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町で出会った感じのイイ人びと~(しあわせぇ~♪)

ついつい愚痴ってしまう自分に戒め。小さな幸せと頑張ってる人たちに勇気をもらうブログ。

真っ正直に生きることも悪くないよ、とひと息つきたい、そんなとき。

うおー!


ただいま、禁煙中につき、ブログ書けましぇん。

学びつつ、煙絶ちつつ、

あーストレスフル。

何度目の 煙絶ちだろうか。

数年前は、年間半分止めてたこともあった。

久々、なんとなく思いついてやってみたが、

今度は、禁断症状が長い。

ニコチンは、とっくに消えたはずだ。

元々、ゆるーいタバコに変えていたから

中毒性は薄いはず。

長年の、習性・習慣による飢えが原因だろうか?


止めたいと思ってるし、煙の奴隷から解放されたい。

当然、禁煙セラピーなんて、人間版もオンナ版も

何度も何度も読んださ。

もう何年も前からな!!

煙のカラクリも身体の害も十分わかっているさ。



今までで、一番効果があった禁煙期間は、

”家中にタバコを置きまくり。特にテレビや洗面所・トイレなど、

必ず視界に入るところに新品を置きまくり。禁の意志を固くする!!”

というもの。

今回は、もう全く家にはケムリが無い。

これは、意志が弱いとき、効果的な方法だ。

だが、しかし、危険も伴う。

万一、ケムリに出会ってしまったら・・・

愛煙家の友に会ったり、ふと昔のコートからタバコが出てきたり、

何度も何度も挫けたさ。

あな、おそろし。やっかいな場面も多いのだ。

要注意なのだ。


とにかく、今週いっぱい 家の中に籠もる。

勉強もバシビシやる。

あーストレス

あー、血行良くなりすぎて

眠いのでアール。

がんばるんちょ。



そういえば、勉強をしなくなったな。

と、自己反省したのが去年。

それで、ちょっと勉強してみた。


今まで、仕事を替えるたび、必要なスキルは積んできたと思う。

まあ、それは積んで当たり前。

もっともっと自己研鑽できることは、無かったかと深く反省した。

必死で勉強したのって、結局大学受験かな。

そう思うと、人生の半分以降は、必死でなかったことになる。


次の仕事が決まらないのは、ひとつには自分の経歴が右往左往しているから

と言えるが、

それより先に、ライフワークと思える何かを持っていないからだと思う。

腕さえあれば、自分の思う職場にもっと近づけるのだろう。

少しでも良心的に誠実であろうとする人びとの集まる場所へ

同業の中で移っていく、という選択肢をもてる。


器用貧乏というか、なまじ色々な職業を知ったために

命中するスキルがないのだ。

私自身は、そういう生き方が合っている性分だと思う。

例えば、ひとつのモノを作ると、実際に使っている人が気になる。

そっちの側も見てみたくなる。

仕事の中で疑問が湧けば、その根本とする事業を経験したくなる。

そうやって、業種や業界を越えて、でも接点のあるものを選んできた。

でも、普通の人は、職務内容を統一するんだよね。

ずっと営業です、とか経理です。とか・・・。

そういう基本的な流れにも、私は反発してしまったことになる。

「今までやってきたことを活かして、どれだけ役に立てるのか」

「人のためになる業種か(大枠では、全部そうだけど)」

「女性でもきちんとした1人の人間として扱ってくれるか

(これは、30代以降の女性には切実な問題だと思う。

バリバリすぎて苦しかったりしたなあ。)」

という観点で仕事を選んできた。

どうやら、ひとつの企業内で、色々な職種を経験するのはOKで

会社自体を替えてしまうのはマイナスなんだな。

そんなことも良く分かってなかった。

こういうところが私の生きる力の無さだと思う。

とほほ。


この失業期間を、

雑多な経験をひとつにまとめる作業、

長年の懸案事項、

そういうものを整理する時間にした。

「真剣に勉強できる力が残っているのか」

ということも気になっていた。


いろんなことを学びなおしたが、

今回の一番の収穫は、

簿記3級。

世間的には、非常に簡単と言われているが、

これにチャレンジした。

合格したとき、大学合格より嬉しかったかもしれない。

それくらい、何度も挫折を繰り返していた勉強だった。

分かるようになるまでが、遠いのだ。

まず、ステージに立てないと言った感じ。

向いてないなあ、と思った。

実務家なら、普段の失敗経験でクリアできるものが

紙の上だけだと、なんとも空虚な勉強なのだ。

ああー、苦しかった。

普通は、50時間もやれば、取れるらしい。

でも、クチコミって当てにならない、特に資格試験は。

私は、300時間以上は やったと思う。

コツを掴むと、非常に面白くなった。

調子に乗って、今1級の勉強をしている。

2級受けるかなー?

