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あと4話です。


目次

 

 

 

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双子の甲と乙は、安里と呉服問屋後家の共謀による投獄を、紗雪に助けてもらった。

翌日、甲はいつもの金の隠し場所へと急ぐが夕立に襲われ茶店に入る。

その店先に置いてあった、やかんから過去の記憶が蘇る。

 

 

 

10年前

 

 

 

 

あの日の朝

 

 

 

 

 

どうしてだろう?

たったひとつのやかんのお茶が?

 

 

乙は眠そうではなかった。

桜の後をついて吉光様の病弱の奥方、司様に熱い茶を運んだだけだった。

 

 

何故こぼしたのだろう?何故、こぼしたのだろう?

 

 

司様は顔から胸まで大やけどを負った。

吉光様は俺たち双子の甲乙に、どっちがやったか問い詰めた。

 

 

しかし二人共、自分がやったと言った。

それどころか妹の桜までが、私の煎れたお茶が熱すぎたのだと額を床にこすりつけた。

 

 

自分が罪を負い他を助ける。身内の中で。

 

 

それがどれほど相手を傷つけることか。

俺たちは本気で考えてなかった。

 

 

数日後、吉光様の妻、司様は亡くなった。

桜は後に刑死に追い込まれる事になる呉服問屋に売られた。

 

 

俺達は本当に罪を償っているか?本当に?本当にか?

 

 

 

 

 

 

江戸の末期。

 

山中を走る小さな街道に1件の茶屋があった。

 

 

双子の甲乙の『甲』はその店先にあるやかんにじっと見入っていた。

10分は経っただろうか。甲はやっと視線を上げた。

 

 

甲はあまり大金を持って行動したくなかった。

少し不安になり辺りを見渡したが、気がつけば隣に安里がいた。

 

 

「見っけ」

「………」

 

「今日は金は払うよ。あんたをつけてきたけど、先回りして茶屋に来た。他にも用事があってね」

そう言って女岡っ引きの安里は竹串に刺した団子を甲の口に近づけた。

 

 

「ほら、甲。これだって金だよ」

甲は怪訝そうな顔をしながら竹串を奪い団子をほうばった。

 

夕立はさらにひどくなった。

店先の赤い長椅子に並んだ二人の足元も濡れてきた。

 

 

二人はずっと押し黙っていた。

 

 

お互いに聞きたいことは山ほどあった。

しかしそれらは全て夕立にかき消されるかの様に思えた。

 

 

すると二人の前の夕立の中に一匹のガマガエルが現れた。

安里は笑った。

「やっぱり呉服問屋の旦那にそっくりだわ。あはは」

 

 

甲は無表情だった。ガマガエルをぼんやりと見ていた。

「………ごめん。呉服問屋は仇だったね」

 

 

「何故いつも俺を怒らせようとする?」

「………」

 

「俺らの桜を馬鹿と言ったり、俺らの金を撒き散らしたり、俺らの償いを否定したり」

 

「………多分あんたはその罪?かなんかを償うまで笑わない。いつも能面みたいな微笑をしてるだけ。だから怒っている顔だけでも見たかった」

「何故だ?」

 

 

「私はこの夕立が止むまでは岡っ引きも母親もやめる。あんたも甲乙をやめてくれないか」

「………やめてどうなる。こんな夕立すぐに止んでしまう」

 

 

「すぐにだけでいい。あんたに触れたい。触れたらもう終わりっていうのもわかってる」

「………今年の暮れまでになんとか13両を貯めてやりたいが無理だ」

 

 

「今は甲乙はやめて」

 

安里は甲の手に手を重ねた。

驚くほど冷たい手だった。

子を抱く温かみはなかった。

無機質な十手の冷たさだった。

 

 

「ひと目でわかった。あんたも私も最愛の人を失った。しかしまだお互いにやるべきことがある。

 

そしてそれはどちらかの首を締める。深い共感と残酷が混じり合っている。

 

………私はこのほんの少しの夕立の間だけあんたと手を重ねていたい。あんたの能面の様な微笑も泣き顔も見たい。でも一番見たいのは笑顔。だけどそれができない………。

 

そしてもう私とは今日で会えなくなるかもしれないよ」

 

「どういうことだ?」

 

 

そこへ威勢のいい飛脚が二人、夕立をしのぎに茶店に入ってきた。

「おーい。婆さん。茶だ。油も出してくれ」

 

 

「私が奪いたかったのは、あんたの心か金か分からなかった」

 

甲は宙を眺めて言った。

「………こんな小さな団子では、もうこれ以上は話さない」

 

 

安里はぬかるんだ地面を眺めて言った。

「でも私は母親なんだ………」

 

 

夕立は収まらない。

 

甲は街道を更に上がっていった。

安里は街道をそれた獣道を進んでいった。

 

 

この日の夕立は二人の心に生涯降り注いだ。

 

 

 

 

 

 (つづく)

 

写真は借り物とフリー素材などを使って制作した物です。