行こう」


ということになりました。


ロジーが、
「旅行で来ているので、病院がどこにあるか分からないから教えてください」


と 言うと、
館長さんが

「車を出しますから一緒に行きましょう」

と。


事務所横の通用口から出させてもらって

館長さんが回してくれた車に乗りました。






で、病院ですが、


道の駅から大きい道路を挟んで斜め前に外科が。


近!!




待ってる患者さん全てすっ飛ばして、すぐに診察室へ。(申し訳ない・・・)



医者「脱臼だね。麻酔をしてすぐにはめよう。」




私「うっうっ(泣)ま・麻酔は妊娠の可能性があっても大丈夫ですか?」




医者「・・・可能性ある?」




私「うっうっ(泣)ゼロではないです。新婚旅行なので。」




医者「・・・妊娠の可能性があるなら、麻酔は打てないよ。このままはめるようになるよ・・・」



ロジーは廊下に出されました。
お医者さんと看護師さん二人。
看護師さんたちが私の体を羽交い締め状態で押さえ、お医者さんが腕を使って力一杯引きました。




ぎぎ・・・ばきっ。



て音が聞こえましたよ。

その間中

痛い痛いと泣いてましたが。


気絶はしませんでした。





医者「妊娠の可能性がなかったら麻酔をして痛みもなく戻せたんだけと。良く我慢したね。」



肩がはまると、激痛もおさまり、ズキズキした鈍い痛みだけになりました。

我慢できる痛みだったから薬も出してもらわず、
三角巾で腕を固定してもらいました。






まだ続く。。。
ロジーが、
「鼻の中にできものができて痛い」
と喜んでおります。


??


どうやら鼻の中にできものができると、子どもができるという迷信があるみたいです。
知ってます??
それって男親も当てはまるの??



ところで、妊娠の可能性ということで、思い出しました。



新婚旅行の思い出です。

忘れようとしても忘れられません。






私たちは、とある有名な温泉地に新婚旅行に行きました。

目的はカニと温泉!(笑)
渋いでしょ?
昭和30年代みたい。

私の希望です。


ロジーは私が海外旅行行きたいと言うかと思って、ドキドキしてたらしいです。
と言うのも、ロジー、海外旅行行ったことありません。
そして、英語がまるっきりだめなんです。
私もヒアリングはできるが話せない。
言葉が満足に通じないのに、高い金払って、おいしいかおいしくないか分からない料理を食べて、重いお土産を大量に買って、嫌いな飛行機に乗って帰るより、
自家用車で移動して時間もゆったりできて、荷物も持たなくてすむ
温泉に行きたかったんです。


目的はカニですが(笑)



10年以上前に一度旅行に来て、温泉と料理とサービスがとても気に入った旅館です。
その時に

「新婚旅行でまたここに泊まりたい!」


と思ってて、ロジーも賛成してくれたから、嬉しかった~(^-^)


それなりの値段でしたが、箱庭の見える離れで、こたつに入って二人で熱燗飲んで、幸せでした。


結婚10年で、スイートテンのダイヤはいらんから、またここに連れてきてと約束してます。






が、悲劇はこの旅館に着く前に起こりました。





長くなりそうだから


続く。。。
喉が痛いのがまだ少し継続してます。


風邪はしつこいな~。



まあ、普通に夫婦として生活してますと、お薬が飲めない期間がございます。


妊娠の可能性がゼロでない限りは飲まない方がベストだから。

妊婦にも飲める薬はありますが、まだ妊婦と限ったわけじゃなし。
加湿してうがいして乗りきってます。


あ、チョコレート(ココア)がせきには効くんですって。
アメリカでの論文があるらしい。
食べ過ぎはだめですが。
太ります(笑)
あとはレンコンのすりおろしたもの。
おろした汁ごとお吸い物なりして飲めばせきが軽減します。


そんなうんちくは置いておいて。


最近、ロジーがどこから入れ知恵されたのか



「子どもって、妊娠したら分かるらしいね?特殊な能力があるらしいね?のちゅけに聞いてみようか?」



と。
はりきってます。

私の勘では私は妊娠してませんが、(のちゅけを妊娠した時はなんとなく超初期でもあれ?と思ったから)

私にも毎日毎日

「どんな?妊娠したっぽい?」

と聞いてくる。


わかんね~よ(-_-;)



そしてのちゅけにも。


ロジー「のちゅけ~、かあちゃんのお腹に赤ちゃんおる?」




のちゅけ、ちらっと私を見る。



のちゅけ「おらん!」



ロジー「あ~おらんのか~。どこにおるんかね?」


ロジーの予想では「お空」とか、めるひぇんな答えが返ってくると思ってたんだろうけど。








のちゅけ「買い物行っとる!」







第二子は買い物中だそうです(笑)






ロジー「じゃあ、パパのお腹には赤ちゃんおる?」



のちゅけ、ロジーのお腹をぽんぽん と叩いて、





のちゅけ「おらん!ぷよぷよ!!!」




わはははは!

