僕の上司、32歳、人妻(14) | 夫の知らない妻

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官能小説「他人に抱かれる妻」別館です。

「先にお店で待ってて」


金曜日、終日外出中だった課長から、そんなメッセージを受け取ったのは午後3時過ぎ。
 

昨夜は動揺と緊張でほとんど眠ることができなかった。


「明日の夜、あなたとデートしたいんだけどいいかしら」
 

唐突過ぎる課長からのメッセージ。
 

今週は、月曜の初っ端から課長の厳しいご指導が入った。


そんな週の締めくくりに、まさか「デート」だなんて。
 

課長と二人きりで夕食を楽しんだことなど、過去に一度だってない。

 

仕事も手につかないまま1日を過ごした僕は、夕刻にオフィスを出ると、指示された店に一人で向かった。
 

「ちぇっ、雨か」
 

雨の西麻布。
 

そんな歌が遠い昔に流行ったことなど勿論知らない僕。
 

昼過ぎから降り出した雨の中、僕は傘をさしてかつて訪れたことのない街を歩いた。
 

いかにも金持ってますというセレブ系の男、芸能人的なオーラを漂わせた若い女性、俺、インバウンド旅行者なんかじゃなく、もう何年も東京に住んでるんだよねえと顔に書いてある欧米人。


そんな連中が、金曜夜の街を足早に行き交っている。
 

「さすがに雰囲気違うなあ」
 

初めて東京にやってきたお上りさんのように緊張しながら、僕は西麻布の小路で課長に指示された店を探した。
 

「えっと、ひろ鮨、ひろ鮨・・・・・、あっ、あそこか」
 

午後7時。


夜の気配が色濃くなってきた細い道の奥に、店の名前を出した小さな灯りが見えた。
 

「高そうだな、ここ・・・」
 

小さな木戸、その前にはこれまた小さなししおどしが客を出迎えている。

「あいにく、うちは一見さんお断りでしてねえ」
 

西麻布の小路の奥、隠れ家的なこの鮨屋の前で、僕はそんなメッセージを読み取った。
 

こんな高そうな鮨屋、自分ではまず入らない。
 

「私の名前で予約してあるから」
 

課長からのメッセージを信じ、僕は緊張を抱えたまま、店の中に入った。
 

「いらっしゃいませ。お名前は?」
 

優しそうな高齢の女性が割烹着姿で出迎えてくれた。
 

「名前?」
 

「お客様のお名前」
 

「えっと、あの、僕は小沢っていいますが」
 

「ええ、小沢さん、小沢さん、と・・・・」
 

その女性は老眼鏡をかけると、予約表と思われる紙を見つめて僕の名前を探し始めた。
 

僕は慌てておばちゃんに言った。
 

「あっ、予約は違う名前だと思います・・・」
 

そのとき、カウンターの中、一番奥にいた職人さんがこっちに声をかけてきた。
 

「理沙ちゃんのお連れさんじゃないのかい?」
 

理沙ちゃん?
 

僕は思わず職人さんに答えた。
 

「そうです、理沙ちゃん・・・、じゃなくて、課長の・・・、武川って名前で予約しているかと思います」
 

「へえ、君が理沙ちゃんの・・・・。どうぞ、ここの席だよ」
 

「あ、ありがとうございます・・・」
 

改めて店の中を観察した僕は、そこにはカウンター席しかないことに気づいた。
 

これじゃ10人も入れば満席だ。

僕がよく行く、ぐるぐる皿が回って、タッチパネルで注文して、皿5枚ごとにゲームができて、必ず当たって、だけどもらったカプセルを店に忘れてきてしまうような鮨屋とはまるで違う。
 

