前編
後編
中学3年の佑樹は学校に通っていなかった。
もうかれこれ1年以上、ひきこもっている。
父は佑樹に無言の圧力をかけ、母はいとも簡単に涙する。
その中で唯一、理解者でいてくれた曽祖父は亡くなってしまった。
曽祖父は商売でアメリカに渡り、大戦時には日本人収容所に捕らえられながらも、激動の時代を生き抜いた。
その姿は佑樹にとって英雄そのものだった。
しかし佑樹は曽祖父の様にはなれなかった。
学校という鬱屈とした小さな世界で、無作為に選ばれた生贄に対し、いつまでも行われるイジメという断罪。
多くは誰も気づかない。
両親が曽祖父のガレージで遺品の整理を始めた。
埃だらけの日曜大工の木材・工具を取り除くと、数箱のダンボールしか残らなかった。
曽祖父と過ごした、足の踏み場もなかった聖域。
あんなにも凝縮された世界があったのに、残ったのはこれだけ??
佑樹は心がすーっと床へ堕ちてゆく感覚がした。
糸が切れるように真夜中のガレージに座り込んだ。
目の前の小さな木材を拾い上げ、木目を覗き込んだ。
その親指ほどの木片は半分が焦げていた。
表と裏では色が違うだけだった。しかしそれで人生が決まる。
そしてどちらの色でも味方がいる。
自分の隣には誰もいない。
………そのみじめな視線の先に、見覚えのない機械があった。
側には一枚の円盤があった。
円盤の入れ物には、
『 What a wonderful world 』
(この素晴らしき世界)
と書いてあった。
佑樹は、ああ、あれかと思った。
しかしそれをレコードプレイヤーにかけてみた。
青い空がみえる 白い雲も
明るく祝福された日 暗い神聖な夜
そしてひとり思う
なんて素晴らしい世界だろう
空にかかった虹が何とも美しい
行き交う人々の顔もまるでそんな感じさ
ほら、友人たちが握手して
「ご機嫌いかが」って言っている
でも彼らは本当は心の中でこう思っているんだ
「愛してる」って
佑樹はレコードが終わってもじっとしていた。
ジジジという小さなノイズと円盤が回る音だけが聞こえた。
曽祖父たちは収容所で何を感じたか。何を奪われたか。
それが『誇り』であったことを、佑樹は痛いほど理解していた。
しかし曽祖父たちは皆で協力し合いそれを取り戻した。
自分の隣には誰もいない。
一人だ。
独り。
個だ。
………レコードをケースに収める時、中から一枚の紙が滑り落ちた。
その古い紙には英語で、『 貸出しカード 』と書かれていた。
裏返してみると、一番上に英語でこう書かれている。
『 この世界は素晴らしいか? 闘う価値があるか!? 』
ビリー・ジョン・ルイス
1975.4.30
その下にはたくさんの文字が並んでいた。
yes.
yes.
Yes!!
もちろん!
yes.
예.
This place is amazing place!
예.
是。
Yes!
只有一次!
Of course.
예.
うん。
是。
Yes!!
勿论。
Il mondo è qui!
Svět je tady!
是!
Yes!!
싸움의 끝에 자유가있다.
yes.yes!!
Yes!
ある。
最後の文字は曽祖父のものだった。
佑樹は自分がひとつの線の上に立っているように感じた。
そして『誇り』がどこから生まれてくるのかを理解した。
それは、決して自分は、一人で闘っているのではないのだということ。
この素晴らしき、
素晴らしき、
………。
数年後、とある大きな図書館の一角で、一人の少女が古いレコードを手に取った。
そこから一枚の古い紙が滑り落ちた。
詞、楽曲、アルバムジャケット等お借りしました。