町で出会った感じのイイ人びと~(しあわせぇ~♪) -3ページ目

町で出会った感じのイイ人びと~(しあわせぇ~♪)

ついつい愚痴ってしまう自分に戒め。小さな幸せと頑張ってる人たちに勇気をもらうブログ。

真っ正直に生きることも悪くないよ、とひと息つきたい、そんなとき。

これは、報告しなければなりませぬ。

今は まだ疑惑の段階ですが

先日、リコメンドした、「カリッとダブルチーズ」を本日食しました。


どうやら、セブンイレブンの「カリカリダブルチーズ」とは、中身が異なる模様。

前回、食べたのは、カリカリの方です。

実は、今日、カリッとを 初めて食べたのです。

中身が、同じと思い込み、カリッと をリコメンドいたしました。

私の味覚が確かならば、リコメンドしたかったのは

カリカリダブルチーズの方になります。すみませんでした。


私は、味覚には、かなりの自信があります。

しかも、現在、おめでたいかな禁煙続行中のため、

味覚は20代に戻っているかのごとく、ビンビンでございます。


カリッと君には、カリカリ君に感じたほどの濃厚さがない。(と思う)

そして、ジャンキーさ が増し とてもケミカルな味がします。

しょーじき、とってもショック、ショック、ショック大。


近日中に、カリカリ君を ゲットし、味覚、成分を

我が舌で 確かめまする。

もし、これから買うという人は、

カリカリ君(イイ気分の方ね)をお勧めいたします。


注:

カリッと君とカリカリ君が 同一人物だという広告や宣伝は一切ないため、

たとえ、別人格であっても、なんら問題はありません。

私が思い込んでいたのみということになります。

ですが、真相は確かめてみたいと思っとります。以上。


報告:8/15 カリッと君、カリカリ君。両者食べ比べを行いました。

結果、同じもののようだ。ややこしいことを言ってごめんなさい。

そりゃそうだろ。と思われると思うのですが、

うーん。なんで別物と思ったのかなあ?

交互に食べたり、観察したりしたけど、同じものだ。

初物のショーゲキだったのかなあ、

カリカリ君は、黄色い味が勝ってたような気がしてたんだけど。

両者、成分カロリーなども全て同じでした。分けて作る方が変だもんね。

とほほ。お騒がせいたしました。

なーんかスッキリしないけど、やっぱ同じ味だす。

お金を拾った。

まあ、結構モノを拾うんだ私。

また、面倒なことになったな、と思った。

結論から言うと、ちゃんと 届けました。警察に。

拾ったというより、掴んだ?触った?が正しいか。

スーパーのATM。

両手に荷物もあったし、

今度に すっか。

と一旦は通り過ぎたものの、

やっぱり戻って、機械の前へ・・。

ソイツは、大きな口を開けたままだった。

なんと お金が入ったままだった。

ええーっ!こんなのアリ!?

どうすれば良いか分からず。

でもこのままでは次の操作ができない。

なんか、何も考えず、とっさに思わず、手に取ってしまった。

6,000円。

うーーーーーん、ちぃゅーと はんぱ!

やっかいやなあ。

ネコババする気は 毛頭無い。

現ナマむき出しだから、持ち主も特定できないじゃん

しかも、

今、手に持った時点で、見ようによっては、ネコババ完了の姿とも言える。

数秒・・・経過。

頭の中に、いろんなことが駆け巡った。

デブく太ったオバハンが ぶん取りに戻ってくるとか・・

「きゃー!私のお金よー」って、でけえ声で叫ぶの図とか・・・。


いいえ、いいえ、じぇーんじぇーん、だーれも 来ない。

ATMなんて じろじろ見るのも無作法だから、だーれも見てないしな。


さて、 

あなたなーらどうするぅ~♪

しゃあない、連絡用phoneを取って、係りの人と話す。

警察に届けろと言う。

(データを解析すれば誰か分かりそうなもんだけど、

そういう親切はしないらしい。プライバシーの問題?コストの問題?)

