ライブハウスは飲食店を偽装した事実上の興行場。脱法行為と言っても過言ではない。
日本国はこういうの実はいっぱいあるの。最たるものが戦力を保持してはいけないのに保持していること、他にも賭博は犯罪なのに景品交換所は併設され、特殊な個室浴場は…


最近とあるライブハウス?イベントスペース?で飲み物を持ち込んだ人には罰金なんてことを言い出して、物議をかもしてるのね。おおざっぱにいうと
店「飲食店なので飲食物の持ち込みは禁止」まあこれだけ
でこれに反論してる客は「ライブを見に行ってるのであって飲食目的ではない」「長時間激しく運動するような内容でどうなんだ」など偽装から生じる矛盾点を並べてるからむしろ具体的。
横入り意見で「立錐の余地もないフロア、終演後は行列でドリンク引き換えず帰ることもある」「何でも一律500円、その500円に見合う内容のものを提供していない」これもごもっともなのね。

ホールコンサートに数回行って、初めてライブハウスに行ったとき、前売り券を購入して入場料は支払っているのに、なぜ別途ドリンク代なんか請求されるんだと大いに疑問に思い、そして今でもそう思っている。建前飲食店で営業許可をとっているので店のシステムとして飲食物を何か注文してもらわないといけないというのがどうやら理屈らしい。
でもねえ、やっぱり建前は建前で実態は興行場でしょう?ハコにもよるけど飲食店と胸張って言えるような飲食物そして場所の提供してないでしょ、椅子もテーブルもほとんどないんだし。のどが渇いたら2杯目3杯目を注文しろなんていうのは悪徳商売でっせ。出すとこ出したらそもそものワンドリンク制が「悪質な抱き合わせ販売」ってことになりかねないなんて思ったことはないのかね。そもそも論にかえると「実態は興行場として営業しているが興行場法の基準を満たしておらず許可も取っていない違法営業である」ってなる可能性もあるのにね。これをどうにかしてるのが日本国の「制限速度超過は10キロまでは見逃す」っていう日本独自ルールなんやけどね。

と思ってるうちに一つ思いついた
「日本国の飲食店なら冷水くらい無料で提供するもんだろ」これで解決や
AKB48の「履物と傘の物語」という歌をMJで初めて聴いた。「みんなのうた」で放送中で、泣ける歌と評判なんだそうな。

動画 http://mu-zix.com/detail.php?id=6988
歌詞 http://www.littleoslo.com/lyj/home/akb48-%E5%B1%A5%E7%89%A9%E3%81%A8%E5%82%98%E3%81%AE%E7%89%A9%E8%AA%9E/

で歌のクライマックスになってる歌詞が

♪履物屋さんの押し入れには
傘がいっぱいありました

傘屋さんの押し入れには
履物がいっぱいありました

二人のばあさんの仲の良さを表した歌詞なんだろうが、これを聴いてすぐ頭に浮かんだのが、「おたくが死んで家族が片付けてたら同じタイトルのCDが何百枚も出てきたら、全然心温まらんなあ」ということだった。

そしてその後の歌詞

♪履物の数だけ 傘の数だけ
しあわせがそこにありました

「同じCDの枚数だけしあわせがそこに、ないやろ」だった。

そしたら頭の浮かんだのは「秋元康は同じCDをたくさん買わせる商法をやって批判されているが、この歌はその商法を正当化する歌なのか?」「おたくどもが同じCDを大量買いした数はしあわせの数だと思いなさい。だから大量買いはまちがってない、どんどんやりなさいと言ってるのか?」だった。
これではますます心温まらない話やな。

\みなさーん、だまされてはいけませーん/

最後に頭に浮かんだのは「押入れに入りきらなくなった履物や傘が大量に廃棄でもされてたら、この歌は全く心温まらないな」
盗撮はいけない?人の顔を断りなく撮影してはいけない?肖像権?もうちょっと奥深く考えてみようよ。昔の映像がテレビで流れるとき顔がぼかされてるのってどう?昨日今日のテレビでも、アイドルが観光地を歩いてるだけの動画で、背後に写り込んだ通行人の顔がぼかされてるのってどう?30年前こんなファッションが流行ってましたっていう映像で顔がぼかされてて伝わる?そもそも肖像権っていつ生まれたの?どんな法律で規定されてるの?

肖像権を定めた法律はありません。強いてあげれば憲法13条「すべて国民は個人として尊重される…」いわゆる人格権を定めた規定から導き出すものということです。これだけでずいぶん飛躍した発想だなあという気がします。それがいわゆる「判例の積み重ね」でこういう権利があるんだということがだんだん定着していったわけですが、これだとどんなことが権利として認められてどんなことは認められないのかわかりにくく、その根拠も見つけられません。その基準も時代によって大きく変わっています。困ったものです。

肖像権などという言葉が聞かれるようになったのは、写真週刊誌なるものが登場し、芸能人が無断でプライベート写真を撮られ掲載されるということが相次いで、「勝手に撮って載せてんじゃねーよ」と言い出したことから。このとき出てきたのはあくまで芸能人などの有名人、だから少なくとも公的な活動は報道されるもの、プラーベートでも報道されて仕方ない部分もあって、それにいちいち許可や承諾なんて必要ないっていうのが暗黙のルールだったの。もちろん雑誌やテレビと芸能人は持ちつ持たれつというのもあったから。
投稿写真に代表される素人客がアイドルのステージを撮影して雑誌に投稿するなんてことも堂々と行われていた。サン出版やコアマガジンなどの中小エロ出版社に限らず、学研などもやってた。で撮影禁止のイベントで撮影してスタッフと乱闘なんていう場面もしばしばあった。でも雑誌掲載の差止めや雑誌社を訴えるなんてことまではなかった。

それがいつのことだろう、肖像権などを主張する業界団体が大きな圧力をかけるようになってきたのは。昔の写真集のコピー掲載で著作憲法違反、アイコラで名誉毀損、このへんはまあ法的根拠はあるものの、エロ雑誌に掲載すること自体が名誉毀損だなんて。有名人の写真無断掲載がだめなんてことは昭和時代にはなかった。そして法律は全く変わっていない。
これはねえ、気に入らない出版社、不都合な報道をつぶすための圧力なのね。許諾を与えないと写真掲載できないんじゃ御用記事書くしかなくなるよね。

そして肖像権という言葉が一人歩きを始める。とにかく人の顔は写してはいけないようなムードになりぼかしだらけのテレビになる。こんなのやっぱりおかしいよ。

更に時代は流れ、インターネットの発達で雑誌はすたれ、カメラ付き携帯電話はスマホヘ進化し、普通の人がカメラとインターネット端末を持ち歩いている世の中になる。だれもが情報発信者になれる時代が来た。町で見かけた有名人の写真を勝手に発信、有名人が自分のバイト先に来たことを発信、炎上騒ぎが起こりモラルが問われるようにもなった。

しかしこれは見方を変えれば面白い時代の到来ともいえるのだ。テレビや雑誌が制限ばかりだったり真実を伝えていなかったりで面白くなくなっていき、力のある芸能事務所の御用記事ばかりになる。しかし人の口に戸は立てられない。テレビや雑誌に出ないものがどんどん世の中に出てくる、報道されない真実が明るみに出る。
おもしろいじゃないか。