7月7日、BS11で放送された「西川のりおの言語道断」での発言について

7月7日、BS11で放送された「西川のりおの言語道断」の中での私の発言の一部分だけが、時事通信の記事として配信され、多くの皆さんが違和感を抱いたり、怒りを感じたり、悲しんだりしておられるようです。
 記事だけを見ると、唐突に「拉致被害者を北朝鮮に戻すべきだった」と述べたように受取られますが、是非、前後の文脈を知っていただいた上で、趣旨をご判断いただければと思います。
 拉致被害者の方々には一時も早く戻ってきていただきたいのは当然ですし、ご家族の方々のお気持ちを察すると言葉を失います。また、拉致という犯罪で、日本人の人生を奪った北朝鮮にも強い怒りを感じます。
その上で、一時も早い解決を願い、2002年の政府の対応が、安倍官房副長官(当時)の主張によるものではなく、福田官房長官(当時)の主張する内容であれば、小泉首相(当時)の行った歴史的な会談がその後も大きく展開し、かつ拉致問題ももっと大きな進展を見せていたはずだという趣旨を述べたものです。
 その中で、「約束を守るべきだった」といいましたが、その真意は2つです。


1. 拉致という犯罪を犯した北朝鮮から、「日本は約束を守らなかった」などといわれてはならない。

   日本人の誇を大切にすべきである。


2. 北朝鮮が拉致を認めて謝罪したあの時、北朝鮮はアメリカの攻撃を恐れていた。

   だからこそ、一気呵成に交渉を進めて、拉致問題の全面解決を図るべきだった。

   しかるに、北朝鮮に「日本は約束を破った」という不信感と口実を与え、

   その後の交渉が途絶える一因を作ったと考える。

http://www.katokoichi.org/

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ということで、致被害者は北朝鮮に戻すべきだったと言ったことは事実。


文脈を知ったところで、違和感を抱いたり、怒りを感じたり、悲しんだりする気持ちは変わらずで。


何で批判されてるのかさっぱり判っていないご様子。


言葉を失いますと言いながら、2002年から同じようなことを吐き続けているんだから


この人には人の気持ちは理解できないんだなぁと。


ま、政治屋が色んな事を言うのは構わないとは思うが、事実を捻じ曲げての安倍批判は


卑怯この上なし。


そもそも、拉致被害者5名が自ら永住を決断された事を無視しすぎ。


てなことで、経緯。

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10月24日午前9時半。安倍の執務室に田中、斎木、平松、谷内、中山が顔をそろえた

田中が口火を切った。

「一つ一つ信頼を積み上げてきた。ここで5人を戻さないとすべて崩れる」


中山は勝負所と見て、地村ら3人の日本残留の意思を初めて明かした。


それでも田中は、「それは困ると言っている。私と先方の信頼関係はどうなるのか。何とかしてもらえないか」と食い下がった。


安倍が、「本人がとどまると言っている以上、日本は自由な国だから強制的に送り返せるわけがない。彼らが自由に意思を表明できる環境を作る責任が我々にはある」と反論した。


中山は、「今は被害者の意思を表に出すべきじゃない。国の意思として5人を日本に残すと言いましょう。批判は我々が受けましょう」と主張し、谷内も「私もそう思う」と同調した。


田中と二人三脚の平松が、「いやあ、困りましたねえ」とうなった。


安倍は一気にたたみかけた。


「田中さん、5人の帰国はあなたの『信頼関係』のおかげかも知れないが、もはやソフトランディングは成立しない。まさか、外務省が勝手に連れ出すわけにはいかないでしょう」


田中は顔を真っ赤にし、口を結んだ。

(読売新聞02年12月1日)

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ついでに、拉致被害者を帰すなというのは当時の世論(マスコミの喧伝もあるが・・)の

後押しもあっての事と付け加えておく。


ということで、批判は当時の政府関係者が受けると言ってるので

加藤が批判するのもしゃあないと言えばしゃあないのだが

こういう決定があって後、しかるべき対応を練るのが政治屋であって

批判するだけの窓際センセイの足掻きには反吐が出る。


国民の意思を尊重する政治家と、国民の意思を蔑ろにしてまで外交にこだわる政治家。


短期で見れば、後者のほうが国益には適うのかもしれない。


が、長い目で見れば、前者のほうが民主主義国家としての信用は高まり、国益に繋がって行く。


世界は北朝鮮だけではないのだから。


さて、2003年にも加藤氏はかなり立派な事を申されております。

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北朝鮮も、将来あの国を建てなおそうとすると、日本の力がなければできないはずです。

