ネットに、困窮する避難所の被災者について、【クレジットカードさえ1枚あれば、避難所を離れてホテルに行く事ができるのに】

そんなことが書かれていました。書かれた感じからしてあざ笑う感じでした。

災害は、弱者に襲いかかるのです。金さえあれば、避難所から抜け出して、ホテルだろうが、被災地から離れて部屋を借りるなり、家さえ買う。

仕事などしなくても、金さえあれば生活できる。

ネット上の人たちの、あの悪口は、金の無い弱者は避難所で辛い生活をしておけと言った、冷酷な現実を示している。

漫画家の故青木雄二は、そもそも金持ちは災害に弱い所に住まないし、家を建てる時も金をかけてしっかり建てる、貧乏人に災害は襲いかかる。

そうした事を書いていた。

熊本のあの地震の数日前に、私のポストにキリスト教系のパンフレットが投函され、【神の平安を破る者が災害を呼び寄せ】、、、、、、、、

つまり、神に信仰しない者が災害や、不幸に遭うと言わんばかりの内容だ。

数日後に熊本地震があったのだから、神の平安を破る報いだと信者は思うのだろうか?

地震がおきる度に、神の怒りだの、報いだの、天罰だの、、、、、、、、またある団体は、仏が下した災いだと言う。

災害に襲いかかる弱者は、何故に神や、仏から天罰を受ける道理があるだろうか?

私が宗教が嫌いな一つの理由が、被災者に対する一部の宗教団体や、信者の姿勢である。

もちろん、被災者のためにあらゆる支援をしている大宗教団体もある。宗教団体や、信者が被災者のために尽くしていることに何ら異存があるはずもない。しかし、

体育館、また、車に避難されている被災者、多くは災害弱者もいる。お金が無く厳しい生活。これがどうして神仏の天罰だと言うのだろうか?私にはわからない。

災害を逃れるために信仰する人もいるだろう。私は、被災時に必要な準備をしたり、地震保険の見直しを進める。それが災害への準備。
昨年、血液型占いについて得意げに語る人間について書きましたが、何故だか、その後は血液型占いの話はしなくなりました。

でも別に本人は反省したとか、血液型占いを撤回した訳でもないようです。

ところで、この方、様々な社会問題について得意げに語りますが、とにかく主張が毎回コロコロと変わってしまうのです。

例えば原発問題。原発事故によってふるさとを追われ、避難先で自殺に追い込まれた人たちについて、原発はいけない!原発を進める人たちは利権の塊と、様々な人たちに言いふらしてたのに、わずか数ヶ月後には、原発産業でメシを食ってる人たちを思えば、原発廃炉を主張する人間は無責任極まりないと言い出す始末。

また、西洋医学は狂ってる、民間療法を基本とすべしと、また、周りの人たちに言いふらしていたのに、一年もたたずに、西洋医学と民間療法の良い部分を取り入れることこそが最良と言い出す始末。

他にもたくさん有りますが、キリがありません。

このような、主張が一貫しない、その場しのぎの人間の言う事に、まともに相手にしない人たちも確実に増えて行きました。

当の本人は、自覚が無いのか?主義主張がコロコロ変わっても、説明したりはしません。

周りの人たちも、この人の言う事を本気で受け止める訳でもないので、主張がコロコロ変わっても、問い質す事をしません。

しかし、確実に相手にされていません。悪党な人間では全く無いのですが、ハッキリ言って、どう見ても、元々、信念など持ち合わせていない人なのに、何故か格好つけて社会問題、時事ネタを語り、しかも、本当にコロコロと主張が変わる。でも私を含めて誰も本気に相手をしないし、突っ込みを入れないから、本人は気がつかないのですが。

まあ、別に本人が何を語ろうが、その場しのぎの主義主張をしようが構わないのですが、いちいち、周りの人間に熱っぽく語るのがウザくて迷惑なのですが。

でも、あえて、そうした人間を見て、自分も、このような節操の無い人間に陥ってはいないか?自分自身に問いかける良い先生だと思っています。