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今回は、認知症グループホームついて書いてみたいと

 

思います。

 

認知症グループホームとは、認知症の方がアットホームな

 

雰囲気の中、5人から9人で共同生活を送り日常生活の

 

介護や援助を受ける居住系のサービスです。

 

要支援2、要介護1から5の人が利用可能となっています。

 

居間、入居者の個室、トイレ、浴室などを備えていて、

 

入居者それぞれが家事の分担を行って認知症の緩和を

 

目的として日常生活を送れるようにするため地域密着型

 

サービスに該当します。なので施設のあるところに住民票を

 

置いて居住している人が対象となります。

 

認知症グループホームは、賃貸住宅にあたり、

 

1ヶ月にかかる費用は、12万円から18万円が目安と

 

なります。「賃貸住宅」なので都市部では高くなる傾向が

 

あります。

 

また認知症グループホームには、看護師や医師の常駐は

 

ないので、医者に診てもらうことが多くなってくると

 

退去を求められるでしょう。

 

以上、認知症グループホームついて書いてみました。

 

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靖國神社遊就館へ行ったつづきで、今回は比島作戦

 

(1944年~1945年)について書いてみます。

 

比島作戦は、第二次世界大戦末期において日本軍と

 

フィリピンを取り戻すことに執念を燃やす連合国軍との

 

間でされた戦いです。

 

日本軍の内部では、捷一号作戦とも呼ばれたこの作戦です

 

が、結局連合国軍の勝利に終わります。

 

フィリピンには、山下奉文率いる第14方面軍がルソン島を

 

中心に配備されていました。

 

この当時の大本営は、情報処理能力において都合のいい事実

 

のみを高く評価し、冷静な判断能力が失われていました。

 

そんな大本営が指導したレイテ沖海戦では当然の結果として

 

連合艦隊が壊滅します。日本帝国軍は補給路を断たれ、

 

孤立無援状態となります。その後はジャングルを彷徨い

 

散発的な戦いを強いられることになり多くの兵士が餓死

 

あるいは伝染病などで亡くなっていきます。

 

この頃、日本はインドネシアの油田を確保してはいたのです

 

が、シーレーンは断たれ航空機を飛ばすことは困難になり

 

ます。

 

B29の日本本土空襲も本格化し、戦争に勝利することなど

 

もってのほか、終戦協議をいかに有利に進めるかを考え

 

始めます。

 

以上、靖國神社遊就館へ行ったことについて書いて

 

みました。

 

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靖國神社遊就館へ行ったつづきで、今回は大陸打通作戦

 

について書いてみます。

 

大陸打通海戦は、昭和19年4月17日から12月10日に

 

日本帝国陸軍が中国で行った作戦を言います。

 

別名、一号作戦とも呼ばれ、前半部分の京漢作戦と

 

後半部分の湘桂作戦から成り立っています。

 

この当時の日本軍を取り巻く状況は、アメリカやイギリス

 

との戦いは日に日に激しさを増していきます。

 

しかし大本営の目は太平洋に向いていて、太平洋における

 

戦力の拡充の必要性から中国に置いていた軍隊を

 

太平洋へ配置転換していました。そのため人数としては

 

太平洋戦争開始時の90万人から62万人へと少なくなって

 

います。そんな状況ではあったのですが、台湾への空襲

 

など日本側に不利なことが続いたため、実行に移すことと

 

なった作戦が今回の大陸打通作戦です。

 

大東亜戦争開始以来、最も大きな作戦となり、当初の予定

 

通りことが運び勝利を収めたことになっていますが、

 

実際は連合国軍が航空基地を内陸に移動させたことや

 

マリアナ諸島がアメリカ軍に明け渡され、日本本土への

 

空襲を可能にさせたことから日本軍が思ってたほどの

 

効果は発揮できませんでした。

 

戦死者、戦病死者十万人と大変大きな損害となったため

 

勝利とは言ったものの全体的に見れば日本の敗色が濃厚に

 

なります。

 

なので大本営発表とそれに付随するマスコミの報道では

 

大々的にこの結果が利用されます。

 

以上、靖國神社遊就館へ行ったことについて書いて

 

みました。

 

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今回は、サービス付き高齢者向け住宅(サ高住)ついて

 

書いてみたいと思います。

 

サービス付き高齢者向け住宅(サ高住)とは、民間の事業者

 

等によって運営されていて、高齢者の居住の安定確保に

 

