お付き合い頂きありがとうございますニコニコ

あと2話です。


目次

 

 

※刺激の強い箇所があります

 

 

………………………✂️………………………

 

 

 

甲と安里は茶店で言葉を交わしたあと、甲は無事、金を隠し街道を下っていた。

 

安里は伐叉の魏豪(ばっさのぎごう)の弟分を結果的に死なせてしまったことについて、大火事の情報を渡すこと代わりにで伐叉に許された。

 

 

双子の甲と乙は最後の縁日に向かう。

 

 

 

 

 

だが乙はその前日にまた『あの日』の夢を見る………。

 

 

 

 

 

10年前の春

 

 

 

あの日の大雨は明け方には止んだ。

雨上がりの吉光様の庭はキラキラと光り輝いていた。

 

桜の植えた植物たちがみな、雫を抱えて朝日を映し込んでいたからだ。

 

 

 

そんな10年前の春

 

 

 

あの日の吉光邸。

 

 

春のあの日

 

 

 

 

10年前、あの日の

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お兄様。

 

 

 

 

 

お兄様!

 

 

「はよ起きてください!お、今日も一段と男前ですな、さあ、司様が起きる前に働きましょう」

13歳の桜はそう言って双子の甲と乙のふとんをめくり上げた。

 

「な、な。桜、今どっちに男前と言ったんだ?」

 

「俺だ」

「俺だ」

 

「どっちでもいいですよって、二人して女みたいな顔して。早く薪を割ってきてください。わたしは鯉の餌を用意します」

 

 

吉光の屋敷の庭は木々に囲まれ、そこら中に花が咲いている。

中央には池があり、沢山の鯉が泳ぐ。そこに旗本、吉光がしゃがみ込んでいる。

 

 

「吉光様!お早うございます。この子らの餌です」

「桜か。すまんな」

 

 

「ああーーっ。もしやこの金の鯉は金太郎ですね??かわいーっ」

 

「………こいつは金太郎ではない。こいつはメスだ、名は金楼(きん………」

 

「どっちでもいいです、ちょーちょ、ちょちょーちょー、おいでーー、よしよしーかわいっ」

 

 

「………お前はいつも元気だの」

「おっ褒めていただけるんですかっ」

 

 

「………。今日はお前が司を起こしてやってくれ。雨上がりはいつも元気がない。甲乙には熱い茶を持たせるように」

 

「いいんーですか!!やった…………………奥方に会えるっ」

 

 

「あ、あとですね」

「何だ」

 

 

「えーと」

「言いづらいことか」

 

 

「いや、なんで武士なのにハゲしてるんですか?」

 

 

双子の甲乙が走り寄ってくる。

「こら!!桜!お前は吉光様に何を言っとるんだ!」

「いやだってみんな気にしとる」

 

 

「腹を切れ!」

「いやですっ」

 

 

屋敷の奥。

遠くから彼らの声を聞いている吉光の病弱の妻、司(つかさ)。

 

 

………あらあらまあまあ、朝から賑やかなこと。

こんな和やかな日が続くよう

私もがんばらないと………。

 

 

 

 

乙は泣きながら飛び起きた。

 

 

…………………………………………………………………

 

 

 

次の縁日が始まった。

それは、双子の甲乙にとって最後の縁日だった。

 

しかし先日の縁日で向かい合って店を構えたことで、人通りが滞ったこともあり並んで屋台を並べる形となった。

 

 

相変わらず双子の甲と乙による『笑い屋』『哀し屋』の屋台は大変な人出だった。

皆が笑い、皆が泣いた。次々と屋台に金が投げ込まれた。

 

 

縁日は終わった。

甲と乙はお互いの屋台から見つめ合った。

 

「………。充分だな」

「ああ」

「今日で終わりだな」

「………ああ」

 

 

双子の甲乙………。いや、甲は涙が出た。泣くまい、泣くまい、と必死だった。

乙は………何か覚悟を決めたような顔をしていた。

 

 

「だーーーめだ。ぜんっぜん儲からなかった」

 

 

双子の甲と乙はその声にきょとんとした。

『笑い屋』『哀し屋』………その隣に『奪い屋』の屋台。

女岡っ引きの安里だった。

 

 

「駄目だ。私、商売に向いてない。ここでずっと店開いても、助平なおっさんしか寄って来ないし、そもそも隣の同業者に気づいてももらえない」

 

 

甲は隣で商売をしていた安里に驚いて言った。

「ば、馬鹿にするな。今度は何だ。もう奉行所にはいかないぞ」

 

安里はヒョイと屋台を乗り越えた。

 

 

「甲、見っけ。最近良く喋るね。はい、一文だよ」

安里は甲に一文を投げた。

甲は片手で受け取った。

「………ありがたく」

 

 

「沙雪様を味方につけていたとは………びっくりしたよ。沙雪様には旦那の治療費を帳消しにしてもらったから頭が上がらない。

 

死人から金は取れないって言ってね。でもさ、あの人は飽きっぽいよ。

 

こっから先は自分らでやらなきゃね。ほら、下っ引き(手下)をまたいっぱい連れてきたよ。ほら行こ。監禁」

 

 

…………………………………………………………

 

 

小奇麗な宿屋の二階だった。

双子の甲乙は窓際に正座していた。

安里はその前にあぐらをかいて座り、その後ろに大勢の息の荒い男たちが控えていた。

 

