昨日、本屋の前を通ったら、音楽ギフト券が紙くずになったお知らせのポスターを見かけた。

昨年春から年末にかけて、音楽ギフト券の取り扱い停止と、払い戻しをメディアを通じて、徹底的に告知したので、音楽ギフト券は資金決済法により適切に、期限後は紙くずになりましたと言う主旨のポスターだった。


法的には全く問題なく処理され、期限後の音楽ギフト券は合法的に紙くずとなったのです。

この資金決済法は、わずか2ヶ月でギフト券や商品券を紙くずにするシステムなのです。

あなたの持っているギフト券や商品券が、いつの間にか紙くずとなるのは、決して珍しくない時代がやって来ました。

私は、昔から商品券やギフト券があまり好きではないので、せっかく頂いても、さっさと使うか、現金化してしまいます。

それは何故か?やはりギフト券や商品券は、中央銀行が発行した通貨では無いので、破たんのリスクがつきものだからです。昔、北関東の百貨店が倒産し、商品券が紙くずになる事件がありました。

ギフト券や商品券は、決して安全な資産や通貨ではありません。ましてや資金決済法なる恐ろしい法律がある以上は、手元にギフト券や商品券があれば、紙くずになるリスクも常についてまわります。

今の時代、国債ですら、格下げの時代です。国債よりはるかに信用力が落ちるギフト券や商品券に、通貨代用の機能や、ましてや資産価値を期待してはいけないと思います。


このブログは、ある意味、退屈なので、お時間のムダになるので、読まずに飛ばしてください。あくまでも備忘録です。




昨日の議会で宰相が、『最小不幸社会』とか言って、中身の無い空虚な言葉を振り回していた事をきっかけに…………


言葉の意味を、理屈をこねて考えるのも、時間のムダと思いつつ、最近、考えてしまうのは、『オンリーワン』と言う言葉。

オンリーワンなんて言う英語は無いかと思いますが、ナンバーワンとの違いがイマイチわかりません。

ナンバーワンだろうが、オンリーワンだろうが、その人が幸せであればいいかと思ったりします。ただ、人間としての価値は、どちらが高いのか?などと考えてしまいます。ナンセンスかも知れませんが。

これは哲学の領域なのか?それとも、政治の領域なのか?判然としません。

『最小不幸社会』とか言って、具体的中身を示そうともしない政治のリーダーもいますが、ナンバーワンになっても、オンリーワンだと言われても、その人が幸せを感じない人生や社会は、決して幸せな社会ではないと思います。

幸せで無くても、価値ある人生ならいいと思う人もいるでしょう。逆に、幸せで無ければ、価値ある人生とは言えないと考える人もいるでしょう。

辛い思いをしてナンバーワンを目指す人もいれば、ナンバーワンにチャレンジする生き方そのものに、幸せや価値を感じる人もいるでしょう。

ナンバーワンにこだわらずに、オンリーワンをひたすら目指す、実践する生き方に、幸せや価値を感じる人もいると思います。


書いていて、とりとめの無いブログになってしまいましたが、『最小不幸社会』とはイギリスが発祥だと聞きましたが、要するに、オンリーワンかナンバーワンか、あるいは、そのいずれにも属しない生き方を、政治が環境整備や支援によって、ひとりひとりが、価値や幸せを感じるような生き方を比較的自由に、目指せるような社会にしていく。そう言った意味合いがあると思います。


ドラマや演劇には、主人公がいますが、たいていの場合、主人公は独りきりです。

しかし、社会にあっては、ナンバーワンも、オンリーワンも、その他の人も、全ての人が社会の主人公であるべきと、個人的には思ったりします。

生き方は、人それぞれ。どんな生き方が価値があるとか、幸せだとか、強制したり、提示して推奨など出来る性質ではありません。

色々な組織のリーダーやボスは、側近や部下からの報告について、耳障りの良い報告だけを聴き、都合の悪い報告を避けると、結局、取り返しのつかない事態に陥る。


かつては、某ホテルのワンマン経営者や、某スーパーの創業者は、全て、何から何まで指揮権を発揮したが、側近や部下からの報告は、ほとんど都合の良いものばかりで、悪い報告ですら内容を改ざんされたり、創業者やボスに報告する前に密かに処理して、悪い報告は伝わらないようにされたか、あるいは、側近や部下がライバルを蹴落とすために、ボスに悪い情報を密告するなど、最悪の報告体制(態勢)しか仕組まれていない組織は、本当に悲惨だ。

そのような悲惨な組織は、社会的に事件を引き起こして信用を失うか、経営者の刑事、民事の責任を問われるか、果ては企業破綻、組織解体に至るのも珍しくはない。

リーダーやボスたる者、下からの報告については、特に最優先して悪い報告を積極的に聴く体制が必要だと思う。


裸の王様になってしまってからでは遅い。