目次

 

 

 

 

 

安里によって牢獄に入れられた双子の甲と乙。

安里と呉服問屋の後家は共謀し、甲乙桜に濡れ衣を着せて金を奪おうとする。

 

しかし乙は、甲と安里が互いに特別な感情持っていることを見抜く。

そして夜明けからは詰問、拷問ながらの取り調べを受けることになる。

 


 

 

甲はふと目を覚ました。

壁の縦窓から眩しい朝日が差し込んでいた。

 

 

そこに呉服問屋の後家が牢の前に来ていた。

「………あれ?」

遅れて安里も来た。

 

 

「………あれ?どうして後家さんがいるの。どうやってここに入れたの」

「いや、あんたの所から使いが来たよ?」

「え?いやいや。私は今から双子を詰問に連れて行かなきゃだし」

 

 

そこへ急に香の匂いが漂ってきた。

廊下の先から誰かが来る。

双子の甲と乙も思わず身を乗り出した。

 

 

縦窓から朝日の差す牢の廊下を、下男が後ろ向きで大きな反物の巻を転がしてくる。

その脇を天竺の香りのような香炉を、下女が持って歩いてくる。

 

 

そしてその奥からは豪奢な着飾りをした絶世の美女が、高貴な笑みを浮かべ朱と金のまじった反物の上を歩いてきた。

 

下男は保吉だった。手拭いで覆えぬ程、汗をかいていた。

下女のお響は香炉を持ち、横を向いて笑いをこらえていた。

 

 

 

 

「何だいこれは。歩きにくい敷物だねぇ」

 

 

安里と後家が、瞬時にひざまづいた。

安里が恐る恐る言った。

 

 

「………沙雪(さゆき)様。ここは貴方のような高貴な方が

来られる所ではありません。何の御用でしょうか?」

 

 

沙雪は安里の着物の柄である夕顔の花を横目に見た。

そして自分は夕顔の花を乾かし金で装飾された艶やかな扇子で顔を仰いだ。

切り花だから一日二日しか持たない。贅沢の極みだった。

 

 

「はてはてはて。油臭い所だねぇ。女の腐った匂いがする。あーらあらあら。食い逃げの双子。こんな所で商売かい」

 

 

呉服問屋の後家が震えながら言った。

「さささ沙雪様、お久しぶりでございますす。そ、それは、その金と朱の反物は私共の店のものではないかと、値が、値が張りまするぅるう………」

 

 

「八十尺(約25m)買った。臭い所を歩く時には好都合だねぇ。大体、こんな臭い所で臭い芝居するんじゃないよ。このガマカエルのメスが。帰って勘定しろ。それが仕事だろうが」

 

 

ガマガエルのメスはよっしゃ!と飛び上がって帰っていった。

 

 

沙雪は少し口を上げる動作をした。注視しないと分からない位だった。

保吉は瞬時にキセルを取り出し火を付けて吹かした。

そして手拭いではなく天竺の美しい布を取り出しキセルの口元を入念に拭いた。

 

 

「遅い」

 

 

沙雪はそう言って保吉からキセルを奪い取り、膝をついた安里の前に腰を下ろした。

大きく煙を吸い込み、安里の顔に吹きかけた。

 

 

「あーら、安里ちゃん。旦那ちゃんは残念だったねぇ。せっかく借金を帳消しにしてやったのにねぇ。

 

それで。十手を持ってるのに子供二人も助けられないのかい?案外、大したことはない女だったのかねぇ。

 

こいつら双子は貰っていく。ケジメをつけなきゃいけないからね。子供の事は、自分で何とかしな。母親だろ!」

 

 

安里はひざまずいたまま、何も言えなかった。

 

 

 

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沙雪一行と双子の甲と乙は奉行所の外に出た。

通りは朝の往来で賑わっていた。

 

 

双子の甲と乙は絞り出す様な声で言った。

「ありがとう………ございます」

 

 

先頭を歩いていた沙雪は振り向いて後ろ手にキセルを投げた。

保吉は難なくキャッチした。そして双子の甲と乙の頭同士をくっつけ大声で言った。

 

 

「はぁ!?物乞いかお前らは!勝手に話されても私は金を払わなければいけないのか!?この大本字屋、本間蔵座衛門の妻、沙雪が!!」

 

 

朝の往来は、止まった。

沙雪は双子の甲と乙の喉に噛み付くような目つきで静かだが響き渡る声で言った。

 

 

「先日、お前らは商談を一方的に破棄にした。大商人の妻としてこれ以上の屈辱はない」

双子の甲と乙のどちらかが恐る恐る言った。

 

 

「………話はしたはずですが?」

「何故、金を持っていかなかった?」

 

 

「は?」

「商談した。お前らは話し私は金を払う。それが約束だろうが。商いを舐めるな」

「…………」

 

「今から一文をやる。もう投げ渡さない。手渡しだ。言うべき事を言え」

 

 

沙雪は一番小さな金を、双子の甲と乙の両手に添えて渡した。

女の冷え切った手ではなく不思議と温もりがあった。

 

 

双子の甲と乙は同時に頭を下げた。

 

 

「有難う御座いました!!」

 

 

「………よし!商売は終わり!帰るぞ!」

沙雪は保吉からキセルを取って歩き始めた。

 

 

「………あ」

沙雪は振り返った。

 

 

「お前ら。もう何も聞かん。だがな、罪とは利子だ。どこかで返さねば一生ついて回る。等価では返せない。だけど負けるなよ。絶対に負けるなよ

 

 

そう言って沙雪は朝の往来を割り、歩き出した。

下男の保吉は目つきを変えて道を開けた。

下女のお響は走ってついて行こうとしたが、てくてくと双子の甲と乙の前へ戻ってきて言った。

 

 

「ありがとう。沙雪様はとても楽しそうでした!」

 

お響はにっこりと笑った。

 

 

 

 

 

(つづく)

 

※画像はお借りしたものと製作したものです。