 

「宿は買収してあるから。客はあんたらだけ」

「………」

 

 

「面倒くさいな。ほら甲。受け取れ。私の全財産だ」

甲は投げられた金を片手で受け取った。

「………ありがたく」

 

 

「もうそれで最後までにしてくれ。私も必死だ。もうこいつらに払う金もない」

甲は安里を睨みつけるつもりが、いつの間にか畳の合間を見て話していた。

 

 

「渡さない。何があっても金は渡さない」

 

 

その時、通りで大きな声が上がった。

「火だ!火が上がったぞ!!!」

 

 

安里は双子の甲乙の間を割って障子を開けた。

「なーんか油臭いと思ったら。本当にやりやがったね、夜市の与一。根性あるなあ」

 

 

乙が言った。

「おい、男ら。下っ引き!」

 

 

安里は乙に鋭い視線を向けた。

「今貰った金をやる。両替すりゃ一人一人それなりの金になるだろう。火は近い。もう金を持って逃げろ」

 

 

下っ引き達は戸惑ったが一人が言った。

「旦那のご無事を祈ります」

男たちは金を受け取って逃げていった。

 

 

部屋には安里と双子の甲乙だけになった。

安里は子供の様に笑った。

「ちょっと上に行こうよ」

そしていつの間にか刀を抜いていた。

 

 

…………………………………………………………

 

 

 

双子の甲乙と、安里は屋根へと上がった。

江戸が燃えていた。

もうすぐそこまで火が来ていた。

 

 

安里と乙、そして甲は宿屋の屋根瓦の上で相対する形となった。

 

 

安里は感情のない声で言った。

「………絶景だねぇ。子供の頃に大火を見た。それで親が死んじゃったから、いつかその火を見下ろしたいと思ってた。………乙、座れ」

 

 

甲も感情のない声だった。

「それほど金が欲しいか」

 

 

何だか全てを諦めてしまったように安里は言った。

「いや、金が欲しい訳じゃない。お天道様が助けてくれるのならそれでもいい。

 

ただ、子供らを生かしたいだけ。でも、やっぱり、これしかない………どこにある?」

 

 

「それは言わない」

「じゃあ、あんたの片割れは死ぬ。そしてひと目であんたに惚れた安里も死ぬ」

「破れない誓いがある」

 

 

「13両ちょっとか」

 

刀を突きつけられていた乙が声を出した。

乙はいつも冷静だった。

二人はその空気に呑まれてしまった。

 

 

「………甲。安里に15両やれ。それで子供は助かる。足りない分は俺が払う。お前らは、お前らは、一緒になれ」

「甲と言うな!甲乙だ!勝手に決めるな!」

 

 

「………いや、俺は乙だ。甲よ。司様に煮えたぎる茶をかけてしまったのは俺だ。

 

桜を呉服問屋に売られ、刑死させてしまったのも俺の責任だ。一番裁かれるべきは俺だ」

 

 

「だからこうして償いを………」

「もうやめろ。甲。桜が死んだ時、俺も死んだ。あいつはいつも俺らに甘えてた。どっちかが早く行ってやらなきゃ」

 

 

「………乙!」

「甲よ。罪とは命の時間を削ることだ。俺はここまで。俺の死を売れ。15両にはなるだろう。

 

………吉光様、司様、申し訳ありませんでした。桜……」

乙は背中から火の中に落ちた。

 

 

「おーい。おおーい。生きてるかー!!」

 

 

火消しに回っている伐叉の魏豪(ばっさのぎごう)がハシゴを登ってきた。

「何だ。クソガキ。またお前か。早く逃げろ」

 

 

甲と安里は泣いていた。

 

 

「いい大人が二人して何泣いてんだ。でも。まぁ。片割れがいないからな………。火に落としたのか?泣くなクソガキ。言ってみろ」

「私は甲に惚れています。乙は私に甲を………」

 

 

「ここは対して延焼しねぇが。早く逃げろ。ヒヤヒヤさせるな。じゃあな。いつまでも泣くな。女」

 

 

彼らの涙は屋根瓦に染みた。

江戸の大火は彼らの宿を燃やさなかった。

 

 

火が静まった明け方。

涙が止まり鼻を大きくすすった安里は言った。

 

 

「甲、償いに行くんだね?」

 

甲は底なし沼の中でも消えない火を心に宿していた。

 

「ああ」

 

 

「………私も行く」

 

 

 

 

 

 

…………………………………………………………

 

 

 

 

 

あの日の一刻。

あの時。

全てが始まった日。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………っ!!………!!

 

 

 

 

 

 

 

 

………だれかっ!だれか!

 

 

水だ、水を持って来い!!

ギャァあああ 熱い!熱い!

 

司様!司様!

何をやったんだお前ら!!

茶を、茶を運んで………。

おい!下女!水だ、水!!

双子も!!何突っ立てる!?もっと手拭いもってこい!

誰か吉光様を呼んできて!!!

ぃぎぁああぁ あああああ!!

司様、大丈夫です!大丈夫!

ぃあぎぃいぃ!ギィゃぁああぁァ!!

肌に触れてはダメっっ!!!

 

 

司!?

司!!!

 

 

 

 

 

(終話へ)