「回し飲み・・・・」
林君の奥様を見つめたまま、私は言葉を失った。
「奥様・・・、あの、失礼ですが、奥様のお名前は?」
「佐和子です」
「佐和子さん、ですか。いい名前ですね」
「そりゃどうも」
少しばかり和んだ雰囲気をかき消すように、彼女は言葉を続けた。
「ご存知ですか、どうして中川さんが私の夫の後任として選ばれたか」
私自身にとっても、確かにそれは疑問ではあった。
そろそろ海外に行かされるのだろう。
薄々、そんなことを考えてはいたが、まさかこのアフリカの地に来ることを命じられるとは。
それに、今回帰国する林君は確か駐在して2年も経過していないはずだった。
「よくわかりませんが、林君と交代するということですよね」
彼が何かミスを犯したために交代となった、という可能性もなくはない。
私は慎重に言葉を選んで彼女に伝えた。
「その通りです」
私の言葉を否定することなく、彼女は少し笑みを浮かべて答えた。
「私が主人にお願いしたんです。もうたくさん、帰国させてって」
「奥様が?」
「ええ。それで急遽後任の方が必要になって、中川さんが選ばれたんです」
一応、筋が通る話ではあったが、しかし私には何かが引っかかった。
いったいなぜ、奥様は帰国を強く望んだのか。
どこか男性を誘うような視線の持ち主である彼女のことを、私は見つめた。
「辞令を受けた時、何か上司の方から言われませんでしたか?」
「上司から?」
「結婚してるだろう、と。いいえ、それだけじゃないですね。奥様と一緒に行ってくれ、というようなことを」
「・・・・」
「若くて魅力的な奥様がいる社員。だから選ばれたんです、中川さんが」
いつしか、私の鼓動が高鳴っている。
そうだ。
あの日、確かに部長はこう言った。
妻と一緒に行く、これが条件だと。
「くれぐれも気をつけてください。あの人たち、女性に飢えてますから」
「えっ?」
「今、奥様と一緒にお酒を楽しんでる、あの3人の男たちですよ」
「・・・・・」
「私、あの人たちに好き放題されました」
その言葉には、夫の上司に対する尊敬の念はまるでなかった。
自分を弄んだ男たちに対する怒りの感情だけが、ただそこにあった。
「林君はこのことを?」
奥様の表情に冷ややかな笑みが浮かぶ。
それを私に言わせるんですか、といった笑みだ。
「知ってるも何も」
「・・・・」
「主人の見ている前でされましたから、私」
緊張をはらんだ静寂が室内を支配した。