関する法律に基づいてサービスが提供されるバリアフリーの

 

賃貸住宅です。特定施設の指定を受けているサ高住は

 

介護施設ですが、それ以外は自立している方や、軽度の

 

高齢者を対象に運営されています。

 

サ高住ごとに附帯しているサービスは異なるのですが、

 

ほとんどのサ高住で附帯しているサービスが、状況把握

 

サービスと生活相談サービスとなります。

 

状況把握サービスは、定期的に部屋を見回り、居住者の

 

健康やその他の状態を声をかけて確認し把握します。

 

生活相談サービスは生活を送るうえでの要望などの相談を

 

受けるサービスを指します。

 

多くの場合、ケアマネージャーの事業所や訪問介護事業所が

 

サ高住に併設されており、そのサービスを受けることに

 

なります。

 

以上、サービス付き高齢者向け住宅(サ高住)ついて

 

書いてみました。

 

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靖國神社遊就館へ行ったつづきで、今回はマリアナ沖海戦

 

について書いてみます。

 

マリアナ沖海戦は、昭和19年6月19日から20日に

 

日本のはるか南、マリアナ諸島沖で衝突した日本とアメリカ

 

の戦いです。米軍が勝利し、日本軍はどうにもならないほど

 

の敗北となりました。この戦いでの米軍の勝利により

 

制海権、制空権ともアメリカに奪われ、サイパン島も

 

奪取されます。以後、米軍は、サイパン島からB29を

 

日本本土に飛ばし空襲を行います。サイパン島から爆撃

 

できる範囲は最長で仙台くらいまで。

 

青森や北海道は爆撃できませんでしたが、日本本土に住む

 

住民へのインパクトは絶大なものでした。

 

マリアナ沖海戦の結果、日本軍は空母3隻と搭載機の

 

ほとんどを喪失します。また機動部隊支援のための給油艦

 

2隻や潜水艦なども多数失われ、残ったものも修理を必要と

 

する損傷艦となっていました。

 

これに対し米軍の損害はほとんどなく東條内閣はこの責任を

 

取り辞職します。

 

以上、靖國神社遊就館へ行ったことについて書いて

 

みました。

 

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今回は、軽費老人ホームについて書いてみたいと思います。

 

軽費老人ホームは、無料または低額な料金で家庭環境、

 

住宅事情等の理由により居宅において生活することが困難な

 

老人を入所させ、食事の提供その他日常生活上必要な便宜を

 

提供する施設です。

 

軽費老人ホームは、A型、B型、ケアハウス、都市型の4つに

 

分けられます。

 

軽費老人ホームA型には、食堂、談話室、居室などがあり

 

食事の提供がされるホームとなっています。

 

軽費老人ホームB型は、自炊で生活するホームです。

 

ケアハウスは、ほとんどが個室で一般型と介護型に分けられ

 

ます。一般型は要介護状態が重くなると退去しなければ

 

ならなくなりますが、介護型に関しては要介護状態が

 

重くなっても入居し続けられます。

 

都市型軽費老人ホームは、都市部の所得の低い高齢者を

 

対象に、面積を狭くし低額の費用で入居ができ、食事の提供

 

があるホームです。

 

これらのホームは、低額で懐には優しいのですが、

 

探すのに苦労するくらい数は少ないです。

 

以上、軽費老人ホームついて書いてみました。

 

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靖國神社遊就館へ行ったつづきで、今回はインパール作戦

 

について書いてみます。

 

インパール作戦も太平洋戦争の一つです。

 

インパール作戦は、1944年3月8日陸軍の3個師団を

 

投入し開始されます。インパール盆地を北から攻め、

 

南からも攻め、もう一つ北部からも攻めるといった作戦で

 

インパール市街を包囲しようと計画しました。

 

軍の主力であったため総兵力は20000人を超え、

 

兵力の面では充実していたようです。

 

第15軍(林)の司令官、牟田口廉也がこの作戦決定の

 

実質的最高責任者でした。第33師団(弓)の師団長、柳田

 

元三などはインパール作戦計画の時から反対の立場で

 

意見を述べ、作戦の前段階としてチン高地を牟田口から

 

命令されると補給面で難があると反対の意見を述べましたが

 

一蹴されます。チン高地攻略はインパール作戦の前段階で

 

あったためか実現してしまったため牟田口は柳田を

 

𠮟責し柳田は牟田口に対して不信感を募らせます。

 

