昨日の続き。

まあ、この騒動自体は論点とも言えないようなことだし、僕としてもどうでもいいのだが、せっかく便利なものが出てきたので、集めた人を信頼し、あくまでそれを前提としてコメント分析をやってみる。日本語による理性如何ほどのものかという意味で、意外に面白かったこともあるし。


◎おまけ:どっかに載ってた評論家とかの意見/【仮面で】関東の私大の1年生の日記【ICUへ】
http://d.hatena.ne.jp/yusuke-a/20071103

◎落合監督、オチはどうしますか?/ダイノジ大谷の「不良芸人日記」
http://mycasty.jp/ohtani/html/2007-11/11-03-864473.html


なお、引用したコメント主が昨日図にした四象限のどこに位置づけられるかも書いてみることにする。1~5で、数字が大きいほど矢印の末端に近いこととする。便宜のため、もういちど図を貼っておこう。

四象限


では、各人ごとにいってみようかな。


広岡達郎「これは信念に突き動かされた采配だ。 中日を五十三年ぶりの日本一にさせるんだという 落合監督の強烈な意思を誰も邪魔する事はできない。 日本シリーズで初の完全試合という個人記録ですら、 入り込む余地はなかった」(中日新聞)


管理野球の主唱者・広岡達朗氏のコメント。監督としても名将と呼ばれる存在。

この人自体好き嫌い別れるとは思うが、さすがに言葉に含蓄がある。「信念に突き動かされた」、「落合監督の強烈な意思」という部分に見られるように、落合博満という人の行動原理とそれゆえの采配の必然性を理解した上で評価しているのがわかる。この広岡氏、落合監督とはこれまで野球観・野球理論をめぐっていろいろ紆余曲折のあった間柄であり、ある意味ライバルのような関係にあった。コメントは、そういう広岡氏ならではの言葉といえる。尤も、広岡氏だったら自分でもやった可能性が充分ある気がするけれども(苦笑)。

座標上の位置づけは、「好き・嫌い:0」の、「評価できる:5」かな。なんと座標軸の上。好き嫌いでものをしゃべらない人だからなあ。



東尾修「私が投手なら監督とケンカしている。しかし53年ぶりの日本一を最優先するのは当然。大げさに言えば自分の首をかけての決断」(テレビ朝日)


この人はものごとをケンカに喩えすぎるきらいがあるが(笑)、それがこの人なりのものの考え方であり、世界観なのだろうと思う。因みに、勿論この人も監督経験者。落合と山井は監督と選手ということで、監督の権威に逆らえるはずがないという意見もあった。しかし、いつも外野からチェックされている以上そうとばかりもいえない事情があるのは「自分の首をかけての決断」という言葉の通り。そのあたりの事情をこの人はよく理解しているのだろう。この人の任期中も色々あったものね。座標は「嫌い:4」の「評価できる:4」で、象限は3。



石原慎太郎「落合は見事だと思う。泣いて馬謖を斬ったんですよ。私は落合監督は絶対正しかったと思う。あれが本当のリーダーだ。」


野球界以外の人物その1。

政治的にも文化的にも、学問的にも文学的にもこの人のことを僕は好かないのだが、リーダー論そのものとしては間違っていない。リーダーに非情さが必要だというのは帝王学の基本だからね。そういえば、「太陽にほえろ!」でも、山さんが「俺もボスに唯一かなわないことがある。それは、非情になれることだ」と言っていたなあ。尤も、昨日言った通り、今回のケースが「非情」が問われるケースとも思わないけど。座標は「好き:5」、「評価できる:5」で、象限1。



牛島和彦「53年ぶりの日本一が懸かるマウンドとなると分からなくはない。難しい決断だったと思う」(スポニチ)


ついさっきまで失念していたが、この人も監督経験者だったね。やっぱ監督経験のあるなしが、決断の難しさを理解できるか否かの分かれ目になるのかな。コメントそのものは、慎重な牛島氏らしいコメント。「好き:1」「評価できる:2」で、微妙に1。



権藤博「監督を経験した立場から言わせてもらえば、個人記録よりチームの勝利が優先。落合監督らしい完璧な守りの野球。」(報知)


