※一部、刺激の強い表現があります。

 

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罪という名目で大金を貯める双子の男。

金を払わない限り誰とも話さない。

 

 

縁日で大金を払った博徒の親分には自分たちの肝心な話をしたが、

同じく大金を払おうとした大商人の妻、紗雪には何も話さなかった。

 

 

双子はそれぞれ甲と乙と名乗っていた。

 

 

哀し屋で金さえ払えば他人と話す甲。

笑い屋で誰とも話さない乙。

自分たちの話は甲乙つけ難いと自分たちでからかっていた。

が、縁日が終わると二人はいつも無表情だった。

 

 

そんな彼らの過去。

紗雪と出会った日から10年前。

 

 

 

 

10年前の夏。

 

 

双子の甲と乙は蝉の鳴く日照りの中、街道の脇で縛られ膝をついていた。

その目の前に彼らの奉公先の旗本、吉光がしゃがみ込んで言った。 

 

 

「………余程だったのだろうな。呉服問屋の扱いは。甲と乙よ。お前らの妹の桜は呉服問屋を刺した。主人殺しだ。

 

だから江戸で一番重い刑、鋸挽き(のこぎりひき)に処される」

 

 

吉光はそう言い残し目の前から消えた。

 

 

双子の甲と乙の目の先には大きな穴が開いていた。

そこへ丸い棺桶のような箱が運ばれてきて、すっぽりと穴に入れられ隙間に土がまかれた。

 


穴からは顔だけが出ていた。

それは双子の甲と乙の13歳になる妹、桜だった。

顔は倍に腫れ上がっていた。

両目とも開けれる状態ではなかった。

 

 

側にいた男が鋸で、桜の首筋に小さな傷を作った。

そしてその鋸を側に立てかけ、じっとしていた。

 


そこへ呉服問屋の後家(未亡人)がやってきた。

「あらあらまあまあ。よくも私の旦那を。何やってたって稼いでくればそれで良かったけれども。死んだら誰が稼ぐんだよ」

後家は桜の首に何度か軽く鋸を引いた。

 

そばに居た男が言った。
「奥様、奥様、申し訳ありません、お気持ちはわかります。しかし、鋸挽きはお一人様二回までと奉行所に言われております。どうかご勘弁を………」

 


「あの縛られている双子は順番待ちなのか」

「いえ、この者の兄だそうです」

呉服問屋の後家は大笑いした。

「互いにさぞかし絶景だろうに」

 

 

呉服問屋の人脈は広かった。

あっという間に夕暮れとなった。

側にいた男は桜の頬を叩いた。

 

 

もう応答はなかった。死んでいた。

 


双子の甲と乙は、もはや廃人だった。

そこに奉公先の旗本の吉光がまた目の前にしゃがみこんで言った。

 

 

「………ほら、人の痛みがよくわかったか?遠方からの奉公、兄妹で助け合うのは良い。

しかし何故、俺の妻、司を死なせたお前らが、互いに罪を負わせろと犠牲心をさらけ出す?

 

 

それは罪のなすりつけあいが逆になっただけだ。俺の心は誰が助けるのだ?

………よくわかっただろう。しかしもう、司も、桜も、呉服問屋も、帰ってこない」

 

 

死んでいるはずの桜の首が目を開いて話した。

「お兄様、桜は立派に奉公できませんでした。司様、申し訳……」

 

 

 

 

 

乙は震えながら目を覚ました。

 

 

 

 

 

 

江戸の末期。

 

ある縁日が終わった。

 

 

双子の兄弟、甲と乙はそれぞれの屋台を片付け牛車に乗せた。

ひと息ついた頃にはもう参拝客はいなかった。

 

 

彼らは暗い本殿にお賽銭を投げ最後に手を合わせた。

そして石階段を下り始めた。

 

 

その時、灯籠に寄りかかり、腕を組んでいた女が話しかけてきた。

「よぉー金は貯まった?」

 

 