「いやー、全然良いんですけど、この場を離れて

この電話を切った途端、ネコババ成立みたいに思われたら困る。

この電話記録してください」と依頼した。

名前と電話番号も聞かれた。

別に やましくないけど、あんまり言いたくないものだね。

しかも、きっと、カメラで記録されてるしな。

んで、おまけに私のカードは取り扱い外だって。

残高照会したかったのに出来ずなんのこっちゃ。


遠回りして警察に行った。お盆だし、晩飯時だし、人もまばらで。

お金は大事だよ、アヒルさんも言ってるよね。

しかし、諦めにも似た空気が おまわりさんと私をやさしく包む。

6,000円ぽっち取りに来るかね?

「ねー、多分取り来ないね」

「そうでしょねー」

「こんな良い人に拾われたとは考えないよ、みんな」

「いやー、イイ人より何より、窃盗になるんでしょ

(カメラだって付いてるんだぜ)」

「そりゃそうだねぇ」

のんきすぎるぜ、ベイベー。

まあ、どうでもいいけど、

せっかく買った やっこ(メガ高いの買ったのに!)がヌルくなるんですけど。

腹ペコで、バンバンジー作りたいんですけど・・・。


おまけに、道草のセイで

雨に降られた。

あと3分で着くってときに 降ってきやがった!

図書館の本が濡れたら どーしてくれようぞ!


良いことしたのかなー。

他に書きたいこと 考えてたのに

なーんか釈然とせず、こっちを書きました。

ちなみに、遺失物の法律が改正されたそうです。

3ヶ月、持ち主不明のまま経過したら、

私のモノになるんだって。

(前は6ヶ月だった)

そうか、知らなかった。勉強になったから、良しとしよう。


6,000円もらえたら嬉しいけど

それよりも、

持ち主が出てきてくれたら、もっと嬉しい。

世の中捨てたもんじゃないじぇ。

ちゃんと届ける人間も居るで。って

わかってくれると、嬉しいんだけどな。

その方が、濡れた甲斐もあるんだけどなぁ。

さぁ、どうなるかな。



お気に入りの、ブザー・ビートを見て

山Pの気持ちになり、涙がいっぱい出てしまったので、

水分補給中(カタカナ系 アルコール)。

若い恋って 良いなあ。うらやましぃ~ドキドキ


まあ、勉強は、頑張るとして、

その最中の話。

昼間 照り返す日差しを受けた風が 窓から吹き込んでくる。

あー、なま暖かい。

いや、クソ暑い。

む? 神経を集中し、深呼吸すると

懐かしい匂いを感じてしまう。

私の好きなアジアの匂いだ。

少しホコリっぽく エスニックな香り。

気のせいかもしれないが、そう感じる。

そろそろ 旅欠乏症。

発症しているようだ。

行きたいなあ、台湾かバリかバンコクか・・・。


41歳の夏だから~♪

行きたいのであるが、ちょっと無理だ。

あああ~。

死ぬまでに、あと何回満足な食を楽しめるのだろう。

私にとって 旅は、食事と匂いが全てだ。

市場と 町歩き。

市中にもかかわらず 遭難しそうになるほど、歩き倒す。

軒先の洗濯物や、枯れた鉢植え、おっさんの万年将棋。

そういうものを見ながら テクテク歩く。

もし、ここに 自分が生まれていたら。

もし、このおっさんが お父さんだったら。

馬鹿な空想を繰り返し、人生を何人分も味わうのだ。

そしてお店で ふらっと食べる。

これからも、新しいところにも行ってみたい。

それと同時に 再訪したい。

過去の自分との対話、成長の確認、自分の変化は予測不能。

そんなことを味わう旅にするのだ。

未来の予測なんて絶対に当たらない、ということを痛感する。

だから悲観することは無意味なんだ、

って強く念じることができる。

近いうちに また旅に出られますように。

1泊でもいいさ。

何回でも行こう!


