梨さんのブログ -105ページ目

亀さん

職場への通勤路、学習塾の玄関付近に亀をいれた水槽が置いてある。

出勤時には、その亀の様子を横目で見るのが日課になっている。


その亀の存在に気づいた季節は夏。

4匹の、子どもの手のひらサイズのミドリガメ。


暖かい日は4匹の亀が、水から首を精一杯伸ばしていることもある。

でも、水につかってじっとしていることがほとんど。


そして季節はすっかり冬。

今も変わらず、水槽は家の外。

夜は家の中に移しているのかな。

亀は寒さに強い生き物なのかな。


子どもの頃、きょうだいが祭りで手に入れたミドリガメが一匹。

いつの間にか家の中で行方不明になったことがある。

何年か後に、部屋の模様替えでピアノを移動すると

その影から亀の甲羅、白骨化した小さな亀が発見された。

そう、行方不明になったミドリガメに間違いない。

かわいそうに。


きょうだいが朝の新聞配達をしていたことがあった。

確か小学生の頃だったはずだ。

(今時、朝の新聞配達で小学生を雇ってもらえるのだろうか)


台風一過の朝、大雨で付近の林から土砂が流れていた。

その中にヤマガメも混じっていたらしく

道にいたそのヤマガメ2匹を、きょうだいが捕獲。

結構長く、家の外の井戸端で飼っていた。


しかしやはりまた台風の時。

大雨で増水し、その容器からあふれ出たヤマガメ2匹は

また野外に帰っていった。


その後、今度は母が畑でヤマガメ1匹を発見。

持ち帰ろうと、捕まえてとりあえずビニール袋に入れておいたが

亀は自力で逃げ出してしまったそうだ。

母が言うには、あれは長いこと飼っていたあのヤマガメだったとのこと。


一体何を根拠に、亀の個体を識別したのか疑問に思ったのだが

亀に餌を与えていたのは母だったので、きっと分かるんだろう。

夢を壊すのも何なので、あまりつっこまないでおいた。


スクーバダイビングで与那国島の海に潜った時

ウミガメの泳ぐ姿を間近に見ることができた。


水族館でみるのと、一緒の海で潜って見るのとでは

やはり気分が違う。

ウミガメを下から見上げるように眺めた。

ゆったりと漂うその姿が、海面の光が逆光となり神々しかった。


特に亀好きという訳でもありませんが、今日は亀さんのお話でした。

基地造り~屋内編

子どもの頃、きょうだいや友だちと一緒に基地造りをする遊びが大好きだった。

基地造りは、時代、地域、性別にかかわらず、

子どもの遊びとして、自然発生するものだと思われるが、実態は定かでない。


「‘きち’つくろう きち!」

きょうだいのうちの誰かのその言葉で、子どもたちの基地造りが開始される。


まず、ウチのきょうだいで造る屋内での基地について語ろうと思う。

この場合、家の中の建造物なので、秘密基地にはならないので両親公認基地(?)。


施工が行われるのはだいたいが休日前夜の夕飯後。

就学前ならいつでも(親の許可が降りれば)OK。


子ども部屋にダイニングテーブルのイスだけを運び込む。

そのイスの組み合わせをきょうだいで考えて配し、

補助板を敷いたりクッションを敷き詰めたり

仕上げに大きなシーツをかぶせて、ベースキャンプ完成。


何度となく同じような材料で造っても、違うものが出来る。

その完成度には毎回満足し、たいそう誇らしげだった。


夜はもちろん、その中で眠る。

むしろ、そこで眠ることが目的だった(私の場合)ように思う。