経理は、結局経験重視なので、あまり次の就業には役に立ってくれないだろう。

だけど、私の中についた 

ちっぽけな自信、

腑に落ちた快感、

ちょっと イイ経験ができたな、と満足している。


プログラム言語のおさらいもした。

結局、語のもつ意味は、英文なんだから、簡単なんだ。

どうやって、プログラミングするかという 言語独特の命令構築

そういう、概念が分かれば、どの言語も同じなんだな、と改めて納得。

(ココまで来るのに めちゃくちゃ遠回りしたわー)


んで、

「やっぱり、英語なんだ。」

と手をつけてみた。

さーっぱり分からん。

だけど、日本の教育も捨てたものじゃない。

やっぱり、どの外国語よりも、とっかかりやすい。

単語が、言い回しが、頭の隅に残ってるんだなぁ。

でも、くるじい。

もうちょっと、やってみよう。

がんばったら、

あの快感に出会えるかな?

出会いたいなあ。




昔、国語を教えていたとき

どうしようもない無力感やジレンマに悩んだ。


点数を取るための解き方、教え方は確かに存在する。

ただ、それさえも語彙力不足の子供には無力だった。

言葉の壁当て。顔を見れば分かる。半分も理解していない。

聞いてはいるが、心に落ちていないのだ。


国語力の無い子は、テクニックを習得しても

結局、当て物クイズから抜け出せない。

偏差値は上がっても、所詮、砂の城だ。



真の国語力とは、内省する力であり、他者と共感・討議できる力であると思う。

それがなければ、自勉なんて無理だ。

全ての教科が ゆがんでしまう。

負のスパイラルだ。


私は、国語を勉強した記憶が無い。

国語の時間=休憩時間=昼寝の時間だった。

いつも成績は良かった。ケツファイブのときでさえ。

一方、一生懸命聞いているのに、できない子は、

国語を勉強としてしか捉えていない子たちだ。

どちらかというと、国語の時間は、確認する時間だと思う。

自分の読み取りと他者のがどう違うのか。

自己を吐き出して 味わう時間なのだ。

たったそれだけのことが、 国語嫌いの子にはできない。


国語こそ、能力別クラスにするべきだと思う。

できる子は、飛び級飛び級で構わない。

表現や討論などを取り入れてもいいだろう。

できない子は、書き取りや音読、読書など基礎から叩きなおす。


そうやって、手に入れた力に テクニックで味付けをすれば

自然と 偏差値も上がる。

そして、その子の中に一生モノの宝が残る。

社会に出て、最低限のところで 機能を発揮するのは 国語力だ。

多少計算が弱くても 時事に疎くても

話がまともなら、何とかなることも多い。

キレイな敬語と字だけでも 味方につければ、かなり心強い。

会議でも 分からない言葉のオンパレードじゃ話にならない。

使えないのに無理して使うと墓穴を掘る。

思いの疎通が出来れば、トラブルも少なくなるだろう。


普段から 

どれだけ言葉を大切に考えるか。

どれだけ言葉と触れ合うか。

やっぱり王道は、それしかないと思う。


メールを打つでも、少しでも優しく、心を伝えるように

漢字も改行も工夫して、味わいのあるものを表現する。


本を読もう。難しい本でなくてもイイ。

マンガでも、語彙が豊富(擬音以外で)ならOK

何かひとつ、好きなシリーズや作家を制覇するのが良いと思う。

推薦図書とか純文学とか、その辺りから攻めるのは無謀だろう。

子供が読みたい本というより、大人が読ませたい本が多いから。

ますます本嫌いになるかもしれない。

興味=選定基準が大事。

スタートは 小さければ小さいほどいい。

2歳とかから 始めれば 最高だ。

そして、もう大丈夫 と思えるまで つきあってあげることだ。


よく 「うちの子 本を読まないんですよ~」という親が居るが

まずは、あなたが 読んでない。

九分九厘当たりだ。

誰かが きっかけを 作らなければ。

イイ友に恵まれ 触れ合う機会でもなければ、

親が示すしかないのだ。

早速、本を読もう。

そうやって 言葉を味見しよう。

日本の優しさが 残っているうちに。