願掛けのつもりで

国内、海外

死ぬまでに ずえったーい、もう一回食べるリストを覚書しておこうと思う。


・香港 金山海鮮酒家、道端のエッグタルト。マンゴージュース桶盛り位

     リーの中華屋のインゲンの炒めたヤツ

・台湾 死ぬほどショウロンポウ、

・バリ あそこのスーパーの横のサラダ、バイパスの汚い店のチャーハン、

    チリクラブ

・宮崎の 冷汁、しぶしぶBAR

・横浜の オカユヤの野菜の御粥

・村上牛

・近江牛

・佐賀牛

・豊後牛

・関サバ・関アジ

・新潟の酒、プール一杯ほど

・金沢の市場の 刺身

・北海道の市場の毛蟹、どんぶり、立ち食いそば

・善光寺の蕎麦屋の そば味噌&地酒

・本栖湖のそばの ほうとう

・博多の柳橋のおじいちゃんの店のふぐ、朝飯

・玄海灘の 屋台のすし

・呼子の イカドン

・島原の味噌

・高松の連絡線うどん

・下田の 魚介たっぷりの定食

・沼津の 魚市場の定食

・淡路島のホテルの朝かゆ

・名古屋の 高架下の汚いすし屋の旨いすし

・東京 歌舞伎座の近所の タンドリーチキン

・名古屋 やばとん 柳橋の親子丼 

・長崎の 飲み屋さんの ゴマ味のおかゆみたいなヤツ


じゅるじゅるじゅる~。

まだまだ、あるかな、今は思い出せない。

私の舌と脳みそに ガツン! ときたのは、これくらいかなあ。

牛肉なんて、好きじゃないけど、やっぱり旨かったし。

でも、よう見ると

まあ結局、日本酒のお供的発想ですな。

決して高価なものじゃないけど、

この店の味やな、こだわりやな、と思ったものしか思い出せない。

あああー、こんなけ行こうと思ったら、どれくらい時間がかかるかなぁ。

少なくとも、一生のうちに あと3周は したいなあ。

長生きしないといけない。300歳まで生きるぞ!


・バンコク 無し。結局カレー味が無難。

ちょっと悲しいな。

東京も 高すぎて胡散臭すぎるわ。

築地でも しょうもないもの出されたし。

だけど、銀座の裏通りの焼酎をくれたお店には、一度行かないといけない。

一見のしかも、旅人の私に 焼酎をくれた。

なんか、粋な大将だったなあ。

まだ、やっててくれるといいけど。


ひとつひとつ、制覇していくぞ!

それを励みに、自分の成長を確認しながら

旅をするのだ。

まあ、その前に 勉強、勉強。

がんばるんちょ。





ちょっと、ぼやき過ぎたかも。

ただ、前回の憤りは、やっぱり見過ごせないものがあったのだ。


人の欲望には、限りが無いんだなと思う。

私の立場からすれば、

共に生きる約束を交わし、愛する子どもを授かって

それ以上、何の幸せがあるのか?

