刀をさやから抜き去り、浜の中央に仁王立ちする慶次。
未知の力を与えるように、掲げた刀に強烈な日差しが注ぎ、眩しく光らせる。
「ここから一歩も前には行かせねえ」
狂ったように走ってくる武士団を見つめ、慶次はふと過去を思い出した。
ここは幼少の頃、何度も来たことがある浜だ。
「おい、慶次、追いつけないだろう、お前には!」
「生意気いうな、疾風! 待ちやがれ!」
疾風、桔梗と一緒に浜を飛び回った遠い日の記憶が、鮮明に蘇ってくる。
「慶次。あんた、よく頑張ったわね」
既にこの世にはいない母親の姿が、なぜか彼の脳裏をよぎった。
「おっかあ、まだ終わっちゃいないぜ・・・」
血だけではなく涙まで流している自分に戸惑いながら、慶次は今一度刀を握りしめた手に力を込めた。
「この野郎、裏切りやがって」
慶次に追いついた武士たちが、刀を構えて彼をゆっくりと取り囲む。
刀をゆらゆらと動かしながら、慶次は取り囲んだ武士たちを見つめ、不敵に笑った。
「あの女には近づかせねえ」
「慶次よ、気が狂ったか、お前」
「へへっ・・・、この島で生まれ育った男を舐めてもらっては困る・・・・」
そのとき、一人の武士が横から飛び出し、慶次に刀で切りかかった。
「おおっ!」
声をあげながら、慶次はどうにか男をかわすと、右手一本で握った刀を力強く振り下ろした。
「げ、げえっ・・・」
襲いかかった武士は刀を握りしめたまま、数歩ふらついたかと思うと、ばったりと浜に倒れた。
だが、慶次もまた、その腕をわずかに切られ、新たな血がそこから滴り落ちている。
「不死身だぜ、俺は」
なおも笑みを浮かべながら、慶次は武士たちを威嚇するように足を踏み出した。
「ひっ、ひい・・・・」
殺気だった慶次の勢いに圧倒され、武士団がじりじりと後ずさりする。
その間、桔梗は浜を駆け抜け、遂に疾風にたどり着いた。
「桔梗!」
「疾風!」
互いに名前だけを叫び合うと、二人はただ強く抱き合った。
「桔梗、怪我はないか」
薄い襦袢だけを肢体に包んだ妻を抱きしめ、疾風は彼女の瞳を見つめた。
「あたいは大丈夫。でも、じいと、慶次が・・・・」
武士たちに囲まれた慶次が、はるか遠方の浜に見える。
「慶次、お前・・・」
疾風、もしも桔梗を奪還しようとするならば、この俺は敵となってお前と戦うだけだ。
彼が言ったそんな言葉が、疾風の心に刻み込まれている。
「お前、遂に本物の武士になれたな」
桔梗を抱きしめたまま、疾風は慶次の最後の姿を息を呑んで見た。
「お前たち、何を怯えているのじゃ。手負いの男だ。早く始末しろ」
矢を放った武士の言葉に、周囲の武士たちが後方に下がる動きを止める。
「慶次、覚悟じゃ」
「かかってこい・・・、俺が相手だ・・・」
上空で燃え続ける太陽が雲に隠された。
両手を広げたままで立ち、慶次が生涯最後の叫びをあげる。
「うおっー!!」
水平に刀を構えた武士たちが、同時に慶次の巨躯に向かって突進した。
「うっ・・・・」
何本もの刀に串刺しにされた状態で、慶次はしかし、なおも立ち続ける。
「倒れないぜ、俺は・・・・」
「こ、こいつ、化け物じゃ・・・・」
「どけ。わしがやる」
後方にいた男、弓を放った武士が、一歩前に足を踏み出した。
「覚悟しろ、慶次」
そして、彼は残酷なまでに刀を振り下ろした。
「・・・!」
二人の視線が交錯したまま動こうとしない。
肩から切り裂かれながら、慶次はその男の喉元に同時に刀を突き刺していた。
「う、ううっ・・・」
慶次を切った男が、先に砂の上にばったりと倒れた。
その瞬間、慶次は疾風、そして桔梗の姿を心に思い浮かべた。
楽しかったぜ・・・・
遂に力尽きた慶次が、穏やかな笑みを浮かべたまま、浜に崩れ落ちた。
「慶次!!」
桔梗の泣き叫ぶ声が、浜に響いた。