毎日同じこと聞かれるから、のちゅけ、ちょい怒りぎみ(笑)




ロジー、良い人なんだけど、ちょっとしつこいとこあるんだよな~。

でも、妊娠してるかどうかもわからないのに、
「重い物は僕が持つからね」
と。
楽させてもらってます(^-^ゞ
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おかみさんのブログ(携帯からなのでリンクできなくてごめんなさい)

で、「鳥ハム」なるものが紹介されてたので、作ってみました。



鳥胸肉二枚で、火が通らなかったらいけないと思い弱火で10分。
鍋から下ろして8時間。


つまみ食い。


・・・ん~味薄い・・・ってより旨味がスープにでまくり?

ちょいパサついてるか?

改良の余地がまだまだあるな~。



一枚はサラダに。
もう一枚はスライスして冷凍庫に入れました。




色々菜っぱのベビーリーフ(まびき菜ですな)とトマトと、白菜の真ん中の柔らかい葉っぱ生のサラダ。
ドレッシングはマヨネーズと醤油を少量の牛乳でのばしたもの。(大人はわさびプラス)


美味しすぎるスープは
マッシュルームとタマネギとキャベツと麦入り。
味を整えなくてもびっくりするくらい美味しい。



写ってはないけど麻婆豆腐も一緒に。



鳥胸肉は100グラム38円。
国産ですが安売りでした。
あとマッシュルームが14個で20円(笑)


安っ!
とっても自虐的だが、書いてしまおう。



産後太りである。


のちゅけを妊娠中は、つわりが酷くて、みるみる痩せました。

ある意味体重の管理をしなくても良かったので、良かったとも取れるのでしょうが、
一時期、母子ともに危険な状況までいきました。



のちゅけを産み出してすぐの体重が



妊娠前を×とすると、


×マイナス9キロ でした。

まさに妊娠ダイエット。


しかし、産んだ途端つわりがなくなり、食べ物も飲み物もおいしくておいしくておいしくて・・・


2年7ヶ月・・・

育ちも育った


×プラス4キロ!!


ええ。



13キロも増えたですよ・・・




それもこれも全て自分に甘いから!



ともだちも頑張ってダイエットしてるし。


私も頑張ろ!



と決心したのが10月末。

あれから2週間ちょい。


捻挫した足首に負担かからないように体重減らそうという思いもありました。

まだ足首が完全じゃないので、運動はできません。


ということで、食事でダイエットです。



三食主食抜きです。
米パン麺類、イモ類は無し。
ジュースも無し。
お菓子ももちろん無し。
小腹が空いたら、茎わかめのおつまみ食べてました。



只今
×マイナス0.5キロです。

4.5キロ落ちました。


しかし、風邪引いた上、
なかなか治らない(;´д`)


ダイエットの弊害なのかしら~。


あ、でも腰はあんまり痛くなくなったから良い傾向(^-^)v






さて・・・



いつまで続けることが出来るやら(;´д`)
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この度は、たくさんのコメント、叱咤激励、本当にありがとうございました。


いつもなら一人で悩み考え、噛み砕き、納得しながら海底からゆらゆらと浮上するように精神を戻していくのですが、
今回は皆さまのおかげで、シャッキリ覚醒することができました。

感謝です(T-T)
ありがとうございました。




今日は(日付が変わったから昨日ですな)のちゅけとの関係を修繕するためにも重要なイベントの、


七五三の宮参り



に行って来ました。



ただ、私、いかんせん病み上がり。

熱と鼻水は治まったけれど、
セキと喉の腫れが酷く、
声が出ない状況でした。


(神様から、声が出るとガミガミうるさいから黙っとれという意味なんでしょうかね?ある意味非常にタイムリー)


怒れない。
注意できない。
ささやくしかできなかったんです。




そ、し、た、ら、ば。
カニじゃないですぞ。



のちゅけ本領発揮(T-T)




家の近くの氏神様の神社だったので、
参拝してるのは私達だけでした。
神主さんも一人。



お賽銭箱から一段上がって御払いしてもらうために椅子に座って・・・



のちゅけ、なんで大の字に寝てんの?



