新年になり、雑煮を作った。具に大根を使って、まだ味が染み込まない内に食べた。

出汁が染み込んだ大根の方が、美味いに決まっている。

しかしながら、5年前の1月のブログにも書いた通り、毎年、この時季になると、どうしても【あとかくしの雪】を思い出してしまうのです。

もう何十年もです。

まさか動画サイトで、当時の、あとかくしの雪が見れるとは思いもよらなかったのですが。

この、あとかくしの雪と言う物語をめぐっては、ネット上では、『心温まる感動話』とか、『ほっこりする』、『お婆さんの優しさが伝わってくる』、『雪を降らせた旅人の優しさが伝わる』などの感想が多数、お見受けしました。

しかし、私は、この物語には、子供の頃から今日まで、全く違った感情を抱いて来ました。

テレビ番組で見た当時も、そして今も、私が一貫して抱く気持ちは、『本当に、どうしようも無い、心が鬼で、腐りきった庄屋だな』と。そして、『欲をかいて、お婆さんを捕まえようなどと、血も涙も無い鬼にして、積雪で台無しになって、とても清々した。』と。


そんなような気持ちでした。

お婆さんは、凶作で厳しい生活にもかかわらず、他人の畑から一本の作物だって盗んだりせず、ただ黙々と耐え忍んで生きてきたのに、餓死寸前の旅人が訪れたばかりに、お婆さんは罪人になってしまい、何とも、この庄屋が許せない気持ちでした。

お婆さんを盗っ人にしてしまって、旅人に大根煮を振る舞う姿が、どうして優しいなどと言って、美化して感動してしまうのか?未だに解りません。

確かにお婆さんは優しい人でしょう。しかし、人間として、例え苦しくても他人の作物を盗んでまで、凶作期を乗り切ろうなどと言う気持ちはなかったのではないか?それを、不意に訪れた餓死寸前の旅人を前にして、罪人になる事を覚悟した、悲壮な気持ちしか思い浮かびません。


さて、雪を降らせたのは誰でしょうか?一説には、旅人だとされています。この旅人は、実は、高僧だと、各地の物語に言い伝えがあるようです。ネット上で初めて知りました。


この旅人が降らせたならば、なお一層、この物語は、お婆さんの心に重苦しくのしかかってしまうのではと、私は独断と偏見で思ってしまうのですが。

この物語、教材として小学校低学年に提供するのは、重すぎると感じます。