本当はそこで夕飯なども食べたかったが、それはさすがにきつかった。

なので、軽食や飲み物を持ち込み、そこで過ごす。


小さい子どもながらも、きょうだい3人がそのテントで過ごすとなると

かなり窮屈な状態である。

狭い所でも、自分たちで造った基地で眠るという行為がとにかく好きだった。


しかしその真夜中、誰かが寝返りをうった反動で、

危ういバランスで出来ていた、砂上の城は崩壊することが多かった。

基地を構成する建材(イスとか板)の直撃を受け

痛い思いをするコトもしばしば…。


たいていは、朝起きてみると、前夜の立派な基地が倒壊現場と果てている。

兵どもの夢の跡?一夜限りの基地。


造る時運搬するのに、全く感じないイスの重さだったが

片付けの為に台所に運ぶ時になると、とても重く感じられ

ズルズルひきずったことを覚えている。


家の中には、自分ひとりの秘密基地(当時は勝手にそう思い込んでいた)もある。

布団が収納された暗い押入れで、重なった布団の上はふわふわ気持ち良かった。


秘密基地なので、その存在を誰にも知られたくないと思う反面

暗闇で静かに身を潜めていると、誰かが見つけてくれないかなと期待も生じる。

幼心に二律背反の苦悩葛藤を経験。


いくつかある屋内秘密基地の中でも、特にお気に入りだったのは

客間のソファのコーナー部分に生じる三角の隙間、その空間である。

そこに飲食物を持ち込みひっそり過ごす。


父が絵本の文庫を揃えてくれていたので

それをその基地で読んだり、その絵本に落書きをしてみたり

破れたページ補足の為に、自分で絵を描き足し物語をアレンジすることもあった。


幼い頃から片方の視力が悪かったので

そんな暗いところで本を読んだりしていることが親に発覚すると説教になる。


「暗いところで字を読むことは目を酷使することで、目が疲れる。

目に良くない行為はやめなさい。明るい場所で読みなさい。」

そんな趣旨の説教だったと思われる。


天邪鬼な私は、説教されると面白くないと思い

さらに絵本に落書きする行為の後ろめたさから、余計隠れるように

暗いところを求めるようになったのではないかと、今になって思った。


今になって当時を振り返って書いてみると、すごく内向的な子どもだったようだ。


外遊びも活発だったはずなのだが…

そうです確かに屋外での基地造りもあったのです。


その記事については屋外編に記したいと思います。

犬吠埼~その3

犬吠駅で写真の葉書購入。

犬吠埼付近の写真、銚子電鉄の写真の各種葉書。


駅構内では、ぬれ煎餅の実演販売あり。

中高年の団体旅行のご一行様で、賑わっていました。


お土産は後で調達するとして、初めの目的地「地球の丸く見える丘展望館」へ。

駅から徒歩30分…この道は遠周りかつ危険なコースだった。

見通しの悪いカーブで、歩道はないし、大きな車もよく通る。

後で知ったことで、帰り道に使った「満願寺」のそばを通る近道がお勧め。

畑にはキャベツが育っていた。


「地球の丸く見える丘展望館」は3階建てで、付近でも高いところに位置するようだ。

300度を海(太平洋)に囲まれた巨大パノラマの風景は気持ちがいい。

特に「屏風が浦」という岸壁が印象的。

畑に囲まれたのどかな町並みを走る銚子電鉄の様子もみることができる。

風力発電の風車も10基くらいかな?結構あった。


そこから実家に電話をし、父と少し話す。

3階の展望ラウンジには「あいあい」(NPO法人グループあたごやま)