幾度となく、抱いたりなだめたりしておとなしくさせようとするが、
聞く耳持たず。


私が怒らない、怒れないので調子にも乗ってる。



しかも雨だったため着物を断念してワンピースにしてたもんだから、動きやすい!


(しまった。着物のメリットってここにあったのか!?)



祝詞の間、
一段下の間に飛び下り、上がっては飛び下り、


「あはあはあは」

と笑いながら走り回る。


なんとか取り押さえようと走り回る私とロジーとジジババーズ。


黙々と祝詞をあげる神主さん



すまん(;´д`)



途中、のちゅけがこけておでこを打ち、大泣き。



のちゅけの御払いをしようとして神主が振り向くと



のちゅけ大の字

パンツ丸見え (タイツは着用←何のフォローにもならん)






どうだ!!(何が?!)





ほんっと~にほんっと~に神主さんには悪かった。


いつもの神主さんじゃなかったから気に入らなかったのかなあ(;´д`)


(初詣もいつもこの神社に来てる。
私とロジーの厄払いで御払いをしてもらった時には、のちゅけはおとなしく座ってた)


ロジーがビデオを撮ってたけど、のちゅけを追い掛けるたびに止めてたから、ものすごいコマ切れになってるし。
写真もほとんど撮れなかった。
被写体が小動物のように動き回るからね・・・




帰ってから。




ロジー「一番悪かった」


私「ん?神主さんの祝詞?」(←失礼だな、君は)



ロジー「いや。のちゅけ。僕が神主の時、何回も七五三を執り行ってきたけど、あんなに悪い子はいなかった・・・」




はは。(;´д`)

そうでしょうとも。


私もこの数日のブログのやりとりがなかったら
間違いなく神様の前で手が出ていたでしょう。
キレてたでしょう。


でも、今日は今までの私と違うさ。
七五三は特に三歳は


「よくここまで生きたね」
という感謝の意味もある。

神様に感謝しましたよ。





集団で御払いしてもらったら回りを見習って少しはおとなしくしてたかもな~と思いつつ。


でも一家族しかいないから、押さえ付けて泣きわめかせるまではしたくなかった。
神主さん以外には迷惑がかからない。


ごめん、神主さん。


親の力量が足りなくて。
今日までに間に合わなかったよ。
これから努力します。
だから今日はごめんなさい。

と心の中で謝りました。





は~~~疲れた。
りでおさんの記事で目が覚めました。



優先させるべきは

「自分のいる家族」


そうですね。

理由をつけてはのちゅけのことを後回しにしてきたような気がします。




私の実母は子育てのみに生きてきました。
だから私の弟が遠くの地で一人暮らしを始めた途端精神を病みました。
「空の巣症候群」ってやつです。
自殺未遂も幾度となくありました。
父は家庭を省みる人ではなく、ケアは全て私一人でした。
この姿を見てきたからこそ子育てを滅私でやるのが怖いということもあります。

また、私の実母は嫁姑でももめてましたから、私は祖母との関係が大変希薄です。
そして、
私が結婚する前にロジーの両親に会いに行った時
義母が


「ロジーのお兄ちゃんの方に孫が二人いるんだけどね、一年に一回しか会わないからよそのおばあちゃんとおじいちゃんに会うみたいによそよそしくてね・・・」

と、とても寂しく言ってたのが物凄く心に残ってるんです。


それもあって、私も経験したことなかったおばあちゃんたちとの濃い関係をのちゅけに体験させてあげたい。

っていう考えがありました。



・・・濃すぎるのも問題だとわかりましたが・・・


体裁や自分の楽さに逃げて、のちゅけに向き合ってませんでしたね。




のちゅけとの時間をもう少し努力してみようと思います。





・・・と決心したんですが。


私、38度越えの熱が二日出てまして、せきと鼻水もすごく。



ロジーの

「のちゅけにうつるから」

という、優し~いお言葉で二階の一室に一人で隔離されております(T-T)