たまたま、今日 本屋に行った。

買わなかったけど、とても良さそうな本。

「日本でいちばん大切にしたい会社」

帰宅後、amazonでレビューを見ると ほぼ絶賛のようだ。

たしかに、ぺラッと立ち読み(章立て)しただけでも

感動できそうな匂いがプンプンしていた。

好きだ。イイ感じだった。

失敗したり、壁に当たりながら、

人を感動させる生き方をしている仕事人たちの話だ。

経営者は、もちろん素晴らしいが、

その意を汲み取る社員の方々も素晴らしい。

あー、うらやましい。

二次元の世界で、感じのイイ人びとが 踊ってたぞぃ。

んー、イイ気持ちだ。


その横に平積みされている本たち。

二極化の様相が見えてくるから不思議だ。

1:原点に立ち返ろう

2:いかに儲けるか

このニ極化。

1:は、誠実さ、共存する心を説いているものが多い

2:は、いかに勝ち抜くか、人より抜きん出るか、に特化した啓発本

と言える。


私は、1が好き。誠実、生きていく道、そのために収入があると思う。

特に、理論だけでなく、実例が豊富で、しかも新鮮なものがいい。

この本は、その条件に当てはまってる。

イイ感じだ。

古い理論なら、韓非子とか、それくらい遡って読みたい。(マンガで読んだ)

時代を超えて 真理を語ってくれる気がしている。

テクノロジーや時代に後れるのは問題だが、

やはり古くからの先達の教えにも、無上の教訓があると思う。


「人が寝てるときに働けば1歩リードできる」

当然だろう。そうでなければ、寝ない意味が無い。

私は、別に人と競争したくない。

自分と戦っているだけだ。

たとえ寝ないとしても、「自分に残された時間を思うと、寝る時間が惜しい」

と考えたい。

自己啓発のゴールは、他人の上に行くこと?

嫌悪感が走る。

最近、どうも、そういう善の匂いのしない本が多いと思う。

尊敬する人を目標にするなら いいんだけど。

匂いの微妙な違いって、結構大事だと思うなぁ。


これからは、お金を稼ぐのが難しい時代。

簡単に想像できるし、きっと必然だ。

勝ち組 負け組 って言葉が流行ったけれど

勝ち人 その他全員負け

ってくらい比率は イビツだと思う。

ならば、少しでもハッピーだったり、助け合ったりできる力が

必要になるんじゃないかなあ。

生きてるなあ、幸せだなあ、って思う気持ち。

誰かの役に立つ気持ち。

物欲だけでは満たされないもの。


今みたいに、本物が なかなか探せない時代って 続かない気がする。

今は、信頼=価格と 100%言い切れない。

独善的にマーケットを作り、本物を見えなくしている。

そういうときって、危ないと思う。

・偽者の横行で、見極める目が麻痺する。

・正直ぶって売りさえすれば、飛びつく人が現れる。

・流行るモノが良いモノと言えなくなる。

ブランド力なら 信頼できる?

いや、わからんて。

えげつない食べ物とか 摘発されてるしなあ。

うーん、危ない。

ひとつの悪が 糾弾されてる最中に

無数の悪が 誕生してる。

怖すぎる。


本当に正直な人は、今が勝負のときだ。

透明、透明な経営だけで、勝てる。

今、戦えば、まだ100%勝てる気がしている。

まだ、人びとの 本物の目が残ってるうちに、

悪魔を打ち負かして欲しい。

そういう戦いなら、他人を相手にしてもいい。

んで、それを頑張ると、

結局、自分の心や神様との戦いだ、って結論になると思うんだ。

だから、やっぱり、やっぱり、

魂を磨くことしか 勝ち目は無いのだ。

んだ!


キレイな水の中で 泳ぎたい。

それだけを望んできた。

それで、うまく行かなくて どんづまった。

「もう、私が 住みたい水は 存在しない」

そう思っていた。

最近、浮上の兆しがある。

「まだ キレイな水は 存在する。」

そして、

「自分を変えなければ、水は 選べないのだ」と気づいたからだ。


啓発本とか そんなのは どうでもいい。

本当に キレイな水が あるのかどうか、

もう そのこと自体に疑念が湧いていたのだ。

まだ、ある。

まだ、あった!


