桜咲くこの季節、ご入学、ご入園、ご入社された方々には、感慨深いと思いますので、このブログはスルーして頂きたいのですが……



もう桜が満開。職場の同僚やら先輩後輩から花見に誘われましたが、新人教育に忙しいので遠慮させて頂きました。

忙しいのもありますが、はっきり言って桜を見る気分ではないのです。


震災で行方知れずの友人、震災で職場と健康を失った母、未だに収束しない原発大事故、国民そっちのけの政治、不況……

あの震災が、この国に何かとどめを刺してしまったのではないかと思ってしまうと、とても花見だと浮かれる気分ではないのです。

もちろん、桜の木や花に罪はありません。しかし、どうしても素直に桜を見る気分にはなれない。浮かれてる場合ではない。そんな気がするのです。


もう桜を素直に見る時が、再び、本当に来るのか?私にはわかりません。

桜には罪はないと言いましたが、その桜に、放射性物質を被せたのは東京電力であり、人間ではなかったのではないでしょうか?


ホットスポットの桜の樹木は、除洗されるのでしょうか?放射性物質が桜の樹木に与える影響は、私にはわかりませんが、こんなずさんな原発大事故を引き起こし、放射性物質を浴びせた桜に向かって、私は平然と花見などできません。屁理屈でしょうか?


今回の原発大事故で、ふるさとを失った人たちがたくさんいます。私の職場にもいます。東京電力は、山河を汚した責任をどうするつもりでしょうか?

まさか、東京電力社員が花見に浮かれているとは思いませんが。

樹木は当然にして言葉など発しません。それを良いことに、人間が勝手に放射性物質で汚染させといて、花見とは、いったい何でしょうか?


放射性物質に汚染されていない桜なら、もちろん全く関係ありませんが。

唯一の被爆国が、どうして、世界最悪の原発大事故を引き起こしてしまったのでしょうか?

そんな疑問ばかり考えていると、とても花見などできません。

同じ過ちは、絶対に繰り返したくは無いのですが、どうも、再び、過ちを引き起こす可能性が大のような気がします。

桜のみならず、あらゆる樹木が、放射性物質を連日、吸収し続けて、除洗が困難となりつつある東北地方と関東地方。

その大地から咲く花を、私は素直に見られません。次の子や孫に見せられるでしょうか?

屁理屈ばかりで、不快に思われた方々には、申し訳ないとは思いますが、考えて頂きたいと。
タイトルが暗くなってしまった。

昨日、ある所で、負の連鎖について話している場面に出会った。深い話をしていた訳でもないが、負の連鎖は、この時代にとって大きなテーマのように思う。

負の連鎖は断ち切らなければいけない。しかし、そう簡単に出来るなら苦労もない。

私が、負の連鎖で思い出してしまうのは、浄土宗などの寺院の庭先に鎮座する【旅立ちの法然さま】と言う像である。

多くの寺院の庭先で見かけるし、浄土宗の信徒、門徒なら知っていると思う。

法然は、子供の時に父親が暗殺されてしまう。その父親は瀕死の重傷を負いながら、法然に復讐はしてはならないと遺言する。

父を亡くした法然は、やがて15歳の時に旅立ちをする。その時の姿が像となって全国に鎮座している。

肉親を亡きものにされて、復讐はするなと遺言された法然の心は如何にと考える事がある。

仮に、

【お前の家族が暗殺されても、犯人に死刑求刑に反対するのか?】と問われたら、如何に考えるのか?

法然の父は、怨念の連鎖を止めた。法然はそれを守った。そして、仏門の道を進んだ。

私は負の連鎖を考える度に、あの【旅立ちの法然さま】の像を思い出してしまうのである。

負の連鎖を断ち切るのは、人の心次第である。簡単に断ち切るのは難しいのも事実。しかし、断ち切らなければ負の連鎖は続く。


今の世界は、負の連鎖だらけであるし、宗教指導者が報復を煽る時代である。

法然の死去から八百年。法然は、どんな気持ちで現代世界を眺めているのだろうか。


いきなり書く。我が母は震災の翌日、心臓を悪くして入院した。震源地に近いのか?繰り返し起きる余震、そして、あの原発大事故に体調を悪くした末の入院だった。

退院したが、原発大事故の余波で勤務していた会社は休業に追い込まれた。当然にして失業した。

おまけに、夜中は氷点下になる中で、過酷にも東京電力は計画停電を、1日に二度繰り返した。

休業に追い込まれた会社は、県や業界団体の指導で補償請求をしているが、なかなか進まないと言う。

ましてや、休業に追い込まれた従業員に補償などあるはずもない。また、補償請求にしても、1,000ページにも及ぶ請求申込用紙を書く能力などある訳もない。

泣き寝入りなのだ。

私が、泣き寝入りなどせず、しっかり補償請求すべしと問いかけても、母は、私よりまだまだ若い人たちが失業してしまった事の方が気になる。私は慎ましく年金生活をすれば済む。と言った。

そう言われては、私は黙ってしまう他はなかった。私は、生活費を援助することにした。

そんな寡黙な母が東京電力に怒った事がある。東京電力社員に巨額なボーナスや退職金、そして、たった5%しかカットされない月給である。

東京電力社員による数々の暴言が、世間に明らかにされて久しい。

福島原発の最前線で頑張っている社員もいるではないか?そんな反論も聞こえる。

しかし、あの最前線は、ほとんどが下請け社員である。東京電力本体の社員は、全く被爆もせず、安全な勤務者なのである。そこを忘れてはいけない。

東京電力の役員が、電気代の大幅値上げは固有の権利だと暴言を吐いたが、民間企業なら、絶対に言わない発言である。

下請けイジメ、取引先イジメのある大企業でも、仕入れ価格や販売価格の一方的な設定が、固有の権利だと言い張る企業はない。

東京電力は半官半民の企業であり、国民の税金から原発大事故の補償金を支払いながら、電気代は大幅値上げ、そして、国有化には絶対に反対して抵抗すると言う。いったい、東京電力とは何者なのだろうかと?原発大事故から一年を迎えた今日、あらためて考えてしまった。