はっきりと自分の立ち位置を弁えたコメントをしたのは、監督としてかつて横浜ベイスターズを日本一に導き、選手時代は過酷な連投により二年で燃え尽きた伝説の投手・権藤博氏。今回のケース、立ち位置コメントでこの人に何か言える人はいないでしょう。「好き:2」「評価できる:5」の、1。



達川光男「1番いい投手を最後に出すのは当然。何も問題はない」(報知)


簡潔極まるコメント。監督経験者。どこか「当ったり前(めえ)じゃねえか」というニュアンスが感じられるのが達川氏らしいところ。「好き・嫌い:0」(判断不能)の「評価できる:3」。



山本功児「考えられない継投ではない。他のチームの監督にもいい勉強」(報知)


監督経験者。熱血漢で知られる。「いい勉強」というあたり、やはり決断の困難さへの理解が伺える。「嫌い・1あるいは0」「評価できる:3」で、微妙に3。いや、言い回しに好意のニュアンスが伺えないかなと思って。



山田久志「高く評価してもいい。しかし自分が監督なら絶対に交代させることはない」(ニッカン)


立場上微妙な人。いうまでもなく前監督。CBC解説陣で反落合を除いたら人が足りなくなり、その因縁でサンドラ準レギュラー解説者になった……などと、穿った見方もできるかもしれない。「自分ならやらない(嫌い)」ということと「評価できない」ということはまったく別のことだというのがよくわかるコメント。(そんなことさえ弁えていない人が批判サイドの人には多い。)「嫌い・4」「評価できる:4」で、典型的な3。



森祇晶「考えが浮かんでもなかなか行動に移せるものではない。良くぞ決断した」(ニッカン)


西武黄金時代の宰相であり、名将といわれる人のコメントだけに、紹介されることが多いコメント。やはり、「決断の困難」に言及している。称賛のニュアンス強し。…まあ、この人も「野球を楽しまない人」ということで、落合監督との共通点が伺える。ひょっとすると、黄金時代を築ける監督の条件なんかにも関わっているかもしれない。「好き:5」の「評価できる:5」で、最も左上(1)。



上田利治「勝ち切るためには当然の策だろう。」(デイリー)


この人も非情と言われた名将。森氏同様、行動原理に近いものがあるかもしれない。落合監督の日ハム選手時代監督だった人でもある。「好き:1あるいは0」の「評価できる:3」。



野村克也「10人の監督がいたら10人代えない」(テレ朝より抜粋)


説明不要だろう。代表的な批判的コメントとして言及されているが、留保している事項が多く、じっさいはそう単純には割り切れないところがあると思う。何せ、事情がよく明らかになっていない段階でのコメントであった。「10人の監督がいたら10人代えない」という言葉の後には、「だから落合監督らしい」という言葉が続く。その意味で、もっと注意して見直した方がいいコメントといえる。(観たい人はYoutubeあたりに行けば観られるでしょう。場の性質上推奨はしかねますが。)

僕としては、まったくの批判というよりは、疑問・とまどいが表明されたに留まっている印象。とはいえ、「決断の困難」と「勇気」には言及しているわけで、それなりの評価は伺える。「嫌い:0から5」の、「評価できる:2」で、昨日言った通り象限は3。


浦和レッズ田中達也「ファンとして完全試合は見たかったが、あそこで代えるのはすごいと思った。チームあっての個人だから、そこを忘れちゃいけない」


野球界以外の人物その2。ファンであり、サッカー選手という立場からのコメント。チームプレーを特に意識しやすい立場なだけに、そこを強調している印象。「好き:4」、「評価できる:4」で、1。



星野仙一「落合監督に投手経験がないからなのか、1点差だから岩瀬に代えたのか、非常に難しい判断ですね。私が監督なら、きっとみなさんと考えは一緒でしょうね。投げさせていたと思います」(サンスポ)


当初僕は、この人がいちばん怒ると思った。というのも、星野仙一という人は、投手が怪我して燃え尽きてでも満足して投げきることを重視するタイプの人で、落合監督の考え方とはまさに正反対だから。しかし、じっさいには結構評価しているみたいだ。監督経験者だからなのか、決断の難しさと勇気への理解をきちんと示している。