と思ってしまうのだ。

とっても羨ましいのだ。

辛いことや苦しいことも 人に非難されない方法で乗り越えて欲しかった。

子ども達のためにも。


私は、元来、モテる方では無いから、

結婚できないかも、という思いは あったけれど

子どもを産む気は マンマンだった。

子どもが とにかく好きなのだ。

不器用に手を動かし、まわりをきょろきょろ見ながら

コケて、すりむいて ひとつずつ 何かを獲得していくさま

見ているだけで、にやけてしまう。

友人の子どもでさえ 頭からかぶりつきたくなるくらい可愛い。

自分の子どもだったら、たまらないだろう。

一郎から五郎まで、最低でも、オトコばっかり5人は 産みたかった。

不細工でも 少々ドン臭くても いつもそばにいて、

私の体中の毛穴から おへそから

愛情ビームを出して 一緒に暮らしてみたかったな、と思う。


にきび面で汗臭い野郎から

「おかん、 メシ」

って、言われてみたかったなぁ。


人生とは、思うように行かないものだなあ。

手に入らないからこそ、望んでやまないのだと思う。

与えられたもの、足りないもの、手に入れられないもの、力で奪い取るもの・・・

多分、人生って、そんなことの繰り返しなんだな、と思う。


寂しいけれど、子どもは、もう無理かな、と思っている。

最後の1%に賭けたいが、第一、パートナーが居ない。

結婚に興味があるわけではないから、

コンカツに乗り出す気にもなれない。

大事故のような出会いでも無い限り 無理だろうなあ。

とうとう、私も41歳になった。

ここ数年、同世代の知人を亡くしたりもした。

立ち止まって居られない。

自分の子どもが無理なら、次の野望へ進まねば。

今、目の前に、細く光る道を、見失わずに進んで行こうと思う。


また、イチから勉強だ。

がんばるんちょ。




先週は、日本人にとって とても大切な日々のはずだった。

何年経っても忘れてはならない、尊い命が奪われた日だ。


何年か前の9日 長崎に行った。

うだるような暑さの中、資料館に行き、

生々しい思い出の数々を見た。

熱で曲がった 弁当箱、兵隊さんの写真・・・。

記念公園では、一日中、人の祈りが止むことは無かった。

みんな、整然と並び、祈る。

様々な世代の人たちが、祈っていた。

毎年 訪れているのかな という人や

大切な人を亡くした風の人、ちっちゃな子ども。

誰もが、心をどっしりと落ち着けて祈っている。

子どもでさえ、ふざけてはいけない事が 分かるようだった。

私の旅行は 無計画なことが多いので

本当に予期せぬ偶然だったけれど、

その日1日 観光せず ずっと 長崎に居ることにした。

重たい1日。

でも、

大切に生きていかなきゃな、

と改めて思えた1日だった。


翌年の夏は、広島に行った。

原爆ドームの周辺を歩いた。

静かな公園だった。

もう資料館を見る勇気は無くて、

ただ、ドームの中を隙間から覗いた。

崩れたレンガや瓦礫のようなものが 散乱していた。

ここで、命が無くなった ということ。

疑う余地が無かった。


二つの大きな悲劇と、終戦までの日々。

毎年、謹んで

命に感謝する時間にしなければいけないと思っている。


ところが!

なんだ!

今日は、ぼやくぞ!

連日連夜、くだらない芸能人の逃亡劇を 浴びせ続けるTV。

私は、相当怒っている。


法に守られているから、穏やかに生活が出来るのだ。

勝手気ままに破る人間は、秩序の中で 生きていく資格は無い。

(よく分からないんだ。お金があるんだから

合法的に許されてる国に行ったらいいんじゃないか?)

保身のために、逃げるなんて!

人の命や 我が子のことより 自らの保身。

もうそんなヤツ 報道する価値が無い。

なんのこっちゃわからんが、

「自分が身代わりになる」とか

「減刑を」とか

電話が鳴るらしい。

税金の無駄遣いだ。応対するのも馬鹿馬鹿しいぞ。

そんなに大切な人なら、街角で署名運動でもやればいい。

安易に電話ですませるとは、手段まで短絡的すぎる。

祭りと間違えてんじゃないか、

日本人は こんなに馬鹿になったのか・・・。


2人とも、芸能界は辞めて欲しいな。

人生は いくつからでも やり直せるから

他のところで がんばり。


そして マスコミ。

日本の大切な、この時期を こんなことに費やした罪は

偶然とはいえ 重いと思う。

報道する使命、真の意義を もっと考えなきゃいかん。

あと数日、

終戦記念日までに この馬鹿馬鹿しい騒動が

収束してくれることを祈っています。




「高速道路1000円で、5億円の損失」らしい。

なかなか、行政って難しいなあ。

CO2や渋滞、過密輸送で、温暖化にも良くなかったらしい。

でも、不景気だから出かけないっていうのも悲しいしな。

家族の思い出や楽しみに ひと役かうと思えば、イイことのような気もするし。

難しい。

でも、国をあげて やっちゃったから 非難は少ないかもしれないけど、

「たこちゃん」の被害だけは、私は見過ごせないぞ!

