そういえば、勉強をしなくなったな。
と、自己反省したのが去年。
それで、ちょっと勉強してみた。
今まで、仕事を替えるたび、必要なスキルは積んできたと思う。
まあ、それは積んで当たり前。
もっともっと自己研鑽できることは、無かったかと深く反省した。
必死で勉強したのって、結局大学受験かな。
そう思うと、人生の半分以降は、必死でなかったことになる。
次の仕事が決まらないのは、ひとつには自分の経歴が右往左往しているから
と言えるが、
それより先に、ライフワークと思える何かを持っていないからだと思う。
腕さえあれば、自分の思う職場にもっと近づけるのだろう。
少しでも良心的に誠実であろうとする人びとの集まる場所へ
同業の中で移っていく、という選択肢をもてる。
器用貧乏というか、なまじ色々な職業を知ったために
命中するスキルがないのだ。
私自身は、そういう生き方が合っている性分だと思う。
例えば、ひとつのモノを作ると、実際に使っている人が気になる。
そっちの側も見てみたくなる。
仕事の中で疑問が湧けば、その根本とする事業を経験したくなる。
そうやって、業種や業界を越えて、でも接点のあるものを選んできた。
でも、普通の人は、職務内容を統一するんだよね。
ずっと営業です、とか経理です。とか・・・。
そういう基本的な流れにも、私は反発してしまったことになる。
「今までやってきたことを活かして、どれだけ役に立てるのか」
「人のためになる業種か(大枠では、全部そうだけど)」
「女性でもきちんとした1人の人間として扱ってくれるか
(これは、30代以降の女性には切実な問題だと思う。
バリバリすぎて苦しかったりしたなあ。)」
という観点で仕事を選んできた。
どうやら、ひとつの企業内で、色々な職種を経験するのはOKで
会社自体を替えてしまうのはマイナスなんだな。
そんなことも良く分かってなかった。
こういうところが私の生きる力の無さだと思う。
とほほ。
この失業期間を、
雑多な経験をひとつにまとめる作業、
長年の懸案事項、
そういうものを整理する時間にした。
「真剣に勉強できる力が残っているのか」
ということも気になっていた。
いろんなことを学びなおしたが、
今回の一番の収穫は、
簿記3級。
世間的には、非常に簡単と言われているが、
これにチャレンジした。
合格したとき、大学合格より嬉しかったかもしれない。
それくらい、何度も挫折を繰り返していた勉強だった。
分かるようになるまでが、遠いのだ。
まず、ステージに立てないと言った感じ。
向いてないなあ、と思った。
実務家なら、普段の失敗経験でクリアできるものが
紙の上だけだと、なんとも空虚な勉強なのだ。
ああー、苦しかった。
普通は、50時間もやれば、取れるらしい。
でも、クチコミって当てにならない、特に資格試験は。
私は、300時間以上は やったと思う。
コツを掴むと、非常に面白くなった。
調子に乗って、今1級の勉強をしている。
2級受けるかなー?
経理は、結局経験重視なので、あまり次の就業には役に立ってくれないだろう。
だけど、私の中についた
ちっぽけな自信、
腑に落ちた快感、
ちょっと イイ経験ができたな、と満足している。
プログラム言語のおさらいもした。
結局、語のもつ意味は、英文なんだから、簡単なんだ。
どうやって、プログラミングするかという 言語独特の命令構築
そういう、概念が分かれば、どの言語も同じなんだな、と改めて納得。
(ココまで来るのに めちゃくちゃ遠回りしたわー)
んで、
「やっぱり、英語なんだ。」
と手をつけてみた。
さーっぱり分からん。
だけど、日本の教育も捨てたものじゃない。
やっぱり、どの外国語よりも、とっかかりやすい。
単語が、言い回しが、頭の隅に残ってるんだなぁ。
でも、くるじい。
もうちょっと、やってみよう。
がんばったら、
あの快感に出会えるかな?
出会いたいなあ。