考えてみれば、第一次星野政権下でも、落合選手との関係は床柱を背にするような微妙な間柄だったものなあ。反目しあっているのか信頼しあっているのか。ただ、ライバルあるいは同時代の野球人として、なにか通じ合うようなところを持っている間柄ではある気がする。(まあ、山田氏や東尾氏ならもっと言えることだけれど。)あえて「嫌い・5」「評価できる:5」の、いちばん左下に置いてみる(3)。



谷沢健一「落合は監督の器じゃない。(と終始批判的)」(フジとくダネより抜粋)


この部分ばかりが言及されているが、じっさいにはもうちょっと色々言っている。「肉刺のことをなぜ後になって言い出すのか」等。ただ、「これが現代野球か…」と、憎々しげに認めている部分はありそうだ。「嫌い:5」の「評価できる:0~1」で、象限3。

因みに、この人は監督未経験。西武東尾政権下でコーチ経験はあるが、評価はけして高くない。僕の記憶が確かなら、当時、移籍した石毛氏を引き合いに出して野手のリーダー不在を嘆き、「なぜ今更石毛さんなんだ」と総スカンを喰らったエピソードがあったはず。



玉木正之「これが落合野球やというなら…。日本一になったんやからサッサと辞めてほしい。100年に1度あるかないかの凄い興奮の瞬間よりも53年ぶりの優勝を確実にしたかったというならナント小心な夢のない野球か!本当に気分が悪い。」(本人ブログより抜粋)


ただの感情論。分析する価値がありません。本当、いい大人がよくそういうことを公然と言えると思う。批判するにしろ節度というものがあるはずだが、この人にそんなことを期待しても無駄だということも明白。「嫌い:5」、「評価できない:5」で、象限4(最右下)。



彦野利勝「(采配支持が過半数いたことについて)支持してるのは野球を知らない人達でしょう。あの采配はおかしい」(CBCラジオ)


玉木氏はまあ、もとよりああいう人間だ、で済むのだが、実際今回の件で僕がいちばん見下げ果てたのが、彦野のコメント。あまりに無責任な断定ぶりからは、「プロ野球経験者」というアドバンテージを、言い争いの中で感情的に優位に立つことに利用せんとする卑怯な態度しか伺われない。一体、何を根拠に「支持してるのは野球を知らない人達」と断定できるのか。教えてもらいたいくらいだ。その意味では、単なる感情論の玉木ややくの方がまだしもかわいげがある。

尤も、きちんと根拠があり、実績豊富な広岡達朗や森祇晶を向こうに回して同じことが言えるのなら話は別で、嫌いながらも評価はできるのだが、どうも期待できそうにない。本人の落合采配への態度も、見たまま「嫌い:5」、「評価できない:5」の、象限4(最右下)。



やくみつる「空気の読めない采配」


僕自身がちゃんと聴いたわけでもないのであまり大きなことも言えないが、この人の言いそうなことは何となく予想はつく。まあ、タブロイド思考のゴシップ漫画を売りにしている人なので、こんなもんだと思う。それにしても、「空気が読めない」というのは、たんに事実誤認だろう。「読めない」のではない。「読まない」のだ。観衆敵対的な落合監督は、あえて空気にさからって生きている人なのだから。いちど山本七平でも読んだ方がいいのでは?

これも見たままです。「嫌い:5」、「評価できない:5」の、象限4(最右下)。


因みに、江川卓は先程『うるぐす』で、「何となくわかるような気がする」と言っていました。僕としても、彼がそういいそうなのは「わかる気が」します(苦笑)。観衆のナルシシズムにそっぽを向かれて生きてきたという意味では、この人も似たようなところがあるからね。

ではまあ、酔狂はこのくらいにしときましょうか。とりあえず僕的には、今度の件で各解説者の言説の信頼度は決まった。玉木は許す、彦野は最低。

追記

Megahit様経由で知った情報によると、日刊に以下のようなコメントがあったそうです。

落合監督「オレはな。職人なんだよ。野球を突きつめたいんだ。この世界には野球を食い物にしようとする政治家みたいなやつがたくさんいる。そういうやつに負けたくない。オレは記憶に残りたいなんて思わない。オレたちはプロなんだぜ。結果がすべてだろ。優勝回数が1番多い監督が、1番すごい監督なんだ!」(日刊)

昨日の僕の記事がまたひとつ裏付けられたわけですが、落合という人の行動原理はこの通り、いつでも明白です。好き嫌いは別として、こういう人は信頼できると思っている。行動原理が明白なら、行動の理由や必然性も明確でしょ?