GNPは日本の200分の1、軍事力も自衛隊の毎年予算の20分の1、

それに北朝鮮はサダム・フセインのイラクと違って石油が取れません。

やはり日本が何とかしなければいけない国だし、

それに、去年の小泉訪朝も実はそこを頼って北朝鮮は小泉さんに是非来て欲しいと言ったのだと思います。


五人の拉致被害者の帰国問題で結局は今、日本と北朝鮮の間はこの六カ国の間の中で

一番縁遠い二国関係になってますけれども。

この問題はなかなか私は解決できないと思います。

一つ大胆な手は、この問題についてよく把握している政府高官、

たとえば政治家で安倍晋三官房副長官がこの五人を連れて平壌に行く

そして「この五人の安全が確保されない限り、自分は平壌に居続ける」と宣言し、

安全の確認をされたら、家族も含めてときたま、この五人が日本に来れるように話をつけてくる。

というような事だって私は可能だったし、これからでも可能ではないかなと思います。

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5人の拉致被害者の意思なんて度外視ですね。スバラシイ

安全の確認をする前にまず北に返してしまえ。スバラシイ

北朝鮮を日本が何とか助けなきゃならん理由・・・う~~~~~~~ん・・・

コメ支援の時の暴利疑惑は無視してるだけに・・・怪しさ満点w


てなことで


元官房長官の名前でおのれが行けよ!

もっとも、5人の方が「ついて行ってくれる」事はまずないだろうが。

いつ加藤に裏切られるか怖くて・・・



あぁ・・そういえば福田も当時の事情を良く知る人物だ。



アレを日本のチンパン外交として送ったらどうかと言えば?


第二次加藤の乱とか言われるかもしれんがW

温室効果ガス削減目標、新興国と合意できずG8宣言の力不足示す


[北海道洞爺湖 9日 ロイター] 主要8カ国(G8)と中国やインドなどの新興国は、温室効果ガスの削減目標で合意できず、先進国と新興国の間の対立が容易に解決できないことを示す結果になった。
 G8は国連での交渉に参加する全ての国と2050年までの50%削減で合意することを目指すとした首脳宣言を採択したが、その翌日に新興国から合意受け入れを拒否され、G8宣言自体の力不足も露呈したかたちだ。2009年末までに最終合意するというゴールが、洞爺湖からは展望できなかったようだ。


 主要8カ国(G8)に中国やインドなど新興国を加えた主要排出国会合(MEM)は9日、エネルギー安全保障と気候変動に関する首脳宣言を発表した。参加16カ国で世界の温室効果ガス排出量の8割を占め、新興国と先進国の利害を調整する場として注目されている。


 サミットとあわせて開催されたMEM首脳会合では、G8と過去に大量のガスを排出してきた先進国の責任を追及する途上国との溝は埋まらず、G8が8日に途上国に投げかけた「長期目標共有」に答えを出すことが出来なかった。


 日本政府筋によると、会議ではG8以外でG8首脳宣言を支持したのは韓国・オーストラリア・インドネシアの3カ国のみ。「新興国の経済を阻害、妨げるものではない」とのG8の主張も空振りに終わった。


 一方、MEMに出席する中国、インド、ブラジル、南アフリカ、メキシコの新興5カ国は8日、2050年までに先進国が温室効果ガスの排出量を1990年比で80─95%削減するよう求める政治宣言を発表。すべての先進国に対し、2020年までに1990年対比で排出量を25─40%削減する中期目標にコミットするよう呼び掛けるとともに、新興国の気候変動対策を支援するため、国内総生産(GDP)の0.5%を拠出するよう要請した。



 きょうの会合ではこうした新興5カ国の政治提言について議論はなかったが、サミットで最大のテーマだった地球温暖化対策は深い溝を残したまま新たな段階に入る。


 今後、温暖化をめぐる交渉の主戦場は国連の気候変動枠組み条約締約国会議に移り、2009年末までのポスト京都の枠組み合意を目指す。MEMも「引き続き建設的に協力する」ことで一致し、2009年にイタリアで開催される主要国首脳会議とあわせて第2回目のMEM首脳会合の開催を決めた。


 地球温暖化対策は、今回のサミットで長期目標設定に消極的だった米国を取り込む形で一定の前進はみられたが、新興国と先進国間での仕切り直しの格好。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080709-00000609-reu-int

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温暖化は二酸化炭素だけが問題じゃないと思うが、まぁそれは置いといて