女は少女の様な大人の様な愛嬌のある顔をしていた。

白く透き通る肌で赤い紅を塗っていた。

 

 

丈の短い着物を着て長い髪をひとつに束ねていた。

そして薄青色の着物には白い夕顔の花がたくさん咲いていた。

 

何だか神輿を担いでてんやわんやしているような、活気を感じさせる女だった。

 

 

双子の甲と乙はこの女を知らなかったが同心(警察)だとはわかった。

胸元に十手(警察の捕具)が見えたからだ。

 

 

「………噂通り、金を払わないと話さないんだね。ほら出すよ。話そう」

そう言って女は銭を一枚投げた。

「………ありがたく」

双子の甲は片手で受取り一礼をした。

 

 

「私の事を同心だと思った?そんな訳ないでしょう。同心なんて女の身分でなれる訳がない。

 

私は岡っ引きだよ(警察の非公認協力者・手下)。病で逝った旦那の後を継いだ。

 

十手は同心が買ってくれたよ。だからまあ女の身分で十手を貰って岡っ引きってことは相当だよ………あはは。あまり舐めないほうが良いよ。名は安里」

 

 

「どのようなご用件でしょうか」

「呉服問屋、殺したでしょう。あんたらの馬鹿な妹が」

「馬鹿??」

 

 

甲は安里を睨みつけた。いつもの微笑が珍しく怒りに歪んだ。

乙は夢を思い出して目を伏せた。耳も塞ぎたかった。

 

 

「はっきり言うとさ、実入りが無くなったんだよ。呉服問屋の警護と便利屋をしてたからね。

 

あんころはよかった。下衆な野郎だったけどさ、大人の女には興味が無かったみたいだから」

 

安里は灯篭の火をふーふーとして遊びながら話し続けた。

 

「金払いは良いし仕事はやりやすかった。でさ………いきなりさ、女手一つで子供二人と婆さんを食わしていけると思う??

 

………それでも岡っ引きでも何でもして何とか10年やってきたけど今度は娘が旦那と同じ病ときた。もうどうしようもねえよ」

 

 

「………呉服問屋は鬼畜生です」

「100両(約2000万円)貯めるんだってね」

 

「どこでそれを!?」

 

 

「江戸中探し回ったよ………。桜に兄がいるだなんて情報、どこにもなかったからね。まあ呉服問屋が桜を独占するために伏せてたんだろうけど。

 

だけど金を貯める理由まではわからなかった。そこはどうでもいい。………私も今年の暮れまでに払うものがあるんでね………。だからあんたらから奪う」

 

安里は油を掬い取って嗅いでいた。首を傾げたりもしていた。

 

 

「私らは同心に咎められることは何もしておりません」

「あんたらの桜が呉服問屋を刺さなかったら、うちの旦那の病は助かってたんだけどねぇ。

 

急に実入りがなくなったから薬買えなくなっちゃってね。あっけなく死んじゃったよ」

 

「………。それは………」

甲はうつむいてしまった。

 

 

「どうにもここらは油臭いねぇ」

そういって安里は甲の胸元を思いっきり引っ張った。

 

胸に納めていた金がすべて本殿の石階段へ散らばって落ちていった。

双子の甲と乙は慌てて拾い始めた。

 

 

「あはは………。縁日が終わってからで良かったね。賑わってたら無くなってたよ。でも………。見た限りじゃ………。この縁日でそれじゃ………。

 

もうかなりどっかへ貯めてるね。私はあんたらから金を取る方法を考えておく。殺生はしたくないからね。

 

ほら、火でも炊かないと見えないよ………。あはは。朝までかかるね」

 

 

安里は子供の様に笑い去っていった。

二人の子を持つ母には見えない、あっけらかんとした祭りの様な女だった。

 

 

そこに突然、乙の頭の中で旗本、吉光の声が響いた。

 

 

 

 

 

『どっちがやったのだ?』

 

 

 

 

 

 (つづく)

 

写真はフリー素材などを使って制作した物です。