それに、野球にジャムを塗って食べようとしている奴ら(イエモンの"JAM"みたいなノリで)に腹が立つというのは凄くよく解る。

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何なんだろうね、というのが、この騒動(議論とは呼べまい)に対する率直な感想。

◎落合監督采配にファンの意見真っ二つ/nikkansports.com
http://www.nikkansports.com/baseball/p-bb-tp0-20071102-277926.html

正直言うと、昨日九回表の交代アナウンスを聞いた時点では、ネットやマスコミのデマゴーグがさぞ荒れるだろうな、と思っていた。まあ、半分はその通りだったのだが(苦笑)、冷静な見解も意外と多く、その分だけは救いといえば救いではある。


 日刊スポーツでは「落合采配」について、「ニッカンスポーツ・コム」で、1日午後9時45分から午後11時まで、緊急ネットアンケートを行った。

 1時間余の時間ながら、5266票ときわめて高い関心を示した。「勝つためには仕方がない采配だ」は2642票で、50・2%が落合采配を支持した。一方で「山井1人の完全試合が見たかった」2624票の49・8%と、意見は2つに分かれた。


そして、残念なのは、批判サイドの想像力の貧困である。つまり、「落合の選択を支持することはできない(嫌いだ)が、彼がそういうことをすることは理解できるし、一定の評価はできる」という、論理的には当然ありうるはずの立場の想像力が弱く、その立場のものから説得力のある論が出てこないこと。それが残念なのだ。

まず確認しておきたいのだが、そもそも、落合の采配が「好き/嫌い」というのと、かの采配を監督の采配として「評価できる/できない」というのはまったく違う評価軸である。それはつまり、四つの立場が可能だということを意味する。(こういうところにきっちり分別が立った調べ方をする日本語メディアはいまのところないようだ。引用した日刊スポーツの記事の混同ぶりを見よ。)

四象限


つまり、落合采配を
  • 「好きであり、評価できる」という立場  … 1

  • 「好きであり、評価できない」という立場 … 2

  • 「嫌いであり、評価できる」という立場 … 3

  • 「嫌いであり、評価できない」という立場  … 4

  • という四つの立場が可能なわけだ。

    僕の当初の予想では、1と4(朱色の部分)の立場ばかり目立つことになるはずだった。しかし、実際にネットなどを散見したところ、この四つの立場は絶妙な具合に散らばっており、意外と見方は多様だという印象を持った。

    1と4に関しては、まあ、特に何も言うことはありません。せいぜい感情論に流されすぎないようにと祈るばかり。

    2は、例えば、「当然あそこで岩瀬というのはアリだ。だが、一本ヒットが出てからでも遅くなかった。柔軟さが足りない」という立場。こういうのは、評論家や、多くの観戦者の感情に合致することと思う。案外この立場は中日ファンに多いのではないかと思うのだが、見かけない。まったくの技術論に近いもので、これもあまり言うことはない。

    問題は3だ。「勝つためにやったんだろうが、そんな野球はつまらない」というのが、この象限に属する者の主流だろう。一見冷静に判断に留保を付けたかに見える野村克也や星野仙一も、まあこの類型と見てよさそうだ。それで、なにが問題なのかというと、「勝つため」という断定の仕方だ。

    この断定が、僕にはとても一方的なもののように見えた。というのも、山井投手本人の意志を、この立場の人たちは勝手に代弁してしまっているからだ。ついでに言うと、かれらは、落合監督の腹づもりをも、一方的に断定してしまっている。