たこちゃんの 従業員さん 15人も辞めちゃうのだ。

不景気プラス1000円ショックで。

「淡路島の たこフェリー」

大好きなんだ。いっぱい 思い出が 詰まってる。

ちょっとだけ、ちょっびっとだけの フェリー。

でも、旅の途中に 船が入ると、一気に旅情が深まるし

みんなの足って感じもあって 素敵な乗り物なのだ。

(しまなみ海道の 船たちも ちょっと心配)


思い出は、人を 優しくすると思う。

大切な宝物だ。

昔、「異人たちの夏」っていう映画があったのが忘れられない。

後半は、とっちらかったスリラーモノみたいになっちゃうし、

本筋がどこにあるのか良く分からんのだが、

そんなことは、ほっといて とっても好きなシーンがあるのだ。

主人公がタイムスリップしたみたい?な感じで

幼い頃の父ちゃん母ちゃんとちゃぶ台でご飯を食べてるところに行ってしまう。

本当は、もう2人とも亡くなってるんだけど。

絵面だけなら、大人3人の食事なんだけれど。

とてもとてもやさしい時間が流れてるんだなあ。

見たときは、涙が止まらなかったし、今も ちょっと うるうるしてしまう。


なんでもない日曜日とか

ちょっとしたお出かけとか

子どもにとっては、そんなことが 一生の宝物になるんだなあ、としみじみ思う。

私も、小さい頃の なんでもない日曜日を 思い出すことがある。

朝は、パンとコーヒー。

インスタントだけど、

お父さんのは これくらい、お母さんのは これくらいって、

分量を覚えて、私が作って。

焼けたトーストには バターを塗って。

あとでキャッチボールしよう、とか

将棋もいいなあ、すごろくは?とか

なんでもない話をする日曜日。


出かけるときは、うちは、車が無かったから、いつも 電車。

それに お父さんは 電車を作るのが仕事だったから

本当に 色んなことを教えてくれながら ガッタンゴットン出かけたんだ。

車で 出かける 楽しさもあると思うけど

満員で座れなかったり

やさしいおばあさんに会ったり

席を譲らなくて、気がつかなくて

お父さんに どつかれたこともあったなあ。

そんな、色んな人との触れ合いも イイもんだな、と思うのです。


お盆休みは、たこちゃんも 増発らしい。

きっと、ちっちゃい子も たくさん乗るだろうな。

じいちゃんや ばあちゃんに 会いに行くのかな。

曲がった腰で、愛情いっぱいで 待っててくれるかもね。

また、そのちびちゃんたちが 大人になって

また、次のちびちゃんたちと 冒険する。

そんなときまで、ずっと ずっと 泳ぎ続けて欲しい。

負けるな たこちゃん!

頑張れ たこちゃん!


前回は、熱くなってしまった。(呑みすぎたゎぃ)

諦める子を増やしたくない。

こんなに経済格差の広がった状況で、あの結果は厳しいよなあ。

わかってるし、当たり前の結果なんだけど。

振り回されず、諦めないで欲しい。


確かに、東大や京大に「現役」で入ろうと思ったら

経済力は、強力なアイテムだろう。

分量が多すぎる。

ワープのために 時間と学力を買うのだ。

誰かのアシスト無しには、かなり難しいだろうなとは思う。

でも、普通に勉強できるくらいになるのには、

あんまり経済力は関係ないと思う。


今の子に足りないのは、

自分縛りの気持ちなんじゃないかなあ。

塾に行っても、一定以上の成果が上がらない子も多いはず。

縛られて 前より少し勉強してるだけ って子は その程度でしょう。

「縛ってもらい代」=塾=親の経済力 

ってことなんじゃないかと思う。

勉強時間をお金で買ってる子が増えたってだけのことだと思う。


以前、自分の経験を書いたけれど、

やはり 親の学歴、核家族、少子化、地域との交流の薄さ、なんてことは

少々不利には なると思う。

今は一人っ子が多いもんねぇ。

兄ちゃんや姉ちゃんのワダチを 歩いてなんとなく

なんてことも少ないわけだ。

だから、ボーっとしてないで、いつも心をオープンにしておいてほしい。

それだけのことだ。


今のイイところ。

ネットや図書館、TV、色んな情報発信源に恵まれている というところ。

ホントは、すんごい広い交流と環境が広がってるんだ。

東大すっとばして、ハーバードとか行っちゃったり、

(行ったきり帰ってこない、これはイカンなあ)

