戦争ものです。
短い小説、掌編です。

 

(前編)

 
 

今回は(後)になりますニコニコ

 

 

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2025年8月4日、奈良県三郷町

 

 

 

最後の一人がする事ってなんやろう。

 

 

もう同期の兵隊で残っとんのは俺だけ。

 

あの戦争の悲惨さを後世につなぐんか。

今の捻じ曲がった嘘の世相を正すんか。

それとも、潔く死を迎えるだけなんか。

 

 

 

婆さんも、もう先に癌で逝った。

食うには困らんが大きな家に1人。

もう20年もや。

 

 

息子は俺を施設に入れたいらしい。

入りたなかったが言い合う前に折れた。

俺に似てやたらと頑固やから。 

 

 

入所はしたがすることがない。

もともと人付き合いが良い方でないからなぁ。

窓の外は手入れされた草木の綺麗な庭。

それを特に乗る必要のない車椅子に乗ってボーッと見とった。

 

 

ひ孫に会いたい。

裏庭の野菜はもう枯れたやろうな。

色々あったが、ここが終着駅か………。

そんなとりとめのない事を毎日考えとった。

 

 

そこにある日、新しい方が入所して来た。

増岡しず さん。

 

 

信心はないが、偶然にしてはできすぎとった。

 

 

 

 

 

大戦の頃。

 

 

俺は航空母艦に乗っとった。

零戦の整備をし、操縦者を送り出した。

 

 

そしてあの大きな戦い。

送り出した零戦はほとんど帰ってこんかった。

航空母艦は航行不能になり仲間の魚雷によって沈められた。

 

 

内地に戻ったが、航空母艦を見捨てた男としてよお野次られた。

整備士で戦いもせず内地に戻る。風当たりはキツい。

 

 

やけど何故か俺は憲兵隊に配属された。

民間人も取り締まるような軍警察は俺の性格には合うてへんかった。

やけど整備の腕を買われたんやろうな。オートバイやボイラーやら、色んな機械を触らされたわ。

 

 

ある天気の良い初夏の午前、一人でブラブラと詰め所へと向かった。

すると庭から大きな向日葵が数本、顔を出しとる家があった。

思わず覗き込んだ。庭で洗濯板をこすっている女性がおった。

 

 

目が合った。

 

「ご苦労さまです」

「いえいえ、婦人には頭が下がります。我ら軍人にはそのような器用な者はおりませぬ(笑)」

 

 

「いえ、兵隊さんがおるから、私らの生活は成り立っておるのです。だから私らは家を守らねばいけません。この長屋と家事仕事が私らの戦場です」

 

 

「アハハ、ここが貴方の戦場と申しますか。でも多分、貴方の様な方がたくさんが居れば、大日本帝国は負けんでしょう。そういえばーーー。午後からの天気はどうでしょうな。雨が降らんといいが」

 

 

「貴方の様な素敵な方と出会った日は必ず晴れますよ」

 

 

ふと表札をみた。

表札には増岡幾三、増岡しず、と書いてあった。

結婚されているんやな。素敵な女性や。

毅然としながらも、どこか恥じらいを感じるような、お茶目な女性やった。

 

 

俺は恋心を抱いた。

しかし人妻に想いは告げられへん。

 

 

 

1945年8月6日、広島に新型爆弾が落とされた。

 

 

 

広島は全て火の海になったということやった。

そして大日本帝国が降伏するまで、全ての地域に新型爆弾が落とされるとみんな騒ぎ立てた。

 

俺は死を覚悟をした。そして人妻と知りつつも彼女に恋文を書いた。

しかし、すぐ終戦となった。

 

 

 

それから80年。

 

 

 

ある日、俺は施設の許可をもらい、自宅の箪笥の奥にしまっておいた80年前の恋文を取りに行った。

 

 

………ひどい内容やった。とにかく文体が違う。

新型爆弾を恐れていることはよお分かった。

しかし自分の気持ちなど何を書いとんのかさっぱり分かれへん。

 

 

だから俺はもう一度、恋文を書くことにした。

彼女が80年経っても人妻と分かっていながら。

そしてもし渡せる事ができたら、別の施設に移ろうと思った。

 

 

最後の一人がする事とは、こんなもんでもええやろう。

隊の奴らは笑とるやろうけどな。

 