今回のサミットで温暖化ガス削減について、開催前から外交での下話があまり出なかったので


各国首脳のお祭りの場と科したサミットで成果が上がるとは思えず


その意味では想定どおりの結末。


結論から言えば、今年1月からサミット議長国として、サミット開催に向けた事前の準備会合や


実際の首脳会合、外相会合、蔵相会合の開催のための諸準備をしてきたはずなんだが


その結果がこれでは、議長国としての責任を果たせたかと言うと・・・はなはだ疑問。


ただまぁ、お祭りなんだし、玉虫色の決着は良くある話で批判する気もあまりおきないw


記事の最後、アメリカを取り込めたとあるが、ブッシュの次期政権への宿題だろうね。


言い方を変えれば、嫌がらせ。



長期目標を飲めば経済界から叩かれ、しなければ共和党から叩かれで・・w



本気でやるなら事前に、新興国に対し、原油使用量の制限をまず与え、



過度の経済成長を抑えつつ、世界の原油の安定供給を目指すべきだった。



昔のサミットは主要国で具体的な数値を定めていたんだけどねぇ。



一時的には温暖化ガスの急激な上昇も抑えられただろうし、その間に



削減目標数値も決めれば良かったのに、結局3000億の血税を投げ捨ててしまった。



ま、こっちは期待してなかったけど、二国間話会も無残でしたねぇ。


対露は規定路線



対米はテロ国家指定解除に何も言えず



対中はチベット問題にも触れず


対韓だけは評価する。

未来志向のアキヒロに残った最後のカードを使わせたのはいいことだw

対日貿易赤字のほうが深刻なのに、教科書に夢中になると他は見えない奴等らしい。


当分、日本は搾取できますな。20年間気づいてないから今更だけど・・・。


もっとも・・・デモに夢中で今は牛しか見えないか・・・w


さて・・・日本開催のサミットのジンクス


開催年度に必ず



総選挙になっとりますので、福田政権の命運は年内いっぱい!w

サミットでロシアと北方領土について2国間協議もなされる  はず  なので

今日はソ連軍の北海道占領を阻止した樋口 季一郎氏のお話。

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1936年8月、陸軍少将樋口は、満州ハルピンに赴任。

着任早々、下記の通り青年将校に命じる。

「ここは満州国。満州人の苦情を良く聞いて相談に乗ること。反して悪徳日本人は摘発する事」

青年将校は、命に従い悪徳日本人を取り締まった。

ある時、ハルピンユダヤ人協会のカウマン博士が樋口を訪ね、ドイツのユダヤ人迫害に対して

極東ユダヤ人大会を開き、ナチスドイツの非道を世界に訴えたいと陳情。

樋口は快諾し、協力する旨約束する。

1937年1月、ハルピン商工クラブのホールに2000人のユダヤ人が集まり、カウマン博士はもとより

各地域のユダヤ人代表が演説。

そして、最後に樋口が次のように訴えた。

「ユダヤの国の人びとよ! 諸君らは世界のいずれの国においても祖国の土を持つことが出来ない。まことにお気の毒である。ユダヤ人は、科学・芸術・産業の各分野において、他のいかなる民族よりも、すぐれた才能と天分をもっているのである。歴史がそれを証明しているにもかかわらず、20世紀の今日ユダヤ人に対する迫害、追放が行われていることは、人道主義の名において、また人類の一員として誠に悲しむべきことである。ユダヤ人を追放する前に、彼らに土地を与えよ!安住の地を与えよ!ユダヤ人に祖国を与えよ!」  

樋口の演説が終わると、すさまじい歓声がおこり、熱狂した青年が壇上に駆け上がって、

樋口の前にひざまずいて号泣し始めた。

大会終了後、イギリス系の記者から、日独伊三国同盟に影響を及ぼす内容だ。

その波及する結果を承知して発言したのかとのかと問われた樋口は

日独関係は、あくまでもコミンテルンとの戦いであって、ユダヤ人問題とは切りはなして考えるべきである。祖国のないユダヤ民族に同情的であるということは、日本人の古来からの精神である。日本人はむかしから、義をもって、弱きを助ける気質を持っている。


今日、ドイツは血の純血運動ということを叫んでいる。

しかし、それだからといって、ユダヤ人を憎み、迫害することを、容認することはできない。


と答えた。

それから2ヵ月後の3月、ソ連領オトポールにユダヤ難民2万人が吹雪の為立ち往生し、

飢えと寒さで凍死者が続出しているとの一報が入る。

さらに、前述カウマン博士より

「ゼネラル! お聞きでしょう------オトポールの一件を------私には同胞たちの絶望的な様子が、目に見えるようにわかるのです。2万人ものわれわれの仲間が-------。でも、私にはどうすることもできない。私はそういう無力な自分がかなしい。腹立たしいのです」