のちゅけは明日七五三の宮参りなので、うつしたらいけないのです。


階下でのちゅけとまゆーんの楽しそうな声が聞こえてきます。




おもいっきり出鼻くじかれました(;´д`)
最近・・・というか、
もうだいぶ前からになりますが、
逃避願望が出てました。


もう母親として役目を与えられたんだから、逃げることはできないっていうのは解ってはいるんですが・・・


どうにも暗くなってました。

些細なことにもイライラして。


のちゅけを怒る回数も増えていってました。


たぶんのちゅけはそんな私に近寄りがたさを感じてたんだと思います。



のちゅけはますますロジーの実家に行く回数も時間も増えてきました。


私の母、まゆーんが家にいる時はほとんど相手してもらってました。



私は家事はするけど・・・
なんか体から神経が飛び出てるのかと思うくらいぴりぴりしてました。


成長の過程なんですけどね。
いわゆる
「イヤイヤ期」



ダメなことをやりたがる。

「危ないから駄目!」

と私が怒ると
叩くわ、物をなげるわ・・・



そのやりとりにまいってたんだと思います。



そんな時にのちゅけは怪我をしました。



まゆーんばあばに任せて、私はその時夕御飯の準備をしてました。


のちゅけとまゆーんは外で遊んでたはずでした。


しばらくすると、遠くから子どもの泣き声が。


(あれ?のちゅけだ)


と思い、外に出ると
大泣きで顔の左半分が擦り傷まみれで血が出てるのちゅけが、 まゆーんに抱かれてました。


三輪車に一人で勝手に乗って、まゆーんが少し目を離した隙に、
家の前の道路(少し坂になってる)に出ていったんです。

足を下ろして止めることが分かってなかったのちゅけは、
そのまま五メートル下った所にある電柱にぶつかって横倒しになって顔から倒れたそうです。

まゆーんが追い掛けても追い付くはずもなく。



普通親なら慌てたりするんでしょうが、

のちゅけの頭を見て、顔の怪我をみて、傷を洗って。
物凄い冷静な自分がいることがわかりました。


そして、翌日にある
祖母の米寿の祝い会
で大勢の親戚にこの顔で行かなければならないのか・・・皆にいちいち訊かれるんだろうな~と思っていました。


そんな冷めてる母親の自分が嫌いになってたんです。

去年、近くに新しい道路が出来て家の前の道路の交通量はかなり減りました。
でも車がこなくて良かったし、坂の一番下まで行ってぶつかったらこんなものではすまなかったとか。

いちいち冷静なんですよね・・・


そして、一昨日、のちゅけはロジーの実家に行って、台所で包丁で切る手伝い(て言うか邪魔)してて
指をちょいと切ってしまいました。


物凄く謝る義父と義母。


でも私は

「一人で包丁で切ったら危ないって理解できただろうから良いですよ。」


って。



なんか私、のちゅけに冷たい。






ちょっと自己嫌悪です。


すんません。
暗くて。



たまにストンと暗い精神の穴に落ち込むんです。

でも大丈夫。
自力で這上がります。




でも、のちゅけには本当に申し訳ない・・・
最近のちゅけの食がますます細くなって心配してました。

お菓子はちょこちょこ食べてるからそれが原因かと思ってましたが、
そうは言っても、チョコ(チロル大二個)とじゃがりこ四分の一位じゃそんなにお腹の足しにもならないんじゃないかと・・・


でも確実に体重が増えてるし、背も延びたから一過性のものかと思ってました。



しかし、先程驚愕(?)の事実が。




さっき、ロジーの実家にのちゅけを送りに行ってきました。

のちゅけは毎日ロジーの実家に遊びに行ってます。



姑「最近のちゅけちゃんたくさんぱかぱかごはん食べるようになったね~(^-^)」




私「・・・?食べ・・・え?」




そう!


のちゅけはロジーの実家で、昼と夕飯食べてました(;´д`)




昼も夕飯もうちよりは早い時間でした。



一日五食出してたのね(-_-;)



そりゃ食べないわ。






先日のちゅけが怪我をしたので、ちょっとブルーになってます。


怪我は浅いけど広範囲で。
しかも顔。


左半分かさぶたまみれです。



痕が残らないと良いのですが。



その事はまたいずれ書きます。



・・・なんか精神的に不安定になってます。


天気悪いとやっばり駄目だな・・・

というわけで・・・・



UPしようかどうしようか迷った末に


UPすることにします・・・・・







高校の三年生の時の世界史のせんせいにはちょっと申し訳なかったな~という思いがいまだにあります。




高校時代、ユミの高校はちゃんと世界史の授業がありました。


97パーセントの生徒が進学希望だったかな?

まあ、そんな学校でした。




三年になる時に

「世界史」「日本史」「地理」のどれで受験するか決めて、

授業のクラス分けがされてました。



世界史は

「二年生の時に一年間ほぼ網羅してやったから、

三年生になると復習ばかり」

という理由だったからかな?