    そりゃあ、「勝つため」でない采配は原理的にはあり得ないわけだし、じっさい、8回までパーフェクトでスミ1を守り、9回にどうなるかわからない投手を替えるのは「勝利を確実にするため」以外のものではないだろう。しかし、そういうもののなかにも、不当なものとそうでないものがある。賢明な方にはいうまでもないことだが、それは、替えられる側の意志はどうかということに関わっている。つまり、山井投手にとって交代が不当なものだったかということだ。

    この点の判断に関しては否定的な資料の方が多い。「交代は山井投手の意志」であるということは、落合監督の口からも語られたし、山井投手自身が認めている。加えて、交代直後の山井投手の表情、またその後のテレビ出演時の表情からは、少なくともテレビを見る側からみて、忸怩たる思いを抱いているふうには見えなかった。尤も、陰で泣いている可能性も否定できないのでその点に関しては留保が必要だが、そういったことを示す資料はいまのところ出てきていない。

    しかし、だれかが残念に思ったのでなければ、「勝つためにやったんだろうが、そんな野球はつまらない」という立場は問題にならない。でも、このネタが話題になる経過を見ると、こういう見方をする人が多いことは明白だ。ということは、誰かが残念に思ったのである。では、だれが残念に思ったのか。言うまでもない。観ていた者だ。

    となると、3について可能な立場は一つ。

    「落合監督はそういう采配をできる人であり、かの決定は山井投手本人の意思から出たものであり、現場的にはそれでオッケーなのだろうが、それでは観ている僕たちがつまらない」というものだ。

    要するに、観る側の感情だけが問題なのである。

    しかし、だったらあきらめるほかはない。そもそも、落合博満という人は、苦労してあれほどの大打者になったのに、野球人生を通じてけなされ続けた人である(→Wikipedia「落合博満」の項における「1 来歴」を参照のこと)。つまり、野球人生を通じて「観る側の感情」にそっぽを向かれてきた人なのだ。そういう人に、「観る側の感情」にサービスするような行動を期待できるだろうか?否。ついでに言うと、落合監督は「野球をしていて楽しいと思ったことなど一度もない」とつねづね公言している人だ。だったら、最初からわかっていたはずではないのか。

    要するに、落合博満は他者なのである。

    正直言うと、僕もあの瞬間、残念に思った。滅多に観られるものでないパーフェクトゲームを観たいという感情は野球ファンとして当然あるし、山井大介に期待する中日ファンとして、彼の晴れ姿を観たいという気持も当然あった。だから、あそこで彼に完全試合の大記録がつかなかったことは僕としては残念だった。そして同時に、ゾッとした。落合監督の野球観はここまでドライだったのか、こんなに「観る側」を憎んでいるのか、と。

    でも、個人的な感情を別にすれば、理解はできるのである。たとえば、日本シリーズの勝敗を決定するような大舞台で完全試合をするという大事に、山井投手が耐えられるかどうか。そこを心配したことは、中日のオールドファンには「近藤真一(現在は「真市」)」 の名を出せば思い半ばに過ぎるだろう(→wikipedia)。ビジネスとして、あくまで「野球をして生活資金を稼ぐ」人間として、続投と交代とどちらが得になるか。そこを長期的な視点で判断する場合、あそこを岩瀬に任すというのは充分合理的な選択でありうるのだ。

    そして、生涯ひとすじに「観客に嫌われて結果をのこす野球人」である落合博満が、一時の光輝より、山井の今後の野球人生の方を心配するであろうことも明白である。(尤も、監督は続投させる気満々で、山井大介の方が心配して断ったという可能性もある。とはいえ、そこでスンナリ理解して交代できる人だということもまた明白なのだから、似たようなことだ。)いわば、梶原一騎(あるいは星野仙一)の「熱い」野球観とは正反対の「冷たい」野球観を、落合博満という人は徹底しているのである。

    そういう野球人が一人くらいいてもいいじゃないか、それで中日の日本一が観れたのだし…と僕は思うのだが、そこを受け入れられない人の方が圧倒的に多いだろうとも思った。でも、蓋を開けて見たら、受け入れられる人は結構たくさんいた。その点、日本語による理性も案外馬鹿にはできないようで、正直ホッとしている。


