「東京には空が無いという」と言う、セリフがあるが、東京は本当に空が無い。

狭い空を見るのも、首が痛くなるほど角度を上げて見るしかない。

自分が住んでるアパートからは、空がほとんど見えない。家の前の道路に出ても、空はなかなか見えない。


しかし、幸いにして、家から5分くらい歩くと大きな公園にたどり着く。この公園は災害時の避難場所になっている。


ここに来ると、大きな空が簡単に見える。

その空が「本物の空」かどうかはわからないが、江戸幕府開府以来の原風景をついつい妄想してしまう。

少なくとも明治以来、ほとんど風景は変わっていない公園だからだろう。


毎日毎日、うっとうしい日々に追われていると、この公園に来て、大きな空を眺めると、少しは気分は和らぐ。

今週の東京は雨が続いた。やっと雨が上がった土曜日だったけど、夜になっても雲が厚く立ち込めていた。

遠い空を眺めていると、一瞬でも現実を忘れる。


ある若手漫画家が、仕事に行き詰まると公園に来て妄想に浸るとか言う話を聞いた事があったが、わかるような気がする。

とにかくaさんの勧めで走り出す事になった和解路線。aさん以外の周りの反応はかなり冷たかった。今まで、親と絶縁関係を続けていたのに、急に訳もなくて和解に動き始めた事に、疑心暗鬼に思わていた。和解路線を歓迎するかと思っていたが、aさん以外からは冷ややかに見られてしまった。

親に対して、いきなり優しい態度で電話をかけたので、親の方も、やや慌てた様子だった。しばらくは、お互いに、ガラスに触るような、いつ壊れてしまうかわからない和解路線に向き合っていた。

ところが、親に悪気は無くても、何気ない一言や態度に、過去の不信感がフィードバックしてきて、和解を進める気力が崩れてしまった。

もう気分的に和解路線は無理、そう思ってもaさんが、とにかく和解に動き始めた事に対して、心から喜んでくれた。

僕は親に言ってしまった。「aさんだけが和解路線を応援してくれるが、正直に言って、自分はこれ以上、和解を進める気力がない。あなたが過去を謝罪も反省も無いのに、どうして一方的に和解できるのか?」

そう言うと、親がおとなしくなり、詫びた。その謝罪を素直に信じる気にはならなかったが、とりあえずケジメはついたと思った。

ようやく親子関係は正常化された。その報告をaさんにしたら、すごく喜んでくれた。

こうして30年戦争ともささやかれていた対立関係は終わった。

当時の自分は一生涯、絶縁関係を続けると思っていたのに、aさんの勧めで、和解が実現した。


僕よりずっと年下なのに、真摯に和解勧告を勧めてくれたaさん。この人の真摯な働きかけが無かったら、本当に和解は無理だったと思っている。

とても感謝している。

今では、親とは一応は正常な関係だ。親が訪ねてくるようにもなった。


aさんの真摯な気持ちが、自分を動かしたのだった。

ただ、和解はしたが、過去の親の責任追及もあきらめた。本当は責任追及もしたかった。それをあきらめた時、和解はしたが、自分は負けたと思った。責任追及をあいまいにして和解した事が、自分自身にとって負けたと思ったが、aさんは、和解してあげたあなたの方が勝ったと言われて、慰めの言葉として嬉しかった。