「あなた、私、どうすればいいのかしら」
レストランに残されたのは私、妻、そして運転手のジム、その3人だった。
大胆なドレスに着替えると言われた妻。
どこか恥ずかしげに、また不安げな様子で、私にそう聞いてきた。
「慌てることはないさ、佐和子。ゆっくりここで待つとしようか」
「待つって、あなた、何を?」
「ハネスさ。そのうちハネスはここに舞い戻ってくるはずさ」
「皆さんを残して?」
「ああ」
「どれくらい待つの?」
「そうだな。かなり遅くなるかもしれない」
私はコテージのバルコニースペースに妻を誘った。
巨大なパラソルに隠された白の椅子に座り、改めてビールで乾杯する。
サバンナの午後。
肌が痛くなるほどの太陽光線が注ぐ大地は、濃い緑と青の草原で覆われている。
シマウマの群れが少し離れた場所をゆっくりと歩いているのが見えた。
「あなた・・・・」
上司たち3人から解放された妻が、少し申し訳なさそうな様子で私を見つめる。
まるで異国での長い夢から遂に覚めたかのように。
「あなた・・・・、私・・・・」
「いいんだ、佐和子」
「・・・・」
「何も言うことはないさ」
「でも・・・・」
「わかってるよ、俺は」
「・・・・」
「最初からずっと」
缶ビールを握りしめたまま、妻は沈んだ表情で顔をうつむかせた。
妻の頬を伝う涙に気づかないふりをして、私はシマウマの群れを指さした。
「ほら、見ろよ。野生のシマウマだぜ」
「そうね・・・・」
「せっかく来たんだ。少しは楽しもうじゃないか、サファリを」
「でも、私・・・・、皆さんのもとに行かないと・・・・・」
「行かなくていい」
「えっ?」
私の言葉に、妻は少し驚いたように顔をあげた。
「いいんだ、佐和子。もう行かなくて」
「あなた・・・・」
「終わったんだ」
「終わった?」
「そう。あの3人にとっては全てが終わったんだよ」
「・・・・」
「自業自得だ」
私の言葉の意味を探るように、妻は缶ビールをテーブルに置いた。
パラソルで強烈な日差しから隠されているとはいえ、私のシャツの内側にはじっとりとした汗が浮かんでいる。
全てが終わった。
いや、まだだ。
俺たちの計画がうまくいくかどうか、それはまだわからないのだ。
「皆さん、どこに行ったのかしら」
妻は宮野のことを少し気にするかのように、サバンナに広がる草原を見つめた。
「ずっと遠くさ」
「そうなの・・・」
「ここなんかよりも、もっと動物が多く暮らすエリアだ」
「もっとたくさんの動物が?」
「ああ。おとなしい動物から獰猛なやつまで」
ハネスは無事だろうか。
飲み干したビール缶を握りしめ、私は祈るように地平線の彼方を見つめた。
はるか彼方から獰猛な野獣の咆哮が聞こえてくる。
まるで、何かを私に伝えるかのように。