奪われた妻(54) | 夫の知らない妻

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官能小説「他人に抱かれる妻」別館です。

刀をさやから抜き去り、浜の中央に仁王立ちする慶次。

 

未知の力を与えるように、掲げた刀に強烈な日差しが注ぎ、眩しく光らせる。

 

「ここから一歩も前には行かせねえ」

 

狂ったように走ってくる武士団を見つめ、慶次はふと過去を思い出した。

 

ここは幼少の頃、何度も来たことがある浜だ。

 

「おい、慶次、追いつけないだろう、お前には!」

 

「生意気いうな、疾風! 待ちやがれ!」

 

疾風、桔梗と一緒に浜を飛び回った遠い日の記憶が、鮮明に蘇ってくる。

 

「慶次。あんた、よく頑張ったわね」

 

既にこの世にはいない母親の姿が、なぜか彼の脳裏をよぎった。

 

「おっかあ、まだ終わっちゃいないぜ・・・」

 

血だけではなく涙まで流している自分に戸惑いながら、慶次は今一度刀を握りしめた手に力を込めた。

 

「この野郎、裏切りやがって」

 

慶次に追いついた武士たちが、刀を構えて彼をゆっくりと取り囲む。

 

刀をゆらゆらと動かしながら、慶次は取り囲んだ武士たちを見つめ、不敵に笑った。

 

「あの女には近づかせねえ」

 

「慶次よ、気が狂ったか、お前」

 

「へへっ・・・、この島で生まれ育った男を舐めてもらっては困る・・・・」

 

そのとき、一人の武士が横から飛び出し、慶次に刀で切りかかった。

 

「おおっ!」

 

声をあげながら、慶次はどうにか男をかわすと、右手一本で握った刀を力強く振り下ろした。

 

「げ、げえっ・・・」

 

襲いかかった武士は刀を握りしめたまま、数歩ふらついたかと思うと、ばったりと浜に倒れた。

 

だが、慶次もまた、その腕をわずかに切られ、新たな血がそこから滴り落ちている。

 

「不死身だぜ、俺は」

 

なおも笑みを浮かべながら、慶次は武士たちを威嚇するように足を踏み出した。

 

「ひっ、ひい・・・・」

 

殺気だった慶次の勢いに圧倒され、武士団がじりじりと後ずさりする。

 

その間、桔梗は浜を駆け抜け、遂に疾風にたどり着いた。

 

「桔梗!」

 

「疾風!」

 

互いに名前だけを叫び合うと、二人はただ強く抱き合った。

 

「桔梗、怪我はないか」

 

薄い襦袢だけを肢体に包んだ妻を抱きしめ、疾風は彼女の瞳を見つめた。

 

「あたいは大丈夫。でも、じいと、慶次が・・・・」

 

武士たちに囲まれた慶次が、はるか遠方の浜に見える。

 

「慶次、お前・・・」

 

疾風、もしも桔梗を奪還しようとするならば、この俺は敵となってお前と戦うだけだ。

 

彼が言ったそんな言葉が、疾風の心に刻み込まれている。

 

「お前、遂に本物の武士になれたな」

 

桔梗を抱きしめたまま、疾風は慶次の最後の姿を息を呑んで見た。

 

「お前たち、何を怯えているのじゃ。手負いの男だ。早く始末しろ」

 

矢を放った武士の言葉に、周囲の武士たちが後方に下がる動きを止める。

 

「慶次、覚悟じゃ」

 

「かかってこい・・・、俺が相手だ・・・」

 

上空で燃え続ける太陽が雲に隠された。

 

両手を広げたままで立ち、慶次が生涯最後の叫びをあげる。

 

「うおっー!!」

 

水平に刀を構えた武士たちが、同時に慶次の巨躯に向かって突進した。

 

「うっ・・・・」

 

何本もの刀に串刺しにされた状態で、慶次はしかし、なおも立ち続ける。

 

「倒れないぜ、俺は・・・・」

 

「こ、こいつ、化け物じゃ・・・・」

 

「どけ。わしがやる」

 

後方にいた男、弓を放った武士が、一歩前に足を踏み出した。

 

「覚悟しろ、慶次」

 

そして、彼は残酷なまでに刀を振り下ろした。

 

「・・・!」

 

二人の視線が交錯したまま動こうとしない。

 

肩から切り裂かれながら、慶次はその男の喉元に同時に刀を突き刺していた。

 

「う、ううっ・・・」

 

慶次を切った男が、先に砂の上にばったりと倒れた。

 

その瞬間、慶次は疾風、そして桔梗の姿を心に思い浮かべた。

 

楽しかったぜ・・・・

 

遂に力尽きた慶次が、穏やかな笑みを浮かべたまま、浜に崩れ落ちた。

 

「慶次!!」

 

桔梗の泣き叫ぶ声が、浜に響いた。