お金も出世も ほどほどでいいから

心が泣かない生き方 をしたかった。

もちろん、大切な出会いも たくさんあったけれど。

ここのところ、核となるもの に出会えなかった。

それは、友達じゃなくて、もっと遠いところに 存在しなければならない。

だって、私の友達は 既にみんな 魂がキレイだから。

もっと 大きいくくりで 探していた。

「もう、自分の生き方や魂は 時代遅れなのか。

人とのつながりは、誰も望んでいないのか。」



ちょっと、世捨て人だった。

町中で、自分さえ良ければいい、という人たちを 見かけることが 多くなった。

学校の荒れ方も 異常だ。

イヤな起業家も たくさん見てきた。

創業時は もっと純粋だったんじゃないか、と思う。

なまじ うまくいったが ために

過信し、魂を売ってしまう人たち。

弱小のときから支えてくれた人を いともたやすく 切り捨てる人。

子供の塾代にも困る社員のそばで 豪遊を繰り返す人・・・。

将来は無担保で、

それでも理念だけに賛同し ついてきた人たち。

そういう人たちが 結局、泣く羽目になったのを沢山見た。

詐欺じゃないか。


だけど、ここのところ 家に居て

ブログを 始めてから

ネットの効用に 気づくようになった。

ネットで 毒づく人も多い。

卑怯なやり方だ。(もう捨て置く)

それで、あまり見ないようにしていた。

だけど、良く見ると

玉石混交、キラリと光る人たちも 居ることに気づいた。

今、むさぼるように そういう人たちを探している。


何かを 経験し、自分の信念のために 起業し

自分の器を 自問自答し 信念を貫く若者達。

いるんだねぇ。

私は、そのことに すごく喜んでいる。



良かった。

一人じゃなかった。

もう、私だけだと思っていた。

そういう人たちに もし町で出会えたら、

「お前も こっちの水だな?」

って思ってもらえる人になりたい。

挨拶だけでいい。キレイな魂に 出会いたい。

諦めたらいけない。

私が 実践しなければ、

魂が 光り合わないのだ。

呼び合えないのだ。


うれしい。

そういう人たちが まだ世の中に いっぱいいること。

私は、弱いから 一人では生きていけない。

お金が無いと困るけど 魂も売りたくない。

全く 自分の知らないところで

魂を磨き続ける人が居ること。

そのことが わかっただけで 元気が出る。


よし!

これからも感じのイイ人たちを 

探し続けるぞ!


名も知らぬ 生き方職人の皆様、

気づかせてくれて ありがとう。



突然、飛び込む仰天ニュース。

「くさなぎつよし公然わいせつ罪で逮捕。」

どえぇ~、なに!?

よく読むと、泥酔で全裸で吠えていた、とのこと。


もう、見逃してやってー。

お願い。

「わいせつ」なんて言うから

女の子に 何かやらかしたのかと思った。

まず、良かった。

ほっと したわ。

まあ、迷惑を被った人も居るから 通報されたんだし、

女の人が目撃でもしてたら 露出のトラウマになるかもしれんし、

イイことではない、とは思う。

各方面に 被害も甚大だろう。

(間違いなく ン億だな)


でも、あんまり騒がないで~。

私は、ファンでも何でもないです。

ただ、画面から伝わる仕事に対する姿勢、

決して偉ぶらない立ち居振る舞い。

そういうキャラのまま トップアイドルを続けてきた

プロの人だと思う。

SMAPの中でも 自然体と言えば、彼だ。

それまでのアイドルの形を 次々と打ち破る彼らだったが

まず1番目立たず、それを卑下もせず もくもくと努力を続け

登りつめても ひけらかすことすらしない。

好感度の高い人だ と思う。


恐らく、しばらくは 騒がれても 自然と 彼は戻ってこられる。

(本人が 自分を許すかどうか、が心配なところ。ストイックそうだから。)

もし、スムーズに戻ってこられたとして

それは、ジャニーズのチカラじゃないじぇ。

今回の彼の場合は。

恐らく 国民の多くが 彼を 後押しするだろう。


それくらい 彼は 謙虚に 堅実に 生きてきていると思う。

根性の悪い人って 画面からでも 分かる。

あれだけ、頻繁に 出てれば。

もし、こっちが騙されてても構わない。

画面の彼は 十分、真面目じゃん。

彼なら 大丈夫。

同じ事件を起こしても 日常の行い、その人に対するイメージ、

そんなことで、人間の善悪の感情は 左右されるものだ。

(陪審員制度、怖いよね、いらないよね?)