まさにワールドワイドだ。

もうちょっと庶民的に考えてみても

e-learningの可能性は、大きいと思う。

30年前は、有名予備校は、遠く遠く。

時間、電車賃、授業料、何をとっても全然手軽じゃなかった。

それに、イイ先生は、東京に集中していて

地方では、ハコは同じでも、中身は全然違う先生だから。

夏期講座を数個だけ、何とか、¥工面して行ったけど、

なんじゃいコレ?!って先生も居た。

子どもの数も多くて サービスも悪かった。

むしろ今の方が安上がりに、イイ物を手に入れられるはずだ。

貧乏でも イイ勉強できるよ。

(電話代にビビリながら アクセスしてたころが懐かしいわ)

今、私が高校生だったら、1週間くらい、ビラ配りのバイトしたら

乗り切れる気がする。

昔は、そういう単発バイトを探す情報さえ、無かったしなあ。


情報洪水の中で、おぼれてもダメだ。

自主的に動き、自分を律して生活することが大事。

やらされてる感 仕方ない感で 動くのは危険だと思う。

学歴や知識は持ってても邪魔になるものじゃない。

ひけらかしたり、武器にするもんじゃないと思うけど、

知ることや学ぶことには、心を潤す効果があると思う。

どんな職業についても

義務教育内容までは、きっちり抑えておく必要がある。

最低限 大人としての素養の範囲のはずだから。


ぶっちゃけ、今の教科書は、真ん中のミソだけが詰まってる。

文量を薄くするため、気づき学習や知的訓練が重視されてる。

基礎や基本的な内容は、触れているだけ。

高度な問題については、具体例を示さない。

そういう意味で、

「わかってね、悟ってね、類推してね」的な内容になっていると思う。

難しい漢字や言葉は、敢えて使わないようにもなっている。

逆に読みにくいし、

レベルが低いのか高いのか?

掴みにくい内容になっていると思う。

ホントは、もっと、基礎をガシガシやらにゃイカン。

だから、自分で肉付けしよう。


塾に全く行かないとして、

中学卒業までに どんな先生に出会えるかな。

気の合う先生、優秀な先生、自分のテンション(恋に夢中とか いじめられてるとか)

そんな要素を掛け合わせると

「心底、師と仰げる人に いいタイミングで出会う確率」 

って意外と低いんだろうと思う。

そのことを肝に銘じ、

常に釣り糸を垂れ、引きを しかと見つめる。

それが基礎の学習だ。

素敵な出会いがあったとき、逃さないように。

基礎的な訓練が無かったら、まったく無意味な出会いになるよ。


漢字や読み、計算、常識的な歴史の流れ、地形、地図、草花・動物を育てたり、

ちょっとした料理、挨拶・礼儀・敬語、部活の仲間、・・・

そういう当たり前の 心がけ次第のこと、一人で練習できること、

ガシガシきっちりやっておく。

あんまり経済力は 関係ないところなのだ。

e-learningもそう。

自分のレベルを保つ訓練をしっかりやっておいてこそ、役に立つというものだ。


経済力に負けるな。

教科書を飛び出して、教科書の底と天辺、両方から はみ出して

基礎と応用、やるんだっちゃ。

日本中に、「お金に負けるな!」

って思ってくれてる先生が増えていることを

お忘れなく。

塾の先生も、学校の先生も

学ぶ心を応援しようと 呼びかけてくれている人は多いんだ。

政治やマスコミじゃなく、

ニッチなところから、みんなに呼びかけてくれている人が

なんと増えたことか。

インターネットという素敵な道具を

有利に、心優しく 活用して欲しいなと

思います。


筋力を伸ばして、素敵な出会いを!

若い力たちよ。

がんばってね!!


