今日の買い物。

ラングラー

ジーンズがくたびれてきたので買い足し。Wranglerのルーズフレアカットで、少し青の強い色味のやつ。開店セールで二割引だった。





ヴィックス

ついでに、隣接したスギ薬局でヴィックスメディケイテッドドロップのチェリー味を購入。これからの季節、僕にとって手放せない一品となる。風邪をひいた時も、時折こいつを口に含み、食前には葛根湯を飲み、栄養のある食事を摂り、食後は栄養剤というラインアップで臨むことが多い。




その後は、過日待ちに待った開店を迎えた大型書店に寄り、イェルムスレウやら北村薫やらを漁り、さんざん立ち読みして帰途についた。その店で一冊文庫本を買ったが、そうしたら洒落た書皮(ブックカバー)を付けてくれた。その本についてはまたいずれ。
映画『クワイエットルームにようこそ』を観た。
そこで、ちょっとだけ感想を。

クワイエットルームにようこそ


内田有紀が還ってきた。

人前で啖呵を切るときの凛とした格好良さと、ふざけたりノリノリでダンスしたりするときのコミカルな愛嬌。スクリーンに映ずる佐倉明日香は、あの《内田有紀》が健在であることを充分見せつけてくれた。かつてと違うところがあるとすれば、そこに《三十路越えの》という接頭辞を付けても大丈夫だったということだろう。

正直言うと、意外だった。ボーイッシュな格好良さとコケットリー、これらの同居が可能なのは、《美少女》という形容が可能な時期特有のことであり、時期が限られているゆえの媚態なのではないかと思っていたのだ。それは時間の流れから遊離したニンフェットというか、そういう何かではないかと。

必殺シリーズのプロデューサー・山内久司はかつて、あの沖雅也について、「30(歳)を越えた沖雅也を想像できない」という趣旨の発言をしたそうだが、それが僕らにも納得できるのは、あのギリシャ彫刻のような様式美というものが根本的に時間というものを嫌っているということを、どこかで直観しているからだ。「老い」の想像を排除するような輝き方というのがあることを、僕らは先験的に知っているのだ。そして実際、沖は消えた。尤もそれは偶然かもしれない。でも、どこか出来過ぎた偶然のように感じられるのも事実だ。

で、内田有紀だが、あの凛とした気っ風の良さとコケティッシュなかわいらしさ、男性性と女性性といってもいいかもしれないが、とにかくそういう相反する(と思える)要素を同居させる個性を、かつて僕は時限的なものだと思っていた。沖のそれのように、「老い」の想像を排除するようなものだと思っていたのだ。

ところが、内田有紀は30を越え、スクリーンに現れた。そしてそれは、たしかに《内田有紀》だった。かつて「中性的な魅力」と呼ばれたアイドルは、離婚を経験し、酸いも甘いも噛み分けた大人の女性となって”クワイエットルーム”にやってきた。そして、髪に吐瀉物を付着させ、ネバッとした病院食を食べられず泣き、病棟のダンスレクリエーションでノリノリで踊る彼女は、佐倉明日香であると同時に、まぎれもなく《三十路越えの》内田有紀だったのだ。

要するに、「中性的」と形容した僕らの想像力が貧困だったのである。格好良くコケティッシュであることは、別に男性性と女性性を中和させたものというわけではない。それは、二項対立以前の身体的領域にあって、内田有紀というひとりの女性の生き様を通して自然に形成されたものにほかならない。つまり、中間ではなく、ハイブリッドなのだ。

このハイブリッド性そのものは、時限的なものではない。それは、明日香を演じる内田が変わらず《内田有紀》だったことから明らかだ。そこは、齢を重ねても変わらなかった。だが、変わったところもあった。明日香役としての内田には、《三十路越えの》という接頭辞が確かに似合うのだ。では、その変化とは何だろうか。映画パンフレットによると、内田はインタビューにてこう言っている。


ーー内田さんの凛とした雰囲気や佇まいは昔からと同じで全く変わりはないのに、でも、明日香を演じる内田さんを観ていると、今までとは違う役者さんになった印象を抱きました。非常に「人間くささ」を感じたというか、ある意味「生々しい」というか。新しいステージに立ったようにも思いました。

内田 「生々しさを出す」というのは役者としての私がそうありたいと思っているので、そう言われるのは本望ですね。「自分を知る」というのは、この映画のテーマでもあると思うんですけれど、私が20歳の時は、まさしく明日香のようだったと思います。もちろん、私は彼女のように波瀾万丈じゃないし、ヘヴィな体験もなければ体を壊してしまったこともない。でも、みんな、男であれ女であれ、自分の中にそれぞれの「明日香」はいるし、いたと思うんです。若いころの、いつもどこか心の中が満たされず、常に居場所を探して彷徨う明日香のような自分が。みんなそういう時期を経て大人になったと思うんです。だからゆえに明日香が愛おしいし、明日香を演じながら20代の自分に出会った気がしたんです。そして、自分が「何にもない人間なんだ」と気づくか気づかないか、それは人それぞれ。大事なのは「気づいてからどうするか」。それが人生だと思う。「なんにもない、じゃあどうしよう」。そう思ったときに何かが始まるのかな、って。でもいまだに「私って一体何者なんだろう」というのは私自身まだまだ模索中です。30歳すぎのいい大人なんですけれど。でも、死ぬときにならないと「本当の自分」なんてわからないんだと思っています。(パンフ、P.15)


