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あと3話です。


目次

 

 

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雨降る丘の街道から少し外れた小道。

側には苔むした赤い前掛けの六地蔵がある。

 

 

そこに背中に大きな吉祥天の刺青をいれた筋肉隆々の大男が仁王立ちしている。

 

双子の甲乙の過去を聞き、大商人の妻、紗雪に噂さされていた男。博徒の親分、伐叉の魏豪(ばっさのぎごう)

その心中。

 

 

氏次(しじ)よ、何故にお前はそんなつまらん死に方をしおった?

 

俺の後に賭場を仕切れんのはお前しかおらんと、みんな分かっとるというのに。

あんな小さな刀傷でつまらん病にかかりよって。

 

 

まあでも、あの夜市の与一からの情報で、お前の仇をここに呼んだ。

お前の死に方がホンマにつまらんものにならんよう、俺がそいつの首をへし折ったる。

 

 

やが、ここに来る奴にも罪はないのは分かっとる。お前は呉服問屋と、賭場の開催場所やらで、えらく揉めとったからの。

 

 

お前が桜とかいう下女をたぶらかして呉服問屋を刺させたと、一部ではよぉ騒がれとった。

それは全くの濡れ衣やったがな。

 

 

氏次、お前がまさかあんな小さな刀傷で死ぬとは誰も思わんやろう。

 

やがその切った可哀想な奴にも、博徒に手を出すと言うことがどういうことなんか、きちんと教えといたらないかん。

 

 

 

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雨降る丘の街道、そこから外れた獣道。

髪を後ろに束ね、ユウガオの花をあしらった着物の女が足早に進む。

子の病のために奔走し、甲に惚れた女。女岡っ引きの安里。

その心中。

 

 

六助さん、何であんたはそんな早くに死んだ?子の首も座らない内に。

今、娘の春風も同じ病にかかった。医者は吹っかけてくるけど逆らう術がない。

 

 

先日、あの夜市の与一に金を払って呉服問屋の仇を聞き出した。

その仇がおらんかったら、六助さんも薬が買えて死なんでもよかった。だからそいつから金を踏んだくるつもりだった。

 

 

だけどその情報は間違えとった。

夜市の与一もガセネタに踊らされておった。

 

 

そして私はその間違えた相手の脇をちょこっと切ってしまった。

男は何事もなかったように帰っていったが、その傷口から病を起こして死んだらしい。

 

 

そして今日、そいつの親分が私をここに呼んだ。

博徒だ。一番最悪の相手だ。だけど子供抱えて逃げきれるわけがない。

ここで決着をつけねば。

 

 

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「こら驚いた………。俺の弟分を切りよったんは女か」

安里は相手の言葉が終わる前に刀を抜いた。

 

 

「こら………。やる気満々ってわけだな」

男はそう言って間を詰めてきた。

 

 

「なんだ?自害でもすんのか。博徒がよ。刀抜けよ」

「女相手に………ってのは多分お前には聞き飽きてるよな。まあそういうより、俺はいつも素手だ」

 

 

「じゃあその腕切り落としてやる」

「名くらい聞いておこう」

 

 

「安里」

 

男はにやぁあと笑って両手を広げて言った。

 

「俺がかの高名な伐叉の魏豪(ばっさのぎごう)じゃ」

 

 

杏里は切り掛かかるが伐叉(ばっさ)はいとも簡単よける。まったくかすりもしない。

しばらくの間、雨と安里の荒い息遣い、刀が空を切る音だけが響いた。

 

 

伐叉(ばっさ)は刀を避けながら言った。

「ほら、その首根っこ締めあげるぞ。おれは素手で首根っこを掴んで折るから、伐叉(ばっさ)と呼ばれてる。

 

そしてな、俺が折った首は弟分の 斧揃の氏次(おそのしじ)が斧で切って綺麗に並べてくれるんだ。と言っても、氏次はお前が殺したから、お前の首は綺麗には並ばんな」

 

 

安里は息切れして来た。切り込んだり逃げたり一人で動き回っていた。

 