人間力は、99%環境が作ると思っている。

オオカミに育てられれば、人とてオオカミになる。

全国学力・学習状況調査の結果が出たそうな。

・親の所得が子どもの学力を左右する。

だそうだ。

所得というより、

意識の差、丸投げ力の差かもしれないな。

与えられるだけの世界では、至極正統な結果だと思う。

とにかく、環境をもつものが能力を伸ばせることには変わりない。

それを与えてもらうか、自ら作るか。

今まで熟練と言われる教育者達が、日々体感し声高に訴えてきたことも

結局は、数値化されたデータにおいて説得力を持つという悲しさ。

さりとて、

数値をどれだけ信頼して良いものか

どれだけ今後に生かす材料として効果的に受け止められるか。

まあ、いっか

親の経済力ね、わかった。

じゃあその後どうすんだ?

貧乏だったら終わりなのか。

データは使いこなせて、次に生かせて初めて命を持つということ。

あくまで踏み石だ。

100%の精度でもない。


諦めることはない。

いくら母集団が大きくても、

確率と天才が生まれる奇跡は、共存しない。

生きる力と経済力も次元の違うパワーだと思う。


なんのために勉強するのか。

すべては、自分のためなのだ。


世を憂う前に、

学校で習うことだけが全てではないこと

自分の考え方に風穴を開けること、

それだけでも身体の揺れ幅は変わる。

視野を広げることだ。

環境は自分で作るのだ。

与えられて満足している以上、その枠は超えられない。

経済力の壁を越え、自分が師を求めて動けばいい。

そういう力が生きる力だ。

師は街中に居る。

今、通ったその道のわきで、寝転がってるおっさんからも

何か学べることはあるのだ。

きっと。


人の波が大きくうねるとき、

大きな舵取りの中で

リーダーとメンバーと、それぞれに役割があろう。

必ずしもリーダーが一番カッコイイとも思わない。

メンバーの中にも、アイツが居るなら俺もと思わせる小兵も必要だろう。

その時々で、メンバーだったりリーダーだったり

どっちの人になるにも勉強は必要なのだ。

付いて行くだけなら、楽して努力しなくてもイイと思うのも大間違い。

そんな時代は、とっくに終わったのだ。

しなやかに 場の状況、先の展望を考えて動ける人間、

そういう人を作る教育が必要だと思う。


人を蹴落とす、人より上を行くエリートではなく

みんなが幸せに生きる道を模索し、指し示すことができるリーダー。

リーダーを支え続けることができるメンバー。

自分の適性を考え、学びながら生きる道をつけていく、

それが教育。

子ども達にはそういう教育を受けるという意志を持って欲しい。

貧乏も金持ちもホントは関係ないんだ。

アンテナを持とうよってことだ。

小さい頃に見えているものは、世の中のほんの一部なんだ。

南国に居るか北極に居るか、

着る服、食べるものが違うように、

今見てるものが全てではないんだ。

与えられるものには、間違いも、時代遅れのものもあるのだ。

幸せになるための椅子取りゲームじゃ悲しい。

時代が変われば、その椅子だって砂の椅子かもしれない。

それくらい価値観や世の中は見えない速度で動いている。


だから、自分の中にきっちりとした物差しをもって勉強するのだ。

学ぶ人も学ぶ環境も自ら作り出す。


何がいいたいかよくわかんないかもな。

腹立って、ちょっとウォッカ呑みすぎか。

(今、朝やねん)

まあ、とにかく言いたいこと!


貧乏なんかに負けんな!

諦めるなよ!

せっかくもらった1本の命。

頑張って欲しい。

これからの友たちよ。

たった一人の自分だけの命。

素敵な人生の天才になってください。

負けんな!

没個性とか、個を生かす教育とかいわれて久しい。

身の回りを見ても、やはり個性的な人は興味を引くし、お近づきになりたいものだ。


しかし個性にも良性悪性というか、好悪の感想を持つのは否めない。

いくら異彩を放っていても、見ていて聞いていて 

心がざらつくような人とは居られない。


良く思うのが、

「めっちゃイイ歌。あーん、なんでこんな歌い方なん! がっくし。」

「なんでこんないい番組に こんなクセのあるナレーションなん! やりすぎ!」

そんな経験ありませんか?


近頃、歌で思うのは、

「あんたが気持ちいいだけちゃうん?人と違うと思われたいだけちゃうん?

