「ボス、いいんですか、このままで」
出張から1ヶ月が経過した。
あの映像の記憶は私の胸から消え去るどころか、時間が経つにつれて濃厚に蘇ってくる。
自らの困惑を忘れようと、私はあれから妻を何回か抱いた。
「あなた、今夜は駄目・・・・」
彼らとの記憶を自分の体に留めておきたいのだろうか。
妻はそんな風に私を拒絶することが多かった。
だが、私はそんなときでも妻を強引に抱いた。
「いやっ・・・・、あなた、駄目っ・・・・、あっ・・・・・・」
一層敏感に、感じやすくなった妻の体。
この体を、男たちはまだ、私も知らないどこかで密かに味わい続けているのかもしれない。
昼間、彼らがこの家に来た気配を感じることも珍しくはなかった。
そして、橋口は、また私を出張に行かせようとしている。
「ボス、いいんですか、このままで」
ある朝、会社に向かう車中でドライバーのハネスがそんな質問を私に投げてきた。
「・・・・」
すぐに答えることができなかった。
あの映像について、ハネスはこれまで一切何も言うことはなかった。
だが、今朝は少しばかり違うようだ。
私は彼の言わんとしていることを探るように、ルームミラーに光る目を見た。
「何が言いたいんだ、ハネス?」
「奥様のことです」
静かにそう言うと、彼はハンドルを握って再び前を向いた。
しばらくの沈黙の後、私は言った。
「いいわけないだろう」
「・・・・」
「だが、俺に何ができるっていうんだい、ハネス」
車線などほとんど意味のないこの国の道路で、彼は巧みに車をかわしながら飛ばしていく。
「こういうのはどうでしょう、ボス」
「何かアイデアがあるみたいだな、ハネス」
「ええ」
「ちょっと寄り道しようじゃないか。大丈夫、構うことはないさ」
会社に向かう道から外れ、私は車を近くのホテルに向かわせた。
欧米資本が入るそのホテルには、ロビーフロアに洒落たカフェがある。
ハネスを誘い、私は朝のコーヒーをそこで頼んだ。
「聞かせてもらおうじゃないか、ハネス」
漆黒の肌が相変わらず美しく輝いている。
鍛えられた筋肉質の肉体は、その若さを持て余しているかのようだ。
「ボス、知ってますか。奥様が最近でもミスター橋口たちに好きにされていることを」
「ああ・・・」
これまで確信が持てなかったことを、ハネスはあっさりと私に教えてくれた。
「3人のドライバーに聞けばわかるんです。彼らが昼間、順番に奥さんに会っていることが」
「俺の家に来てるのか?」
「ボスの家にいったり、外のホテルで会ったり」
「ホテル?」
「ええ。たとえばこのホテルで」
コーヒーカップを持ちながら、ハネスは視線を上に向けた。
「そうか・・・・」
妻への怒りは、しかし沸いてはこない。
あの3人が妻を変えてしまったのだ・・・・・
許せない・・・・・
「そこで、考えたんです、ボス」
激しい怒りを浮かべた私の顔を、ハネスは笑みを浮かべて見つめてくる。
「ボスを騙し続けてるんですよ、あの3人は」
「わかってるさ、そんなことは。だからどうだって言う・・・」
「たまには逆の立場になるんですよ、ボス」
「逆の立場?」
サバンナの野獣のような目の奥に、鋭い光が宿る。
「どういうことだい、ハネス」
彼の言葉の意味が、私にはしかし、まだわからなかった。
「今度はボスが騙してやるんですよ、あの3人を」
「俺があいつらを騙す?」
「ええ」
「ハネス・・・・」
「罠にはめてやりましょうぜ、ボス」
「罠、か・・・・・」
「どうにも逃げることのできない、決定的な罠に」
「・・・・」
獲物を見つけたことを、彼の目は私に教えている。
鋭い目を保ったまま、しかし、ハネスは笑みを浮かべた。
「ボス、ここはアフリカですよ」
「アフリカ、か・・・・」
「ええ。アフリカです」
「面白そうじゃないか。もっと聞かせてくれよ、ハネス」
我々の話し合いは1時間程度続いた。