この前の週末を使って実家のある東京に戻った。おばあちゃんの米寿の祝いと父の古希(こき)のお祝いも、一緒にしようということで行った。
4人兄弟の家族と、父と母とおばあちゃん。かなりにぎやかな会。
おばあちゃんと父との思い出について、家族がふれた。
いろんな話がでて、どれも心をわしづかみされるものだった。
そして、自分の教え子と同じ年の中学3年生のめいっこが話す番が来た。もちろん、みんなその場で考えた話をしているだけだ。
「私は、生まれてから大きなけがや病気もせずに今ままで生きてくることができました。これは、ひいおばあちゃんのおかげです。ひいおばあちゃんが、お母さんや私たちの健康を毎日祈ってくれたからです。ありがとうございます。これからは、少しでも恩返しができるように、がんばります。また、これからも、遊びに行きます。」
こんなこと、言えるの?!自分の鼻たれ中学坊主のころを考えたら・・・。
最後におばあちゃんと父から話しがあった。(おばあちゃんの話はべつの記事で)
父は、さんざん、子どもの話をした。自分がメインなんだから自分の話をすればいいのに。
兄ちゃんが生まれてすぐに正月だったから、正月の飯は病院の飯だった話。
弟が母のお腹にいて(父なわけない)臨月のときに、父の教え子が外交官になったら果たすといっていた約束を果たすために温泉に行った。臨月の母に送り迎えをしてもらっていった。そして、翌日に弟が生まれた話。
最後に父自身の若いころの話をしてくれた。
19歳のときまでに、父は陸上部のキャプテンをしたり、生徒会長をしたりして、田舎だったけど、そこでは負け知らずの人生を歩んでいた。
北九州の大学で、「君、話を聞きにこないか?」と会合にさそわれた。これからの日本の社会を考える会合だった。
自分は、みんなが真剣に集っている中で1人アロハシャツに下駄ばきというふざけた格好ですわって話を聞いていた。
すると、話をしている方に前のほうにいらっしいと声をかけられて質問をされた。
「君はなぜ大学に来たんだい。」と。
私は、答えました。
「ん。。。それは、自分を磨くためですよ。」とか言ったんですよ。
すると、その方に言われたのです、
「自分のためだけですか?」と。
私は、負けた、と思いました。
今まで19年間生きてきて、他人のために尽くしたいとは思ってはいたものの、何をもって人のために尽くしたらいいのか分からないでいた。求めてはいたのです。
正しい信仰をもち、人のことを祈り、人や社会のためにがんばる、その結果、自分も幸せになっていく。これが正しかったていうことが、その後の実践で分かったのです。
人のためにということでは、自分が教員をしていたころに、「生徒を自分のこどもだと思って、家族と同じように愛情をもって接しなさい。」と指導を受けたことがありました。受けた指導に忠実に、がんばってみました。とても、難しいことだなと思いつつも、自分なりに工夫をして実践をしてみました。
とても大学に行けそうにない学力の子たちも、自分の家に呼んでいっしょに勉強をしたこともありました。
人のために一生懸命に生きていくと、結果的に、自分の子どもたちも、いろんな方たちのおかげでこのように育てていただけたということが実感です。
ますます、人のために尽くせる人生を生きていきたいと思っております。
☆☆
お酒も入っているのに、とっさにこれだけの話しができるって、よっぽど思いが強いんだなって思った。これから、親孝行していかないとって思った。
とっても豊かな数時間でした。