もう、最終回を残すのみとなったので、書いても良かろうかと思う。
ドラマ「スマイル」。一回も欠かさず見ています。
なんと残念な、それに冒険過ぎるドラマだろうか。
暗いテーマだが、とても大事な事を描こうとしている、
是非応援したいドラマだった。気合はすばらしい。
視聴率は、イマイチのようだ。
テーマが重いからウケないという意見もあるようだが、その影響は少ないと思う。
むしろ、話が散らかり過ぎ、重さが出ていないことが問題ではなかろうか。
まさか、後付け?
と疑いたくなるほど、唐突に裁判員制度が出てきた。
どうせなら、これから後の話を大きく扱えばよかった気がする。
視聴率は低くても名作になったと思うなあ。
内容は、大雑把に言えば、外国人差別をずっと受けてきた被害者であり
加害者にもなってしまった青年の半生、さらに裁判員制度の話だ。
大きなテーマを2つも背負って、大変なことになってしまっている。
ラスト3回位まで、ジグザグしすぎた。
ハッピーもバッドのエンドも有り得ない感じになってきた。
願わくは、ココまできたら、問題提起のまま、投げっぱなし。
そういったドラマになってほしい。
気になることは、2つ。
ビトの犯した罪に対する描写が軽い。
裁判員制度の描かれ方も浅い。
一つ目。
ブログや書き込みを見てみると、
「このままビトが死んだら、かわいそうすぎる」という意見が多いことだ。
そうだろうか?確かにかわいそうだが、かわいそうすぎるとは言えないなあ。
小栗旬演じる林は、残虐な人間だが、だからといって殺されて良いわけではない。
殺人の描写が軽すぎるからこういう意見が出てしまうのだと思う。
正当防衛というには、あまりにご都合主義な所もある。
裁判員の一人のことばが印象的だ。
「彼は、林が危険だと分かっていたら、
何があっても、二度と近づくべきでは無かったのだ」
本当に、そう思う。
1つめの殺人の冤罪を証明すれば、死刑は免れる。
ビト本人は、そうまでして生きるより、人の命を奪ったのだから、
自分の命も無くなるべきだ、と考えている。
法を使った自殺。自分で自分を裁いているのだ。
理由は、どうあれ、人を殺すことは、それくらい重いことなのだ。
それを自覚した今、生きることも、またビトにとっては苦しみかもしれない。
死を意識して初めて生きることの意味を知った。
ビトの懺悔の気持ちが視聴者に伝わっていないのだな、と感じてしまう。
うーん、多分死刑には、ならないんだろうな。
それは、それでいいんだけど、ハッピーと言えるかどうか・・・。
二つ目。
裁判員制度・死刑について。
少なくとも現在の日本では、死すべき人間という判断は、法のみが下せる。
死刑という制度自体が大きな問題だ。
今日チラっと見た「刑事一代」では、こんな描写があった。
凶悪犯に自白させ、刑事みんなで喜ぶ。反面、刑事たちも犯人に感情移入する。
犯人は明らかに死刑になるのだ。
私は、こういうドラマを見ていると、どんな罪を犯しても死んでいい人間など居ない、という気持ちになってしまう。
私は、死刑は無くてもいいと思う。
でも、出所してきて欲しくは無い。
誰にも危害を加えないところで生きているならいい。
終身刑として、塀の中で隔離してくれるのなら。
人が人を裁くことはあっても、命を奪うのには賛成できない、
そう思いながら、裁判員に選ばれたらどうか。
私は、イヤだ。断りたい。
人間のパーソナリティは一人一人違う。心の強さも違う。
たとえば、裁判員として、誠実に判断を下すとする(人間なので、完璧は無いけど)
その結果が妥当だとしても、「死刑」と口に出せるのか、ということだ。
自分の人生の中に、そんな一瞬を作りたいか、ということだ。
専門家に任せたい。私には出来ない。大した啓蒙機会も与えられないまま
受け入れることは出来ない。私は、あまりに未熟だ。
たかがドラマと言うなかれ。
もし、ビトの1つ目の冤罪が死刑執行の後に発覚したらどうなる?
裁判員がそのことを知ってしまったら?
一般人からたまたま選ばれて、ほんの一瞬で出した結論が間違っていたら?
これをきっかけに、人生観が変わってしまったら?
罪悪感や、良心の呵責、事件のトラウマ
5回の心療内科(国費負担らしい)くらいでは、拭えないキズが残るのではないだろうか・・・
「ビトが可哀想」「可哀想だけど、死刑は良くないけど、ビトも悪い」
両面を捉えて、キチンと考えられる人がどれくらいいるのだろうか。
勇気を持って判断を下せる人間がどれだけ居るのだろうか。
制度が整い機能するまでの間、モルモットにされる被告人の人権は、どうなるのか?
ラスト1回で、裁判員達のその後をどこまで追うのか?
放置かなあ。
ということを含め
「スマイル」は、とても重いテーマを投げかけたドラマであり
どうやってこの広げすぎた話を収拾するのか、
ありきたりで終われないテーマだということを分かっていて
作っているのか、非常に気になっている毎日なのです。