とある片田舎に、エレーナという娘と、
カサンドラという母の親子がいました。
父がいましたが、数年前に病気で亡くなり、
今は、母一人、子一人で生活していました。
父の事業が当たり、家族はそのお金で都会へと移り住む予定でしたが、
それもかなわず父は他界したのでした。
カサンドラは、エレーナに、将来をしっかりと決めながら生きていくことを求めていました。
良い学校、良い家庭への結婚を望んでいたのです。
しかし、エレーナは、とても活発的な子で、
幼少から泥んこになりながら遊ぶのが大好き。
一緒に遊ぶのは、活発な男の子たちばかり、
エレーナにとって、女の子の遊びはとてもつまらないものに思えました。
毎日、木に登ったり、森を探検したりして、
帰りには、綺麗な服はいつも泥だらけでした。
泥だらけの娘に我慢がならなかったカサンドラは、都会に移り住み、
家庭教師をつけることにしました。
エレーナは、家庭教師にいつも監視され、
がさつな立ち居振る舞いを逐一注意され、
外に遊びに行くことを禁止されました。
母の厳しい態度と、家庭教師の厳しいしつけに、
エレーナは自分が誰からも「愛されていない」と思うようになりました。
母のカサンドラは、魂の仲間ではありましたが、
エレーナに対して「きつく当たる」という魂の契約をし、
その役者になりきっていたのでした。
エレーナは自分のしたいことを一切することがなくなってしまい、
家庭教師から押し付けられた課題をこなす毎日となっていきました。
時が経ち、エレーナは18歳を迎えました。
その時には、母が見つけてきた「良い縁談」によって、
好きでもない人と結婚することが決まっていました。
エレーナはいつしか、自分は何が好きで、
何をしたいかということさえ忘れていたのです。
結婚はしましたが、
エレーナの心の中には、ぽっかりとした空洞があり、
何も満たされない日々を送っていました。
自分の力を失っているエレーナの生活は、
ただ夫の意見に従うだけでした。
好きでもない編み物や裁縫をし、
淑女らしくいる自分に嫌気がさしていましたが、
自分は何をしてよいのかわかりませんでした。
ぽっかりとした空虚の日々でしたが、
ある時、山の頂にある教会が気になり、
訪れてみることにしました。
教会では、讃美歌が歌われ、エレーナの心を洗い流してくれるようでした。
「私は何をしているのだろう?
私は何の為に生きているのだろう?
私は誰?」
沸き起こる疑問に、自分が誰で、何者なのかがわかりませんでした。
ふと顔を上げると、牧師がエレーナを慈悲の眼差しで見つめていました。
思慮深いその眼差しからは、
エレーナのすべてを見通しているかのようなものが漂っていました。
「迷いの中に入っているのだね。」
「なぜわかるのですか?」
「そなたの、その眼(まなこ)から輝きが無くなっている。」
「・・・私は長いこと、自分を閉ざしてきました。
自分がわからなくなってしまったのです。」
「そなたは母の言葉の魔法によって、
自分自身の力で自分を閉ざしてしまったのだよ。」
「自分自身の力で!そんなことはありません!
こんなに辛いのに・・・、こんなに一人ぼっちなのに・・・」
「誰も、他の人に影響を及ぼすことはできない。
できるのは、ただ自分の力のみ。
他人が言った言葉を受け取ろうが、
避けようがそれは本人の自由だ。」
「そんなことはあり得ない!」
「それでは、あなたの心は何と言っている?」
「私の心は、ただ辛い、ただ幸せでないと言っています。」
「本当にそうかな?
それは、あなたが幸せでない状況に浸りたいのではないのかな?」
「・・・よくわかりません。」
「それでは、あなたにとっての幸せとは何かな?」
「私にとっての幸せ・・・?
考えたこともありません。」
「人は、神からもらった自分の力をほんの一握りも上手く使えていない。
目の前にある物質的なものに頼り、
それを追い求めることに必死だ。
あなたは、その綺麗な身なりが幸せだと思うかな?」
「私は、本当はこんな身なりは嫌いです。」
「・・・魂の思いを答えることができたではないか。
自分がわからないと思い込んでいたのは、幻だったのではないかな?
嫌いということは、好きなことの対象にある。
何でも表裏一体なのだよ。
それでは、あなたの好きな身なりはどのようなものだろうか?
その綺麗な身なりの反対にあるものだ。」
「私は、もっと動きやすくて、質素で活動的な服が好きです。」
エレーナの瞳に少し輝きが戻ってきました。
「もっと活動的な服が好きなのはなぜなのかな?」
「私は、森を探検するのが好き。自然が好きです。
不思議な木や綺麗な花を見つけたり、夕焼けに燃える山を見ることが大好きなのです。
だから、森に行くには、このような洋服はいらない。」
「そうだったね。
そなたは、自然が大好きだったのだね。
自分を少し思い出したかい?」
「でも、私は森には戻れない・・・・」
エレーナは自分の今の境遇に愕然となりました。
エレーナは、今までのことを思い出し、
あの時、もっと母に自分がしたいことを訴えるのだった。
自分は良い縁談など必要ないと訴えるのだった。
と過去のことを悔やみました。
「そなたは、自分にとって一番大切なことは何かということを知った。
そうではないかな?」
「そうです。
私は自然の中で暮らしたい。
綺麗なお屋敷に綺麗な服、愛のない結婚など本当はしたくなかった・・・。」
エレーナは涙を流して顔を伏せました。
(つづく)