基本的にインパール作戦は牟田口の強硬な主張で実行された

 

作戦と言われていて、兵站を軽視して撤退するときに

 

多大な損害を出しました。

 

現在ではインパール作戦=無謀な作戦を指すと言っても

 

過言ではなくなっています。

 

インパール作戦失敗が現実のものとなった時、

 

牟田口は参謀たちに自殺をほのめかしたとされていますが、

 

周りの参謀たちは「昔から死ぬ死ぬと言った人に死んだ

 

例はありません。」「司令官としての責任を感じているの

 

なら黙って腹を切ってください。」などと言われ

 

実際に自殺することもありませんでした。

 

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今回は、有料老人ホームについて書いてみたいと思います。

 

有料老人ホームは、高齢者に不可欠なサービスを整った

 

設備や人員体制で提供する施設です。

 

なので、費用に関しては割高となっている場合が多いです。

 

有料老人ホームは介護付、住宅型、健康型の3つの

 

タイプに分けられます。

 

おおよそ65才以上で要介護から要支援、自立まで

 

幅広い人たちが入居可能で、ほとんどが個室で

 

設備を充実させているのが売りなど各施設ごとに特色を

 

出しています。

 

介護付有料老人ホーム・・・施設の職員がサービスを

             提供。料金は比較的高額な施設

             が多い。

 

住宅型有料老人ホーム・・・家事、食事、レクレーションの

             サービスを提供しているところ

             が多い。介護状態が重くなると

             退去しなければならない契約と

             なっている場合があるので

             注意が必要です。

 

健康型有料老人ホーム・・・介護が必要になったら退去する

             必要があります。

 

以上、有料老人ホームついて書いてみました。

 

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靖國神社遊就館へ行ったつづきで、今回はキスカ島の戦い

 

について書いてみます。

 

キスカ島の戦いも、先週のアッツ島の戦い同様、

 

太平洋戦争の戦いの一つです。

 

キスカ島の戦いは、1943年5月27日から2か月ほど

 

行われた日本軍が撤退するために行われた戦いです。

 

1942年6月上旬、アッツ島の戦いでその近くのキスカ島

 

も日本の領土となっていました。

 

この当時の大本営は、最初、キスカ島の重要性に気づいて

 

いなかった節がありました。

 

一方のアメリカ軍はキスカ島が占領されたままでは

 

アメリカ国民の士気にかかわることを痛切に感じていまし

 

た。そのため、1943年5月12日より、米軍は

 

アッツ島の攻略に取り掛かります。兵力の差は約4倍で

 

米軍の物量が勝ります。

 

日本軍は申し訳程度に駐留させている兵士で抵抗を

 

試みます。ですが、もちろんアッツ島陥落。

 

隣のキスカ島も時間の問題となります。

 

キスカ島にいる日本の兵隊は完全に孤立します。

 

なのでキスカ島で孤立した日本の守備隊を救出する作戦に

 

でます。

 

第一期の作戦は、潜水艦による作戦でしたが、これが

 

効率が悪く第二期作戦に引き継がれます。

 

第二期作戦は、運もありキスカ島を包囲していたアメリカ軍

 

に築かれることなく守備隊全員の救出に成功します。

 

以上、靖國神社遊就館へ行ったことについて書いて

 

みました。

 

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今回は、介護老人保健施設について書いてみたいと

 

思います。

 

介護老人保健施設(ろうけん)は、介護を必要とする高齢の

 

方の自立を手助けし、家庭への復帰を目的にして

 

日常生活動作のリハビリを行う施設です。

 

自宅に帰ることを目的にしているため、専門職の職員などが

 

定期的に見回り検討をします。

 

ろうけんを利用できる人は、要介護度1から5の方で

 

病状は安定していて入院は必要なくリハビリを必要と

 

している人です。

 

ですが、入院して治療することが必要になる人もいる

 

でしょう。そんな時は、適切な医療機関を紹介します。

 

利用者負担は、原則1割で部屋代や食費は、自己負担と

 

なりますが、所得の低い人の利用が妨げられないよう

 

補足給付があり、負担限度額が設定されています。

 

といった紹介の仕方が一般的ですが、ろうけんはショート

 

ステイを行っている場合が多いため、そのショートステイを

 

利用して特別養護老人ホームへの入所待ちをしている人が

 

多いのも現実です。

 

以上、介護老人保健施設ついて書いてみました。

 

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