日常から、人に 心を傾け 真摯に 生きる人を

必要以上に 攻撃しては ならない。

彼は、真摯に 生きてるだろう、きっと。


あくまで、個人的意見ですが、

会ったことも無いけれど、応援の声の方が 多い人なんじゃないか、と。

たぶん。

ざまあみろ!って思ってる人は、少ないと思う。

最近の 芸能スキャンダルの中でも 見逃してあげたいNO.1だ。


「おかえり」を 言えるときを そっと、待ってます。

ファンじゃなくても、そう思える 偉大な人だよ、クサナギツヨシ。

がんばれ!

働きすぎだから、

「ちょっと 休め」 のプレゼントなんじゃないかな。


逆に ファンが増えるかもね。

それくらい 「日常の積み重ねが宝物」ってことだと思う。

ゆっくりしーなー。


君は ひとつ伝説を作ったのだよ。

ちょっと休んで、温泉でも行って・・。

また、頑張ればイイさ。




(このブログは、しばらくしたら削除します。

いつまでも 残しておくものでも ないから

私からの ささやかな 応援。

読んでもらえなくても、会ったこともなくても、

でもでも、魂のキレイそうな青年に 伝えておきたいメッセージなのでした。)



大学を選ぶとき、決めていたことがある。


1:総合大学であること。

2:下宿すること。


頭のレベルからして、選択肢は少なかった。

でも、単科大学は絶対避けたかった。

理系・文系、将来なりたいものは千差万別で、できれば浪人生や留学生も わしゃわしゃ居るような

そんな大学に行きたかった。

刺激を受けたかったのだ。

特に、自分の夢は 教師だ。

教師の卵としか 出会えない大学なんて、魅力が無かった。

働き出せば、イヤでも世間から 離れてしまう。

だから、教育大には行きたくなかった。

人生は、学校が終わってからが 勝負だ。

色んな人と大量に一気に出会える、最後のチャンスだと思った。


高校は、まるで私学のように、のんびりしていて

荒れに荒れた中学時代からすると、まさに ぬるま湯校だった。

なんせ、高校に入って、一番感激したのは、

「全ての便器が正常に機能すること。」

中学では、5つあれば、大抵2つは 破壊されていた。

茶髪がオシャレの世界から、一転

皆の髪は、黒々としていて、

「今更、ヤンキー? くっだらな~い!」

みたいな感じ。

財布だって盗まれない。

その間、わずか半月。

私は、学校のカルチャーというものに ショックを受けた。

「環境が人を作る」

重々承知していたつもりだった。

転校したとき、(家を買ったので)

痛いほど実感したのだ。

場所だけじゃなく、そこに所属している人が重要なのだ と再確認した。


だから、

色々な人が集まるとこで、

関西から飛び出せるところ。

この2つは、譲れないポイントだった。

関西は、独特の文化圏で、愛して止まない土地ではあるが、

一度、外から見てみたかった。

親類縁者も、大きく言えば、全員関西だ。

できれば、東に行こう。

私のことを誰一人知らないところ。

そうやって、決めた。

(普通の人なら、海外留学を志すとこだと思う。

その発想は、無かった。 ちっさいなあ。)


志望大学に行くためには、申し訳ないが 学校の授業だけでは足りなかった。

みんな、ハナから 一浪覚悟で スケジューリングされていた。

(そういう人って、結構 二浪するよね?)

センセイからも、真剣さは 伝わってこなかった。

予備校任せだ。

毎年、進路の状況を報告しておいて、

さも自分たちが 教えた振りをして、

その実、ほとんどが 浪人生や 予備校生 の結果だった。

くそー!


ウチは、お金がないから 浪人できない。

もう1年 入るためだけの勉強をするのも 地獄だった。

ムヒ ムヒ ムヒ の勉強をした。

まあ、そうやって

生え揃っていたから、自勉した。

そうやって、

他所の家に 受かった。


環境を変えて、色々なことを観察し、体験し、

挫折したり、笑えたり

興味深いと いう意味では、

本当に 面白かった。


私が 若い人たちに言いたいのは、

「何を求めて 大学に行くのか」ということです。

いくつかの 大学に受かったとき、

思わぬ快進撃に 先生達の扱いが 変わるのを 体感した。

なんせ、私は、ケツファイブ(ケツから5番ね)だったから。

いやらしいわー。

そんなスンバラシイ大学ではないが、

ウチの高校にしたら、スンバラシイ結果だったのだ。

いやらしいわー。


一人だけ、たった一人だけ

部活の顧問の先生が言った。

「おまえ、どこに行くねん。

一生の大事な時間を過ごすとこやぞ。

偏差値だけで決めんな」


私は、

最も 偏差値の低い大学を 選んだ。

みんな驚いた。

なんで?なんで驚くの?