事態は差し迫っていました。

樋口は東條総参謀長の許可を仰がず、独断で大連の満鉄本社の松岡総裁を呼び出し、

列車差し回しの交渉を始めました。

それから2日後の3月12日の夕刻、第一陣の救援列車が到着しました。

凍死者十数人、病人と凍傷患者二十数名をのぞいた全員が、商工クラブや学校に収容され、

炊き出しを受けました。

救援列車がもう一日遅れたら、これだけの犠牲者ではすまなかっただろうと医師たちが言いました。

 
オトポールの事件が解決して2週間後に、ドイツ政府からの強硬な抗議が入ります。

新京の関東軍司令部から呼び出された樋口は、東條総参謀長に対して言いました。


日本はドイツの属国ではない、満州国も日本の属国ではないと、私は信じています。日本も満州もドイツの非人道的国策に屈すべきではないと思います。東條参謀長! あなたはどのようにお考えになりますか。ヒトラーのお先棒をかついで、弱い者いじめをすることを、正しいとお思いになりますか」

東條は言いました、

「樋口君、よくわかった。私からも中央に対し、この問題は不問に付すよう伝えておきましょう」

このようにして、東条はヒトラーからの抗議をはねつけたということです。

奇跡の北方作戦


終戦の日の3日後、千島列島に、ソ連軍が攻撃をはじめたのです。

武器引渡しは、両軍協議の上、紳士的に行われるはずでした。

米、英軍とはこの原則が守られましたが、ソ連軍はこれを踏みにじり、

占守(シュムシュ)島に対し奇襲攻撃をかけてきました。

これに対し樋口司令官は

断乎、武器を執り、反撃に転ぜよ。ただし、戦闘終了の期限は予定通り午後4時とする」と命令しました。

日本軍は敵を水際で撃滅する作戦をとり総兵力32000、火砲200門、戦車85輌で集中的に反撃した結果、

午後4時までの十数時間で、日本軍の損害は、死傷600、砲6門、戦車20輌を破壊されただけなのに対し、

ソ連軍の損害は、死傷4500、艦艇撃沈破14 舟艇破壊20、水没した火砲50数門と甚大でした。

ソ連政府機関紙イズベスチヤは社説でこう述べています、「占守島の戦いは、満州、朝鮮における戦闘よりも、はるかに損害は甚大であった。8月19日は、ソ連人民にとって悲しみの日であり、喪の日である」。モスクワ市民は、この日、弔旗を掲げて、喪に服したといいます。


この戦果は、占守(シュムシュ)島での勝利にとどまらず、「日本軍強し!」の印象がソ連軍の北海道北半分占領の野望を完全に打ち砕き、北海道は守られたのです。

しかしその後ソ連極東軍は、アメリカ軍の占領下にある札幌の樋口を、

「戦争犯罪人」としてソ連軍に引渡すようマッカーサーに要求して来ました。

しかし、マッカーサーは、これを拒否し、逆に樋口擁護を通告したのです。

それは、マッカーサー総司令部の背後には、アメリカ国防総省があり、その国防総省を動かしたのが、ニューヨークに総本部を置く「世界ユダヤ協会」です。

アメリカの政財界においては、ユダヤ系アメリカ人が牛耳っており、このユダヤ協会の幹部の中に、オトポール事件のさい、樋口に助けられた難民の幾人かがおり、

「オトポールの恩を返すのは、いまをおいてない。

われわれはいまこそ、勇気をもって立ち上がるべきである」  

世界各地に散らばっているユダヤ人に檄が飛び、樋口救出運動がはじまりました。

こうしたユダヤ人の義理固さと誠実が樋口を守ったのです。

 
やがて、 1947年にイスラエル共和国が誕生しました。

そして、ユダヤ民族の幸福に力をかしてくれた人びとを永久に記念するために、

エルサレムの丘の上に「ゴールデンブック」が建てられました。

高さ3メートル、厚さ1メートル、本を広げて立てたかたちの黄金の碑です。

そこに「偉大なる人道主義者、ゼネラル・樋口」と刻まれているそうです。

また、樋口の部下であった安江仙江大佐の名も刻まれているそうです。

そして、日本イスラエル協会から「名誉評議員」の称号が贈られました。

樋口はそれを聞くと、「そんな話は、わたしにはどうでもよい」と言いました。

それから10日の後、樋口季一郎は夫人に看取られて、安らかにこの世を去 りました。

http://www.christ-ch.or.jp/5_torinashi/back_number/2008/2008_06/2008_06_report.html

全方位土下座外交とは一線を隔すこの史実。

いわゆるA級戦犯とされた東條、松岡と関係するがため、あまり知られていないのが残念。


チベット問題を口に出来ない政府、北朝鮮に阿る政治家・・・

北方領土や尖閣、竹島の領有権を主張出来ない総理大臣・・・


日本が目標とすべき外交姿勢は、戦前日本の偉人の中にいくらでもヒントがある。

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