千葉で重大な事件を起こした容疑者が、約三年近く逃亡して大阪で検挙された。

その容疑者Tの報道されている供述は、事件に関して黙秘を貫いているが、「両親は医者だったが、自分はなれなかった」と話していると言う。


彼の逃走生活を見ても、何がしたかったのかわからない。プライドだけは中学生の頃から高かったとされているが、何を狙って黙秘を続けているのだろうか。


人生が思い通りにならずに、教授に逆恨みした卒業生が、教授に犯行に及んだ事件もあった。


人生はそう簡単に思い通りになる訳がない。努力しても、叶うとは限らない。


逆に、中には、人生が思い通りになったり、順調だったりする人たちもいるだろう。


その別れ道はどこにあるのだろうか?

宗教団体のメンバーの中には、「うちの宗教をやれば、必ず人生は勝つ!大勝利する!」とか言って勧誘する人たちがいるが、本当だろうか?

人生は勝負!とか、仏法は勝つ!とか、運が良くなる宗教とか言ってるけど、果たしてどうなのか?


コツコツ努力を重ねて人生の目標を達成している人たちもいれば、その逆もいる。


人生は勝負なのか?競争社会では、ライバルを打倒してでも勝ち抜く必要性があるのか?

なぜ、人生の目標を達成する人たちと、そうでない人たちに別れるのか?

興味は尽きない。

自分の能力にふさわしくない願望を抱くと、夢は実現しないのだろうか?

世の中には、いわゆる「邪望」を抱いて見事に野心を達成している人間もいる。

真っ当な希望、夢を抱いて努力しても、環境がついて行かずに、夢が達しない場合があった時、人びとはどんな反応をするのか?

あきらめる、結果に満足する、あきらめ切れない、自暴自棄になる、別な目標、夢で逃げ道をつくる、様々な反応があるだろう。


夢や希望が達しない社会、それが、場合によっては、社会の大きなストレスや混乱、治安の悪化となって跳ね返ってしまう。そして、何の罪も責任も無い人間が、犯罪者の被害者になってしまう。こうした犯罪者は、なかなか減らないし、増えて行くのだろう。

社会制度や教育の問題かも知れない。

自分自身の人生を切り開くために、人びとは闘ったり、努力していたり、あるいは願いをかけている。しかし、現実に、人生目標を達成している人たちと、敗退している人たちに別れてしまう。その違いは何なのか?考察している。
今日は午後から外出した。その時、何か心に引っかかっるものがあったが、具体的な事が浮かばないので、そのまま外出した。時間も無かったから。

ところが、外出して数時間たって、初めて、ある忘れ物をした事に気がついた。

大した忘れ物でも無かったので、大丈夫だったが、こういう忘れ物は久しぶりだった。大した忘れ物で無いとき、外出する時に、心の中に何か引っかかっるものが発生する。たいていは思い出せずに外出すると、後になって忘れ物に気がつく。

だから、心の中に何か引っかかっるものが発生したら、忘れ物がないかと点検するようにしていたのだが、今日は時間が無かったので、そのまま外出したら、やっぱり忘れ物をした。

何が言いたいかと言えば、何かあった時、何かの場面に出くわした時、何か心の中に引っかかっるものが発生したら、突っ走るのをやめて、立ち止まって考えるようにした方がいいんじゃあないかと思う。

何か悪い予感がするとか、何か気が進まないとか、そう思ったら、心のわだかまりを取り除く。不安を取り除いてから、前に進んでも遅くないような気がする。

ちょっとした安易な気持ちが、大きなミスを招く事は、日常に於いてたくさんあると思う。

はっきり言ってしまうが、宗教は嫌いだ。苦手だ。無神論者でもある。

無神論者になった最大の功労者は、親である。

30年も戦っていた相手だ。

僕が小学校の頃から、なぜか親が宗教にはまってしまい、宗教儀式を僕に強要したりした。

宗教儀式なんてやりたくないと拒否すると、かなり叱られたり殴られたりした。いやいや儀式はやるけど、もう本当に宗教は嫌だった。


親は入ってる宗教が効果が無いと思うと、次々に宗教を渡り歩いた。その度に儀式が始まるのだ。

子供にしてみれば、たまったものじゃあない。

中学生になると、親から宗教儀式を強要されても、次第に拒否するようになった。

しかし、親はますます宗教にのめり込む。息子が反抗するのは信仰が足りないからだと言われるらしい。

高校に入ってすぐに一人暮らしを始めたので、その後の親の信仰生活はわからなかったが、どうやら親も宗教に疲れ果てて、ついに宗教はやめてしまった。

とは言っても、過去の洗脳は多少残っているような気はする。

信仰をやめた人間には不幸になるとか言う宗教があるらしく、挫折した人間に不幸があるんじゃあないかと、気にしているらしい。

そんなの迷信、妄想だよと言っても、人間の心の中に洗脳された後遺症は残るのだろう。


続く(続編時期未定)