本命だったから、喜んでよ。

なんだろねー、そんなもんなのかな、変な反応だったわ。


大学に進んで、出会った仲間たち。

当然と言えるが、同じ道を選択した者たちが多い。

(受験パターンがあるからね)

みんな、バカの方を選んだ人たちだ。

「だって、こっちの方が 便利じゃん。家も近いしねー、親戚居るし」

「やりたい研究が出来るからねー」

まあ、理由は様々だった。

だれも偏差値なんて気にしていない。

そういうヤツらは、みんな面白かったぞ!

社会に出たら、偏差値なんか関係ない。

大きいくくり、旧帝大、国立、難関私立

知ってる人でも そんなことぐらいしか 知らない。

ぶっちゃけ言えば、全国で認知されているか否か、そんなとこしか視点は無いのだ。


手当たり次第に 学部を横断して受けたり、

1つでも偏差値の高い学科を選択したり、

もうそういう馬鹿な発想は やめるべきだ。

大学だけでは、飯は食っていけないぞ!

ネームバリューは、確かに大事だけどね。

オモロイと思える、高められると思える環境のチョイス!

これを オススメしてみたい。


まあ、そういうアナーキーな選択の繰り返しで

今の私がプーということも 事実なんでね。

説得力ないわなー。

実際に、超一流企業においては、学閥というものが、旧態依然として存在しています。

これも事実。

スンゴイでっかい、スンゴイ金持ちの人たちのお話よ。

私のレベルじゃ モウマンタイ。


ま、そういう話も 

親友(高3)には してみました。


ウチは、貧しかったと思う。

両親のことは尊敬しているし、世界一だとまで思う。

だけど、学の無い人たちだった。

いくら人間性や徳を積んでいても

社会的地位は低く、また受験・学問の実体を知らない人たちだった。

なにも恨んでいない。

だけど、自分もまた両親と同じように知らないことが多すぎたのは事実だ。


今でも忘れない。

小学校に上がるとき、電車に乗って百貨店の大きな書店まで行き、ドリルを買ってもらった。

今でも破格と思えるくらい高価なランドセルも買ってくれた。

府営団地のひしめく場所で、私のランドセルはNO.1だったと思う。

うれしくて、勉強だけは一生懸命した。

両親ともに嬉しそうだった。(泣けるぜ)

2年生になった。

またドリルを買ってくれた。

そんなことが続いて、

6年生になったとき、

ちょっと高級な問題集をチョイスした。

まだ「自分は賢い」と勘違いしていた頃だ。

早速、家でTRY!

ラ・サール??

なんじゃ、なにじん?

外人?

学校で見たことも無いような 図形や記号が、うじゃうじゃ書いてあった。

そのとき、初めて自分の知らない世界があることを 知る。

そういえば、クラスメートの何人かは、受験をするらしい。

公立中学でさえ遠いのに、電車にまで乗って通うのか?

君も外人になるのか?

申し訳ないが、私より勉強できないよね?

などと思っていた。


貧乏人の反骨精神、

規制・統制されることへの反発

腐ったミカンの方程式は、真っ盛り。

そんな中学時代、まさか塾にも行かなかった。

特に、我が家は当時貧困を極め(重くのしかかる住宅ローンね)

間違っても塾に行きたいとは言えなかった ということもある。

参考書や辞書さえ 思った分の半分も買えなかった。


塾星人たちに ドシドシ追い抜かされた。

600人は居たかと思うマンモス校で、

20番までに入っていたはずの私が

100番以内にも入れなくなった。

悔しかった。

同時に学校の勉強とは違う世界で 上澄みたちが戦っていることを 痛感した。


そのままズルズルと 頭脳の貯金を使い果たし、

大学進学スレスレあり?くらいの高校に進んだ。

勉強なんか投げていた。

結果、1年の終りには、ケツから5番だった。(学年でね)

2年の途中で、

このまま人生が 終わる気がした。

どうしても夢をかなえたい(学校の先生になること。結局なってないけど。)

かつての外人たちに 負けたくない。

ワープしかない。

ワープするのだ!!!

