クス:「切りたいと思ったら、切ったら?あとは美容師に相談したらいいんじゃない?うまくやってくれると思うよ。」
妻:「女性にとって前髪は、とっても重要なの!」
ならば、ファッションから遠ざかっている40才のおじさんになぜきくのか。
それは現在のトレンディー(←これがすでに古い)ドラマ、ファーストクラスをシーズン1も2も毎週毎週欠かさずに見ているからなのか?

さらに私は「劇的ビフォーアフター」というテレビ番組が好きだ。リフォームされた家をみて涙を流して感謝をしているおばあちゃんを見てさらに涙を流してしまうこともある。それだけの私に劇的に前髪をリフォームするセンスが宿っているとでも思っているのだろうか。
食事をしている時、どこかへでかけている時、よく妻の写真をとる。
厳密に言うと「妻と」ではなく、「妻の」だ。その辺はネタだなって思いながら、快く写真をとる。女性は写真が好きなのだ。そして、仲の良い女子と共有することが好きなのだ。仲の良い友人からの「いいね」「かわいい」「すてき」「センスあるー」は明日への活力になるのだ。そう分かればシャッターをきるのも楽しい。
しかし、男性諸君よ、私たちが知らなければいけない言葉があった。「リーマンショック」でも「軽減税率」でもない、それは「前髪が割れている」だ。
「前髪をながす」「前髪をたちあげる」などという言葉は、今まで聞いたことがあったが、「前髪」が「わ・れ・る」などという言葉は、私の人生に今までなかった。「われる」ということは、「割れていない」状態があるということだ。いったいそれが何なのか、そもそも割れたところで何だっていうんだ?というのが初めて聞いた時の感想だったが、どうやらこれはとても大事なことのようだ。

だから、先日、その「前髪が割れている」状態で写真を撮り続けた私は、「前髪の割れ」を指摘しないという「罪」を問われた。なぜ、教えてくれなかったの?と。よりによって「いい夫婦の日」にだ。
犠牲者は私1人で十分だと思うので、男性のみなさんには言っておきたい。
「前髪が割れていたら、教えてあげよう」
これが、「パンストが伝線していたら教える」「スカートのファスナーがあいていたら指摘する」レベルのものかどうかは定かではないが、学ぶべき用語であることは間違いない。
そして、妻は美容室へ行った。
まもなく帰宅する妻の前髪に注目しようと思う。
それが、夫婦愛なのだと言い聞かせながら。






