痛みと栄光について | ★ワルプルギスの夜★

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つれづれなるままに・・

4月最初の日に観た『ペイン・アンド・グローリー』は
ペドロ・アルモドバル監督の自伝的作品




世界的に有名な映画監督のサルバドール(アントニオ・バンデラス)は
脊椎から来る背中の痛みや耳鳴り、頭痛などの身体的苦痛と、
4年前に母親を亡くした痛手から未だに立ち直れず、現在は引退同然の生活を送っていた

時々、突然喉が詰まり、昏倒しかけると言う謎の症状にも悩まされていたが
32年前に撮影し、脚光を浴びた映画のリマスター版が上映される事になり
作品を観直したところ、
公開当時に酷評して仲違いした主演男優のアルベルトの演技も
月日を経た今は、すんなりと認められる気になったのだった




アルベルトの家を訪ねて、共に再上映イベントのプレゼンターを務めようと誘うサルバドール
渋々招き入れたアルベルトも語り合う内に長年の確執を氷解させて一服する
アルベルトの吸引するヘロインに興味を抱いたサルバドールは
気づけば、過去に嫌悪していた筈の薬物を
抵抗も無く身の内に吸い込んでいた

歳を重ね、心身の苦痛に苛まれるようになった彼が、

麻薬の効果によって夢見ごこちで見る少年時代の思い出は
陽光が降り注ぐ故郷で、若く美しい母親(ペネロペ・クルス)が快活に暮らす情景や
合唱団で自分が美しい声を響かせていた日々
読み書きが出来ない近所の職人の若者に字を教えていたひとときなど




貧しくとも輝いていた過去と現実とのコントラストが刻まれて
サルバドールは、次第にヘロインの使用が頻繁になって行く


ここから、破滅への坂道を一気に駆け降りて行ってもおかしくない状況を
サルバドールはどう立ち直り、再び傑作を世に送り出せるようになったのか‥


かつて、薬物依存から救い出せないまま離れ離れになった恋人への想いを書き留めていた散文や

読み書きを教えた相手が、仕事の合間にサルバドール少年の姿を手近な紙に描き残していた絵

どちらも、そのまま埋もれてどこかに消えてもおかしくなかったものが
時を経て、意外な形でサルバドールを再生の道へ向かわせる一因となったのだった





『ペインアンドグローリー』には
少年と初老の姿の主人公しか登場しない
彼の人生で一番色濃く、映画監督として華々しく喝采を浴びたり、

恋に身を焦がしたりしている様子は
観る側が想像を凝らすしかない

また、アントニオ・バンデラスの演技には抑制が効いていて
彼の最小限の言葉や眼差しから、何十倍もの想いを汲み取る事となる

場面、場面の主人公の決断には、驚きと共にその選択を導いた相手の影響力を感じる事が出来た
サルバドールは「愛では彼を救えなかった」と悔いていたが、時を超えて自身を救ったのは
その時、精一杯愛情を注いだ相手から返って来た成熟した愛に他ならないだろう





この作品は、

観る側の年齢や経験によって感動の大きさが違うかもしれない
より、過去に痛手を受けた者が終盤の展開に心を大きく動かされ、
しみじみと作品に対する感謝の念を持つ気がする