なんやそのコブシは!美しい歌詞も台無しやん」

頭の中に、何人かの歌手が浮かぶ。

ひじょーに 残念。

売れればいいとは、言わないが

せっかくイイ歌を生み出したのに、自分のエゴが強すぎて

大衆にイマイチ 入っていけない。

そういうのって、

作品は自分の子ども、とか

表現は唯一無二で無ければ、とか

思いすぎじゃないのかなあ。

それが、表現者魂なのかなあ。

肩の力を抜いて、

もっと人を受け入れよう、

ゲートを開いてあげて欲しいな。

発信しても 受け手はいつもお決まりのメンバーっていうの、

ホントは寂しいと思うんだ。

心地よい個性、好感度って人の心の王道を掴むってことだから

ダサいことでもなんでもなくて

とってもカッコいいことだと思う。


ドラマもそうだ。

こんなの今まで無かったでしょ?

毎回ドキドキするでしょう?っていうのもイイけど

何度となく、繰り返される王道にも魅力はあるのだ。

という意味で、

まーったく目新しいことを感じない 「ブザー・ビート」が最近お気に入りの私。

誰のファンでもないし、

もう少し上手い人で見たかった配役も無きにしも非ず。

ただ、手作り感、若者青春像みたいなのが 出て

その方がいいのかもな、なんて思う。

なかなか。

毎週楽しみだ。


王道、人を心地よくさせる個性、表現方法

肩の力を抜いて、

攻撃しない融和な柔和な調べを

もう一回見つめなおすってどうだろうか。

切に切に オススメしたいこのごろである。





ちなみに、やはりブログは難しい。

身近な、町で出会った人びとのことを描きたいのであるが、

なかなかこれが、遠慮やしがらみで描きにくいものなのだなあ。

しばらく、こんな感じでいこうかな。

若田さんが、地球に帰ってこられた。

私なんかが心配しても詮無いことだが、シャトルの打ち上げが延期になったとき、

心配だった。

若田さんのご飯が とてもとても心配だった。

お水とか・・・。

十分に準備してるとは思うけど、やっぱり減っていくだけで

増えることの無い食糧というのは、ツラかろう。


科学的・物理的なことに根っから弱い私でも、

今回の若田さんの滞在には、とても興味を持った。

改めて宇宙ステーションて何ぞや?とかイチから調べたりもした。

なんだろう、きっと常識的なところが欠落しているから

いくら調べても、点が増えるだけで、線にも面にも、知識がつながっていかない。


でも、まず言えることは、サクラダファミリアなんかよりも 

もっともっと壮大なスケールの、これから先の、未来の仲間に向けての活動。

命を懸けて行う、ロマンと正義感。

頭が下がる思いです。

頭脳明晰なだけじゃなくて、強靭な精神力の持ち主、バランス感覚に優れた

決して利己的に生きることの無い人たち、

そんな人が、選ばれて、自ら選んで使命を全うしている。


本当にスバラシイのだ。

でも、きっとサクラダファミリアも 始めた時点は、こんにちの宇宙開発のごとく

壮大な夢と、次世代に託す意思表示だったんだろうと思う。

かっこいいなあ。

気の遠くなることなのに 粋に感じて参加する。

とても勇気が居ることなのだ。

どう転んでも、自分が立ち会うことの無いゴール。

それは、自分の死や 残された時間を実感する作業でもあるのだから。


人は、その命を終えても 何かを遺し、託していかなければいけない。

失敗は教訓に 希望は勇気を添えて。

生きた証を 押し付けでなく、生かせる形でつないでいくのだ。


私のような凡人にも、ちっちゃなこの地球の上でも

何かできることがないかな、とコツコツ、ちまちま考えたい。

バカかなーとも思うけど、

そういうことを頭のすみっちょに 持ち続ける心は

大切にしたいものです。


とにかく、若田さんのご飯が無くならなくて良かった。

宇宙については、まだ じぇんじぇんよく分からないから

これを機会に勉強しようと思う。

次は、野口さんか。

そのときまでに、私も ”ちょびっとはかせ”くらいには なろうと思う。