この国にやってきて、3ヶ月が経とうとしている。
異国の地での生活に、私たち夫婦はようやく溶け込もうとしていた。
「今日のランチ、すごく素敵だったのよ」
帰宅するなり、妻は楽しそうに私に言った。
私と妻、それぞれに現地人のドライバーが運転する車が用意されている。
家事はこれもまた現地の女性スタッフが掃除、洗濯など全て行ってくれる。
外出できる場所は少ないが、それでも欧米系のホテル、それに最近できた大型ショッピングモールに行けば、時間はいくらでも潰せるだろう。
日本人は周囲にいないが、妻は他社の白人駐在員の妻たちで構成されるグループに、少しずつネットワークを広げているようだ。
昼間、妻はランチの写真を私に送ってきてくれた。
おそらく今日もまた、そんな外国人の奥様たちと一緒に外出したのだろう。
「イタリアンかい、あれ」
「日本でもなかなかないわよ、あのレベルは」
「捨てたもんじゃないな、この国も」
年間を通じて気温は30度を超える日々が続く。
安全なホテル、モール以外の治安は極めて不安定で、女性であっても一人歩きは厳禁だ。
なんといっても、車で少し郊外に行けば猛獣が暮らす大草原が広がる国なのだ。
「あなた、今日も現場だったの?」
「そうだね。毎日砂漠の真ん中に出勤さ」
ダウンタウンにあるオフィスから、天然ガスのプロジェクトが展開されている地域まで、車で悪路を1時間以上走らねばならない。
上司たち3人は入れ替わりで現場に顔を出すが、私は赴任以来、ほぼ毎日そこに行っていた。
「橋口さんと北原さんが一緒だったよ、今日は」
冷蔵庫から冷えたハイネケンビールを取り出し、私は何の気なしにそんなことを言った。
「そうよね」
えっ?
私は妙な印象を覚えた。
今日、そこにもう一人の上司、宮野がいなかったことは既に知っている。
妻の言葉は、そんなことを暗に私に伝えていた。
「あなた、今日のランチ、実は宮野さんに連れて行ってもらったの」
3ヶ月前、歓迎会の記憶が瞬時に私の脳裏に蘇ってくる。