という喫茶スペースがあり、そこの方としばしおしゃべり。

建物のタイルなどがぬれていたので聞いてみると、朝方雨が降っていたらしい。

思い立って出かけた旅だが、晴れてて良かった。


こちらの展望台からは2月末日には、

天気がよければ富士山裾野に沈む夕日を見ることが出来るという。

その写真が2階イベントホールにあった。


喫茶室で、地域の老舗の煎餅屋さんの商品を勧められ購入。

その日焼いたという焼き芋も、50円安くするからと勧められ

そんなにお腹は空いていなかったけど買って食べてみたらおいしかった。


しばしおしゃべりを楽しみ、次の目的地犬吠埼へ。

こちらは初日の出を観る場所としても人気があるらしい。

しかし、灯台付近で崖崩れの恐れがあるらしく、立ち入り禁止区域の場所もあった。


99段の階段を登り、さらに鉄骨階段を数段上がると灯台頂上。

灯台からの海の眺めも良いです。

特に、往来する船の数が凄い。

ざっと数えただけで30せき以上はありました。

しかもタンカー、コンテナ輸送船の類の巨大な船が密集してウヨウヨです。


灯台の1階や、すぐ隣の建物は資料館になっている。

この付近の船舶事故発生分布図は、イラストながらも、ちょっとなまなましい。


この灯台はレンガ造りで、そのレンガも国内でレンガに適した土を探し加工したという。

歴史ある灯台とのこと。


船の安全運航を助けるのが灯台。

霧で光による案内が難しいときの為に音による案内方法もあり

灯台の袂にある小屋の屋根には、その巨大な装置があり

1分毎くらいに「ブオ~」という音を発する。

間違って、その音をちょうどその拡声器の前で聞いてしまい

鼓膜が破れるのではないかという位の音で…

行く機会がありましたら、どうぞお気をつけください。


資料館の資料で「燈台守(とうだいもり)」のお仕事について説明書きがありました。

明治か、大正時代から綴られた燈台守での連絡帳のような記録簿を公開。

万年筆で手書きの几帳面な文字で記された当時の記録。


人里離れた場所にある(ほとんどそうじゃないのか?)灯台だと

家族でその官舎で暮らし、船の安全を守る為に尽くされていたというくだりに感動。


「燈台守」なにやら一編の小説にもありそうな題材じゃあないですか。

「とうだいもり」という言葉の響きだけで想像膨らみます。

NHKのドキュメンタリ番組で

しかも白黒映像による記録なんかだとなお雰囲気良いですね。


その後、崖下に下ることが出来る道があったのでそこから降りていった。

この辺りはその地層も、いろいろ観察することができる貴重な場所らしい。

岩肌に化石などを確認できるとのこと。


波打ち際、岩に腰掛しばし放心。

結構険しい荒波ですが、打ち寄せる波の音って心が安らぎます。

太平洋側とはいえ、海水は冷たい。


心は癒されたが、体はすっかり冷え切った。

次の目的地は温泉だ。


閉店間際のお土産屋さんのおじさんに、銚子電鉄の最終時刻を聞いたら

親切で、店の奥から時刻表を探してくださり、それをありがたく頂戴しました。


灯台からすぐ近くにある「グランドホテル磯屋」へ。

平日の16時ということもあり、誰もいない風呂場は貸切状態です。

灯台と、さっきまでいた海岸付近を見渡すことができる展望風呂。


仰向け状態で湯につかることができる湯船は、

温度も低く(39℃くらいかな)長湯が楽しめる。

その後30分くらい、浴室内で睡眠もとれた。


岩風呂、こんなに巨大な岩を屋内に持ち込んでさぞ大変ではなかったかと…

海草が漂うお風呂は肌に良いとのこと。


1時間くらいで風呂から上がるつもりだったのに

あまりの気持ちよさに、3時間近くも滞在してしまった。


駅に戻ったのは18時半頃。辺りはもう真っ暗。

犬吠駅の売店も閉まってるし、銚子駅発の特急電車にも間に合わない時間。

あれだけ温泉を満喫したからまあ、いいけど、

お土産の煎餅を、展望台で買ってて良かった。


銚子電鉄の車両内の広告が手書きで、地元のお店の宣伝というのも良い。

木の床も温かみが感じられます。


帰りのJR線は途中で乗り継ぎに30分くらい待ち時間があり

外で寒くて寒くてもう、たまりませんでした。


そこの駅には、よくあるプラスチック製のイスに、

地元の婦人会の方々の手作りによるクッションが敷かれていて助かりました。

でも、やっぱりどうししても寒くて寒くて寒くて…。


電車に乗っても、寒い寒い。

部屋に着いた頃には22時過ぎていた。


昼間は良い天気で暖かったけど、夜は寒くて大変でした。

でも、思い立った今回の小旅行、行って良かったです。