あれはあれで美味しいんだけどね。
 

カウンター席には、ジョージクルーニーみたいな渋い白人男性と、テイラースウィフトが10歳老けたような白人女性が並んで鮨をつまんでいる。


案内された席は、カウンターの一番奥だ。
 

「ここですか?」
 

僕は声をかけてくれた職人さんに聞いた。
 

50代半ばくらいかな。


白髪だけど、日に焼けてどこか若々しいその職人さんが、笑いながら僕を見つめている。
 

「どうぞ」
 

「失礼します・・・」
 

「理沙ちゃんは遅れてくるんだって?」
 

「は、はい・・・」
 

妙になれなれしく、課長のことを名前、しかも「ちゃんづけ」で呼んでいる。
 

なんなんだ、いったい、このおっさん職人は。
 

課長は常連なんだろうか、この超高級な鮨屋の。
 

僕の脳裏に、ポルシェ911の残像がよみがえる。
 

「雨だったですねえ。はい、どうぞ」
 

入口で僕を迎えてくれたおばちゃんが、おしぼりと大きな湯呑に入った熱いお茶を持ってきてくれた。
 

「あっ、どうも・・・・」
 

まだ緊張を抱えたまま、カウンター席で姿勢よく座ろうとする僕。
 

カウンターの内側には二人。

外人客を相手している若い職人さん、そして僕の前に立つ初老のおやじ。
 

「ヒロです」
 

「は、はい?」
 

「ヒロです」
 

唐突に自己紹介をしてきたおやじに、僕は少し戸惑いながら答えた。
 

「あっ、小沢です・・・」
 

「そうか、君が理沙ちゃんのお連れさんなのかい」
 

笑みを浮かべて、ヒロと名乗るおやじが僕を観察するように見つめてくる。
 

ヒロ、ヒロ・・・、ひろ鮨。
 

なるほど。
 

「ヒロさん・・・、だから、ひろ鮨って言うんですか、このお店」
 

「そうだよ。どうぞごひいきにお願いしますよ」
 

「は、はい」
 

二度とはこんな高級な鮨屋にはやって来ないだろうな。
 

そのときの僕は、そんなことを思いながらヒロさんに愛想よく答えた。
 

「何か握ろうか?」
 

ヒロさんがそう誘ってくるが、まさか、課長が来る前に偉そうに鮨を食べているわけにはいかない。
 

「い、いや、課長が来るのを待ってます」
 

「課長? そうか、偉くなったんだねえ、あのやんちゃな理沙ちゃんが今や課長かい・・・・」
 

感慨深そうにつぶやきながら、ヒロさんが笑みを浮かべる。

しばらくの沈黙の後、彼はちょっとした秘密を教えてくれるように僕にささやいた。
 

「お客さんが3人目」
 

「僕が何の3人目なんですか?」
 

「理沙ちゃんがここに一緒に来た男の人だよ」
 

3人目・・・・。


課長がやって来るのを待ちながら、僕はその情報が意味することを考えた。
 

いったい課長は誰と来たことがあるんだろう。
 

一人が結婚相手であるのは間違いない。
 

あのポルシェ911の助手席に座っていた、イケメンの若い男・・・・。
 

ちくしょう、あの男もこの鮨屋に来やがったか。
 

おまえ、何様だ、というような強気な態度で、僕はなおも考えを巡らせる。
 

あと一人・・・。
 

僕の前に課長が直接指導したという、何人かの若手社員のうちの誰かだろうか。
 

あまりの厳しさに、全員が辞めてしまったという噂の彼ら。
 

まさか、最後の晩餐として、僕は今夜、この鮨屋に誘われたんじゃ・・・。
 

30分近く、僕はカウンター席でお茶をすすりながら、そんなことを考え続けた。
 

そして、午後8時になろうという頃。


「お久しぶりです、ヒロさん!」
 

か、課長の声だ・・・・。
 

僕は電流に打たれたかのようにその場に立ち上がって、入口を見つめた。
 

うわあ、課長、今夜はまたいつも以上に美しすぎます・・・・。
 

紺色系の超シックなワンピース姿の課長が笑顔を浮かべてそこにいた。
 

眩しい。
 

大胆に露出した胸元、長すぎるでしょう、と突っ込みたくなるような美脚。

勝てる。
 

この美貌とスタイルがあれば、この西麻布でも間違いなく誰にだって勝てる。
 

いかをつまんでいたクルーニー氏が好色そうな視線を課長に注ぎ、それを知ったテイラー嬢が顔をしかめる。


「いらっしゃい。いつ以来だい、理沙ちゃん」
 

「そうね。いつだったかしら・・・・。ねえ、私の彼はいる?」
 

私の彼?!・・・・
 

課長はカウンター席で直立不動している僕を見つめ、ふふふっとチャーミングに笑った。


「お待ちかねだよ、さっきから」
 

「ヒロさん、紹介するわね、私のボーイフレンド、小沢くん」
 

私のぼ、ぼ、ボーイフレンド!?・・・・
 

立ったままの僕にウインクを投げ、課長がこちらに歩いてくる。
 

課長のボディに視線を釘付けにしたままのクルーニー氏が、俺が抱いてやるぜ、ベイビー、と言わんばかりに、口笛を吹く仕草を見せた。
 

テイラー嬢が顔を険しくし、大量のわさびをクルーニーが食べようとしていたはまちの内側に入れる。