高校に入れば、通常の出費も増える。

弟も大きくなってきやがる。

ますます、参考書は買えなかった。

自勉、自勉だ。

部活も辞めた。(みんなゴメン)

ガリ勉になると宣言して(はた迷惑)

自勉モードだ。

目の下に ムヒを塗り、ベッドの上で5分泣いて目を覚まし、

深夜まで勉強した。

「模試を受けたい」

親にそれを言うためだけに、1週間は作戦を練った。

別に素直に言えばいいだけだけど

大蔵省の辛さも分かるし

出してやろうとしてくれる姿勢も 痛いほど分かっていた。

だけど、親には未知の世界だ。

自分の経験としても 親としてでも

味わったことの無い世界なのだ。

なんだか 言うのが辛かった。

和英辞典も 持ってなかった。

そうやって、なんとか合格した。

それでも、野口英世や そんな時代の人に比べれば

たいしたことでは ないと思う。

でも、工夫するチカラ 考え抜くチカラは ついたと思う。


今は、塾も参考書も沢山揃っている。

過多の気もするほど。

今の時代に生まれていたら、もう少し ムヒも 役に立った気がする。

予備校や参考書なら 効率的だろう。 必携のものも多い。

モチロン 知ることは、大切だ。

だけど、体中の毛が全部生え揃って、大人に言えないことも経験しておいて

今更、個別指導だ家庭教師だ

1対1で

毎日毎日、手取り足取り教えてもらって どうする!?

自勉の力なく 活きていけるのか?

大きな箱の中で 全国各地の猛者たちと

キャンパスライフを 渡り歩けるのか?

と 最近の子供達を見て 不安に思う。


15の夜には 自立しよう。

基本は、自勉。

生え揃ったら、自勉。

そういう風に 頑張ってもらいたいと思う 今日この頃。


親友(高3)に捧ぐ お話でした。




最近、あんまり更新できていない。

本当は、書きたいことが山ほどある。

今まで40年生きてきて、体験したこと、内省したこと、友人から学んだこと、読んだ本のこと、

TVからだって学べることはある。


元来、発射型の人間だから、いくらでも湧いて出てくる。

だけど、ここのところ、生活に動きが無く、(ヒッキー気味)

感謝のこころでは 満たされているが、実情が伴わなくなってきた。

そんな実生活に動きがないときに、内面的なことばかり書くと、どうなのかな?と

意識的に休んだ。

まあ、そういう時期もある、と思う。


それが、結果、あまり良くなかった気がする。

続けた方が イイようだ。コツコツと。

決意表明というのか、自分日記として 

たとえヒッキーでも 「毎日毎日書くのが良い」という結論になった。


「ペタ」というのを 付けてくれたりするので (どういう仕組みか良く分からないが)

誰か 読んでくれたときも あるのだと思う。

それを思うと、クラーイ、クラーイのも書けないし、書きたくないし。

バクレツ的な文とか、軽い感じのとかが 良いのかと思ったり。

読み手を意識しないなら 公開することないし。

自分勝手と自然体と。

2つの さじ加減が 本当に悩ましい。

きっと、ブロガーは、誰もが1度、通る道なのかもしれない。


人には 色んな側面が あるから

やっぱ文体や内容も変わるのだ。

それは、もう仕方ない。

と思ってみる。



私の人体成分表としては、

ぼやき 30%

ウツウツ うっちゃん 30%

ゲキレツ・バクハツ 20%

ガハハ 10%

その他 10%

くらいの割合で ブレンドされています。

その他は、

恋をしている場合のみ 乙女成分になったりする(久しく無いわあ)

呑み呑みしてると

呑み 100%で ピュアタイプに変身もする。


何もしてないからと言って、

ブログまで書かないと、

知らぬうちに 成分比が ゆがむような気がした。

負と思われる部分が増殖し、

促成栽培したはずの「感謝」や「ほんわか」が

どっかに飛んでいってしまった。


だから、これからも書く。書き続ける。という

決意表明と言い訳でした。



もしも、もしも

このブログを 読んでくれた方へ


そして、変なの読んだな!と思われた方


これからも、ごめんなさい。



日曜日、昔の教え子たちに会った。

1人は、フランス帰り、1人は、こっちで人の役に立つ仕事をしている。

まあ、仮に仏子ちゃんと、役子ちゃんとしようか。

先日、電話をくれた子たちだ。


仏子ちゃんは、フランス留学で知り合ったフィアンセと一緒に帰国。

彼は、生粋のフランス人。仮に どぼん君としよう。(♪しゅしゅしゅしゅしゅび、どぼ~ん。だから)

どぼん君に会うのは、初めてだ。

「堅い、日本人より真面目、老けてる」と聞いていたので、

仲良くなれるか不安だった。

どきどき。

仏子ちゃんとの、ラブラブ・メゾンで、昼呑みとなった。

行ってみると、バイトで、どぼん君は居なかった。

きちんと、日本語で履歴書を書き、バイトを始めたということだった。

(私より、エライやないか~い!)