私は三年になってから社会科の選択科目を「世界史」にしたんですよ。



ところが。








世界史っちゅ~~~のは範囲が広くて広くて広くて

しかも、私、海外の国々に興味も薄いし、

愛もなかったですよ。

ハイ。




その時流行ってた漫画の「王家の紋章」が好きな子は

目~をキラキラさせながらエジプトの歴史を勉強してたし、

「三国志」が好きな子は中国の歴史を嬉々として学んでました。





すんません。





ま~~~~ったく興味がわきませんでした。





日本史においてもそう。



実は新撰組と坂本竜馬の関係も、いまだによう知りません(恥です)




でも幸い(?)なことに日本史も、三年の授業であって、

(世界史受験クラスだから、皆日本史の授業は適当にやってたけど)

その日本史の先生の教え方が私に合っていたのか、

日本史の学力が上がっていったんですよ。




だから、私、



途中で受験科目を「世界史」から「日本史」に換えました。




ただ、クラス分けはもう決定されているから、

世界史受験クラスから、

ただ一人の日本史受験生だったわけです。



日本史の先生には、放課後ちょこちょこ教わりに行ったり、

日本史受験クラスに配るプリントを私にもくれたり、

ずいぶん目をかけてもらいました。

感謝:*:・( ̄∀ ̄)・:*:







ところが







私、

肝心なことなのに・・・・・・









受験科目換えたの、世界史の先生に言ってなかったんですよ・・・・(||゚∀゚)アチャー




二学期の期末テストが返却された放課後、

世界史の先生に呼ばれました。



結構若い先生だったな~~。

20代後半やったかな??




先生「○○さん(ユミの旧姓)。

   ・・・・・○○さんって、欠席もゼロだし、遅刻も早退も無いし、

   ノートもきちんと提出してくれるし、宿題も必ず提出してくれる。    

   ・・・でも、何か僕にいたらないことや、気に入らないことがあるのかなぁ?」





私「は?いえ?全然無いですけど。」





先生「○○さん、他の成績良いよね?なのに、なんで世界史だけこんなに悪いの?」





私「あれ?えっと・・・・私、受験科目日本史に変更したの言ってませんでしたっけ?」




先生「え?! 聞いてないよ?!」





私「ありゃ。変更したんですよ。受験にいらないから勉強してないです。」





先生唖然(゚д゚)







先生「いや、勉強してないですじゃなくって・・・学年末テストでこの点数だと、

    世界史受験クラスだから卒業させてあげられないよ?

    せめて20点は採らないと。

    しかも、学年末試験は世界史全範囲だよ?」





私「全範囲で20点以上ですね?わかりました。」




と、まあ、卒業の危機とまで言われてしまいました。(;´Д`)




確か私、世界史入れても評定平均が4.3(5が最高で)だったかな?

担任の先生に世界史の先生、何か言われたのかちら?σ(^_^;)







で。

運命の学年末卒業試験の答案が返った放課後。





呼び出されましたよ。

また世界史の先生に。






先生「○○さん・・・・・・・」






私「ハイ。」





先生「・・・・この点数は・・・・・」






私「先生、20点以上採りなさいっておっしゃいましたよね?」







先生「以上・・・・・だよ。以上だけど。」






私「以上ですよ?」







先生「ニジュウ・・・・ニ点(-"-;A」







はい!




22点でした~~(*^ー^)ノ







その後、卒業会議にかけられたそうですが、

無事に卒業できましたvv



軽くいじめでしたかね?



世界史の先生ごめんなさいm(_ _ )m




ただ、

「受験にいらないから勉強してない」

あの時私は一人でしたが、

今は学校ぐるみですからね。

その数3万人強?


破綻してるのは間違いないです。


今年の受験生はかわいそうですけど・・・・




もっと早くにな何とかならなかったものか。





世界史や日本史が必要ないとは絶対言いません。

必要です。



どこでどういう争いがあったか。

原因が何であったか。

それがどれだけ愚かなことか。

それを理解するために歴史の授業は絶対いります。




でもね、細かい年数まで覚えるってのは・・・ごにょごにょ


ええ。

年数覚えるの苦手でしたよ。









私は、小中高生時代は全く楽しくありませんでした。


優等生を演じきってましたし。




ほんとつまんなかった。

だからか、

学生時代(大学を除く)の記憶がほとんどありません。


行事に関する記憶すらほぼ皆無です。


中高の文化祭と高校の体育祭、各一回分と・・・

高校の修学旅行は夜中に病院に運ばれたので覚えてますが。



中学の修学旅行はどこに行ったかすら覚えてません。




つまんない6,3,3の12年でした。



だからのちゅけには優等生になってほしくないです。


勉強は一つ得意な科目があればそれで良しです。



楽しく過ごして欲しい。





ただ願うはそれだけです。