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拝啓、増岡しず様

突然のお手紙で驚きでしょう。

 

 

貴方はもう覚えていらっしゃらないかも知れませんが、80年前、終戦の少し前、私は貴方と言葉を交わしたことがあります。

 

私が貴方の家の前を通りかかった時、塀から顔を出していた向日葵に目を取られました。

そして庭の中にいた貴方と目が合いましたね。貴方は美しかった。

 

何てことはない洗濯の話と、軍人と女性のやるべきことの話をしたと思います。

 

あの向日葵は本当に怖い。

一人の男の人生を変えましたから(笑)

 

ほんの5分でしょう。お話したのは。私は貴方に好意を持ちました。

しかし貴方は人妻だった。あれから80年が経ちましたが、貴方はまだ人妻。

しかしそれでも私は、

 

 

でもこの長い、長い、時間に免じてこの文章を送らせてください。

私は今も貴方のことを………

 

 

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そこで筆が止まった。

 

恋してます??

愛してます??

健康を願っております??

 

 

これはどういう感情や?

 

 

………恋が1番近いのかも知れへん。

しかし80年後に?しかも人妻に?

どうしたらええんや。

 

 

夜、ベッドに入る気持ちにはなれんかった。

ナースステーション前のソファに座ってずっと月を見とった。

 

 

すると隣に女性が座った。しずさんだった。

 

「月が綺麗ですね。………眠れませんか?」

俺のことは全く覚えてない様やった。

 

「………恥ずかしながら今、恋文を書いております。ですがどうも最後の言葉が見つからへんのです」

 

「………そうですか。そのお歳になられても心に想える方がおられるのは、とてもうらやましいことです」

 

 

「まあ、でも恋文となると尋常小の頃と変わらん文章ですが(笑)」

「私も今の旦那に恋文を書きましたよ。内容は全く覚えてませんけどね(笑)」

 

 

俺は思わずうつむいてしまった。

 

 

「でもまあ、その時に考えましたね。大変な時代でしたからね………。確かに恋文は自分の気持ちを伝えるもの。けれど、それだけでしょうか。

 

自分の気持ちを伝えるということは、相手に何かを求めることにもなります。

でも………。何も求めなくてもいいんじゃないでしょうか。

 

相手を慕う気持ちというのは、求めなくても伝わるのではないでしょうか」

 

 

「………そうですね」

 

 

「喋りすぎましたね(笑)あ、あと私、認知症を持ってましてね。今日の事をいつか忘れるかも知れませんが、悪しからず」

 

 

俺は最後の言葉を見つけた。

 

 

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ではこの長い、長い時間に免じて、この文章を送らせてください。

あの時、貴方は洗濯をしておりましたが、あの日の午後は曇ったのでしたっけ?

雨が降りましたっけ?………いやでも多分、晴れていたのでしょうね。

貴方に雨は似合わない。それでは。お元気で。

 

 

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数日後の晩、しずさんはソファに座り月を見ていた。

俺は恋文を手渡した。

 

 

「しずさん、こないだお話した恋文です」

「恋文?何の恋文ですか?貴方はどなた?」

 

 

俺は笑顔で自室に戻った。

 

 

翌日、別の施設に移ることになった。

息子は費用面で怒っとったが、今回は俺の頑固さが勝った。

職員さんが大勢で送り出してくれた。

 

 

そして車に乗ろうとした時、しずさんが駆けつけてきた。

 

 

「あの日の午後は!!突き抜けるような青い、青い、綺麗な空でした!軍服姿のあなたはキラキラとして格好良かった。あの日の向日葵は、まだ庭に咲いています」

 

「………お互い歳をとりましたね。来世では結ばれたら。そう思います。それではお元気で」

 

 

車は山道を下った。

後部座席から見る空は、さっきしずさんが言った通りの空だった。

 

 

「………ちょっと見通しのいいところで止めてくれ」

「え?トイレ?さっきしてくればええのに………」

「空が見たい」

「………んん?」

 

 

 

 

 

「80年か………。でも見てる空はずーっと一緒やったんやな」

 

 

 

 

 

俺の心は、空と同じ色になった。

 

 

 

 

 

(終わり)

 

 

 

 

 

(写真はAI生成です。2025/08/07加筆)

しばらくお休みいたします。

いつもいいねありがとうございます。