 

「ほらな、殺すつもりでくるが、体勢が悪くなると全力で逃げようとする。そこでこっちが隙をみせるとまた命懸けでかかってくる。

 

切り込んだり逃げたり、泣き虫のくせによ。どうせガキだろ?ガキのためにやってんじゃねえのか。でなきゃ氏次が傷を負うわけがねぇ」

 

 

伐叉は安里の刀を奪い取り、安里を担いで藪の中へと放り込んだ。

「街道で死んでもらったら後々困るからな」

 

そして木々の間をぬってゆっくり、ゆっくりと間合いをつめてゆく。

安里は息も絶え絶え、木々の幹に手をつきながら逃げる。

 

 

はあっ

………はあっ!!

 

くそぅ!!

くそう!!!

 

「罪とは賽(サイコロ)か?何でこんな目が出る??大火で親を持ってかれ辱められて、

やっとこさ家族持ったら旦那を病で持ってかれ、娘も同じ病になって!!

 

医者に到底金払えねえから、仇を探したら騙されて!!

博徒に命狙われて!!何でだ!!何で………。これはいったい何の罪だ………!?」

 

 

「五月蝿えよ。クソガキ。お前程度の不幸話はそこらへんにいくらでも転がっとるわ。

 

罪とはお前の生き方の対価じゃ。誰にも責任はとれん」

 

 

(………なんとかなる、きっとなんとかなるはず、考えろ、考えろ、私よ、考えろ、春風、田太………、六助さん、)

 

「わりいが博徒の世界は甘くない。首もらうぞ」

 

 

安里は木の幹に手をついて振り返って言った。

「待て!待て!一つ情報がある!」

 

 

伐叉は変わらぬ速度で歩いてくる。

「お。死ぬかもって時だ。よっぽどの話だろうな?」

 

 

「夜市の与一が油を大量に集めてる」

「ほお。なぜだ」

 

「わかんないけど………縁日の客の金からも、呉服問屋の後家からも、ものすごい油の匂いがした。多分、買い占めてるんだ」

「だからそれがなんだ」

 

 

伐叉は目の前まできた。

 

 

「待って!ちょーーー待って!情報、あるから、話すから………」

「家族へ形見を届けてやる。持ち物から何か選べ」

 

 

「西の輩が騒がしい!!これは同心から聞いた!!」

「何だお前。岡っ引きか」

 

 

「そうそうそう。だから、あんね、与一が油を集めてんのは西の輩に売る為??とか??」

「だったらどうなんだ?」

 

 

「大火になる?」

「まあ俺らは火消しでもあるからな。事前にそういうことを知っておくのは相当良い話だ。お上の目にも止まるだろう。

油が集まってんのは知ってたが夜市の与一だったか………」

 

 

「私はその油に命をかける。どこにも火が回らなけりゃ、私の首を取ればいい。どうせ子供を連れては遠くには逃げれない」

 

 

「まあな。しかし夜市の与一にそんな度胸があるもんかね。どうせ今頃またどっかで油売っとるわ」

伐叉はそう言って笑い、安里に背を向けて歩き出した。

 

 

「じゃあもうお前の首を締め上げたところで、だな。行け」

 

 

 

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安里は息も絶え絶えで山を下った。

 

(甲、甲よ。私も罪人だ。人を殺めた、結果的に殺めてしまった、あんな大男が泣いていた、私も罪人だ………でもまだ………あんたらの命も奪わないといけないのかもしれない………。賽は………。罪は………。なぜ?神はイカサマをする

 

 

 

 

伐叉は地蔵前の切り株に座ってキセルをふかしていた。

 

 

氏次よ。

俺は今日、仇を取らないという罪をつくった。

 

仇を生かすと言う罪を作った。

お前への裏切りだ。

 

しかし何故だ?

吉祥天よ神々よ。罪などという果実をつくるから、また罪が産まれる。

それほどまでに神と人は近しいのか

 

 

 

 

 

(つづく)

 

※画像はフリー素材を使って製作したものです。