書き損じのブツを見ると、

誠実な、だけど、申し訳ないが園児のような字で一生懸命書いてあった。


笑かす。

がんばれ、どぼん君!

写真だけで、先にご対面。、

なんだか、ウチの弟と良く似ている。(雰囲気ね)

なーんだ、初めて会ったような気がしない。

これなら、対面も大丈夫そうだ。

気をよくして、呑み呑みスタート!


仏子ちゃんと、役子ちゃんと私。

もう、しゃべる、しゃべる。

ホントに、大人になったねー。

恋愛のことも、仕事のことも、家族のことも、お金のことも、なんやかやと

全部、ハダカでしゃべれるようになった。

しみじみ。

そりゃあ、出会った頃、彼女たちは、中学生で、

言えたり、言えなかったり、大人の事情をどこまでサラすか、というのが私の命題だったわけです。

今、本当の意味で、教え子が友達に変わる実感がある。

ありがたい。

そして、ラク。

よく考えれば、この間の職場の同期が、彼女たちと同じ歳。

で、上司は、彼女たちより歳下だった。

人は、出会ったときの立場で関係性を左右されるものなのだ、

とつくづく思う。


とにかく、いつまでも、先生と呼ぶのは勘弁して欲しい。

今じゃ、プー太郎だし。

と、提案しているのに、

帰ってきた どぼん君まで

「○○(本名)センセイ、どうぞ」

なんて、おかずを よそってくれる。

なんて、いい奴なんだ!

なんで、仕込んでんだ?


近くで見ると、どぼん君の鼻は、

私の4倍高かった。

「イイ空気吸えそうやな鼻

思わず言ってしまった。

どぼん君は理解していた。

恐るべし。

今まで、結構色んな外国人と仲良くしてきたが、

かなり日本語が達者だ。

優秀。

字は幼児でも会話力は素晴らしかった。

関西弁も理解している。

来年、M-1に出たいそうだ。

「出ろ出ろ、まず台本書いてみ」などと、そそのかした。

頑張れ!どぼん君。

なにしろ、まじめまじめ×100くらいの人だった。

私の視力が弱いこともあって、日本人にしか見えない。

いっぺんでいいからフランス語をしゃべってくれ、とリクエストした。

「うじゅうじゅうじゅ、どりろり、じゅぽーん」

おおー!

やっと、フランス人だと理解できた。


仏子ちゃんと結婚するときは、私もひと肌脱ぎたいものだ。

なかなか経済力の壁というのは、突破するのが難しいようだ。

それについては、協力できない。

すまん。

ああ~、パワーゼロ¥の私。

なさけない。


役子ちゃんは、今彼氏募集中。

ウチの弟と結婚すればいいのに。

(いひひ、着々と世界征服進行中。私の得意技:身内固め)

しっかりした、気立てのイイ子だ。

本当に、人の役に立つ素敵な仕事をしている。

よく頑張ったね。

大学行って、また学校に行って

きちんと人生を設計していて、素晴らしいと思う。(完全に負けている)


久しぶりに会ったからか

彼女たちも私のその後の人生に興味津々だった。

なんで、結婚しないんですか~?


なんじゃ、そりゃ?

出来たらしとるわい!

と言いながら、

まあ、過去の恋や、先日の宝物との電話の話などで盛り上がった。

こんなプー太郎の私からでも

学ぶことがあるのだろうか。

まあ、無駄な鉄砲でも1発くらいは、ハートに命中してくれてればイイにしよう。

(したのか?)


まあまあ、これから、家も近くなったし

また会えたらいいね。

どぼん君とは、まじめ度ゆえに

どれだけ距離が縮まったのかは不明。

まあ、次回の宿題だな。

私は、かわいがりたいと思っとるよ。

みんな、かかってこい!ってトコかな。

同じ高さで同じ思いで

色んな面白いこと、大変なこと

いっぱいこれからも経験できたらと思う。


こんな40が居たってイイじゃないか!

夜空を見ながら思った。

気分良くなって

1人でラーメン食べた。

「こってり」はキツかった。

身体は、じゅうぶん40だった夜のお話。