“クワイエットルーム”の隠喩に対する洞察も伺える談話である。明日香を演じた内田有紀は、20代の頃の自分に出会った。つまり、過去の自分と直面したというわけだ。そして彼女はそのとき、自分が「何にもない人間なんだ」という自覚=“クワイエットルーム”に到った。勿論、本人が言っているように、“クワイエットルーム”に到ったうえで「さてどうするか」というのは「まだまだ模索中」なわけだが、彼女自身の実存の円環は確実にひとめぐりしていたのである。

僕らが『クワイエットルームにようこそ』を観るとき、《三十路の内田有紀》を目撃する。そこで僕らは、ハイブリッドな主体・内田有紀が佐倉明日香に重なる地点にて、過去と現在に二重化した内田有紀を目撃する。そして、そのすべてを観る僕らは、明日香に引き続いて“クワイエットルーム”に到るのだろう。実存の空虚に立ち到ったとき、僕らは何を決断するのだろうか。(了)

◎映画『クワイエットルームにようこそ』・公式HP
http://www.quietroom-movie.com/

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ちょっとだけのつもりが、長くなったなあ…
采配騒動ネタ、ラストです。

事実としてはどうでもいい騒動であり、そのくせ、さまざまな立場にある人の感情を刺激しやすい事例だっただけに、先走って暴走する人も現れたりして興味深い展開を見せた落合采配問題も、山井投手の肉刺が本当だったことが、写真および第三者の証言等によりいかんなく証明され、騒動終了。

◎優先順位/心はいつもドラゴンズブルー♪
http://blog.goo.ne.jp/urarami/e/7e88bfb96660262433e54f82db46740f
(概観するのに便利なためリンクさせてもらいました。)

結構色々な人からコメントが出たことにより、その人の言論に対する態度とかマナーとかいうことが明らかになったことが、今回のいちばんの収穫かな。

それにしても、野球評論家って、案外気楽な職業のようです。ふつう評論家と名の付く者ならば、言及する対象についてあらゆる情報を可能な限り集め、証拠を挙げつつ論証していかないと商売にならないものですが、そうでない分野もあったみたいですね。そこはどうやら、ろくすっぽ取材もしないばかりか、その日の新聞記事(それもみずから専門とするところに関わる記事)すらまるでチェックしなくても喋ることのできる分野みたいです。

谷沢健一氏は、マメの情報を速やかに公表しなかった落合監督をなじることにより、みずからの取材不足を責任転嫁する発言をしました。OBなら訪問取材くらいしてほしいものですが、それが難しくとも、公衆の面前で話す前にせめて、たとえば当時のベンチの事情を知る者(たとえば阿波野氏など)に話を聞く程度の知恵が働かなかったのでしょうか。それとも、最初からやる気がなかったのでしょうか。要するに、氏の職業倫理というのはそういうもののようです。

彦野利勝は取材不足もさることながら、それ以前に、およそ言論に関わるものとしての最低限のマナーも備えていません。お里が知れます。

まあ、嫌味はこのくらいにして。

まともな落合批判もありました。江本孟紀氏のものです。明らかになった全事実を踏まえた上でも、彼の批判は有効です。たしかに、素人にも訴えかけるようなプロ野球全体の人気という観点から判断すれば、今回の交代劇は批判されるべきでしょう。ただそれは、プロ野球人気というものが一人の監督によってどうこうなる種類のものでないこと、および落合博満という人の公然たる行動原理を考えると、理想論に過ぎるように思えます。まあ、そこは、意思の格率の問題というやつでしょう。あくまで「野球という職業で稼ぐ」ことをすべての価値とする落合監督は、人気優先の江本氏らとはすでに価値観が違っているのですから。

それにつけても、思いますね。この程度の他者すら許容できない理性って、何なんだろうね、と。

とりあえず今度の騒動は、野球評論家たちの言葉の信頼度を客観的に明らかにする役目を果たしました。かれら一人一人が自分らの言葉にどれほどの職業的倫理観を持ち、どういう姿勢で言葉を選んでいるか、これほど衆目に明らかになった事例はなかったでしょう。既にネット上でもこの騒動は、事実上そういう扱いになっているようです。

さて、誰が何点ついたことやら。
久しぶりにマウンテン訪問記。
この日注文したのは、マカライスハンバーグとストロングコーヒー。

ストロングコーヒー
先に出てきてしまったストロングコーヒー。名古屋の喫茶店といえばコーヒーにピーナッツなどのちょっとしたスナック菓子が付いてくることが定番だが、マウンテンの場合、クラッカーとオレンジの蒸しケーキが付いてくる。


マウンテンロゴ
オリジナルのカップとソーサーにはマウンテンのロゴが入っている。気持ち大きめに見える。


マカライスハンバーグ
こちらが今回のメイン、マカライスハンバーグ。トマトピラフの類型。マカというのは、流行りの健康食材ではなく、貝殻型のマカロニのことらしい。摩訶不思議の「まか」との説も。

但し、その佇まいはマウンテンの中ではかなり落ち着いた部類に入る。トマトベースの味付けにマカロニ、その他ちょっとした具材が入り、ミニハンバーグが乗ったところに、この類型共通のデミグラスソース(?)がかけられている。ハンバーグを切り崩しながら食べる食感はちょっと妙な感覚だが、それ以外はまったく普通に食べられる救いメニュー。


登頂!ー20071103
問題なく登頂。


それにしても、ストロングコーヒーは濃い。エスプレッソなど目じゃないくらい濃い。濃すぎて、死人も目を覚ますくらい強烈な眠気覚ましになる。(そんなことあれへんやろ~。コーヒーで死人が生き返ったら、往生するで~:こだま師匠風。)飲む場合、一晩眠れないくらいの覚悟はいるかもよ。