    ◎例1:D1-0F:NS-Game5(11.1) 大願成就/Dragons Mega Hit
    http://megahit.cocolog-nifty.com/dragons_megahit/2007/11/d10f_nsgame5111_ba30.html
    (ドラゴンズ情報として最も信頼の置けるソースと思っている。)

    ◎例2:完全試合 落合采配の何が悪い/Bra-net
    http://branet.exblog.jp/6391274
    (尤も、筆者当人は、四象限のうちでは3より1というべきかもしれないが)

    ◎例3:オレ流交代 読者は「賛成」多数/スポニチアネックス
    http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2007/11/02/06.html
    (こういう調査もあるという例。問題があるところはニッカンと一緒。)


    一方で、こういう話題の専門家というべき連中が案外だらしない。まあ、玉木某が莫迦だなんてことはずっと昔から判っていたことだからいいとして(→記事)、谷沢健一のような人までもがさっき言ったような一方的な立場でものをしゃべっていることが残念だ。野球界がこんな連中ばかりなら、甲子園というあの残酷なイベントが続いているのも道理だし、近藤真市のような例もなくならないだろう。散華を美徳としたり、一億総玉砕なんかを吹聴した連中て、案外彼らのような連中だったんじゃない?そういうのが野放しで権力を握らされちゃうんだとしたら、日本人にデモクラシーって、やっぱ高級すぎる玩具みたいだね …… などと、嫌味の一つも言いたくなってくる。

    まあ、この際それはどうでもいい。久しぶりに暗く長いエントリーを書いてしまったが、それはそれとして、こっちは素直に中日53年ぶりの日本一を祝ってバーゲンセールなどに繰り出してみよう。なにしろ、残念セールとは割引率が違うのだから。(…?)

    (それにしても、「観る側の感情」て、大人がそんなに騒ぐほどの問題なのかね。)


    《追記:2007-11-3 22:30》
    続報。そろそろ事実関係は見えてきたようです。

    ◎落合監督激白「完全試合オレだって見たかった」/中日スポーツ
    http://www.chunichi.co.jp/chuspo/article/dragons/news/200711/CK2007110302061424.html

    ◎落合監督継投批判に「気にしてない」/nikkansports.com
    http://www.nikkansports.com/baseball/p-bb-tp0-20071103-278288.html

    ◎おまけ:どっかに載ってた評論家とかの意見/【仮面で】関東の私大の1年生の日記【ICUへ】
    http://d.hatena.ne.jp/yusuke-a/20071103
    (便利なまとめ。こうして並べて見ると、谷沢や彦野は単に「一部のわからずや」という印象。尤も、広岡、森、権藤、上田ら錚々たる面々を向こうに回しても「野球を知らない人達」と言い切る勇気があるなら話は別だが。)

    雲の切れ目台風のはじっこ。


    虹ざっと雨が降ったあと、スッと晴れ間がさした黄昏時。いかにも虹が出そうな天気だと思ったら、やっぱり出た。特大の虹は大きな弧を描き、雲の上へ。


    と言っても、僕からの、ではない。月刊アフタヌーン12月号(2007年)の441頁、北道正幸「プーねこ」の中のお話。(余計なことを言うが、「ああっ教祖さまっ」のことだと言って理解できる人は、結構いい歳のはずだ。)

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    僕ら猫系の人間(?)にとって必修過程ともいえるこの漫画は、たびたび施される小ギミックにより雑誌付録のようなテイストで愉しむことができる。今回の趣向は、「裸眼立体視(平行法)」。目がものすごく疲れるアレである。くわしい説明は、僕も北道先生に倣ってGoogleに丸投げする。


    http://www.google.com/search?q=裸眼立体視%20平行法


    さて、タイトルで言った「告白」だが、これは四コマ「忍ぶ恋」にて、風助からモコちゃんに向けて言われたもの。風助の台詞の立体視が成功した場合、彼の愛の告白が奥の方に見えてくる。(やる楽しみが減ったらいけないので答えは言わないが、僕は読めた。)が、なにしろ相手は彼女である。結果は推して知るべし。

    さて、今宵は「逮捕しちゃうぞ・フルスロットル」を観ないとね。