考察ドラマとリアルと。 | 守護神のさがし方|千柱の神様を知る神話ライター・上江洲規子が教える 

守護神のさがし方|千柱の神様を知る神話ライター・上江洲規子が教える 

弱音を飲み込み、人に頼られるのが得意な長女タイプのあなたへ
ふとしんどさを感じたとき、気軽に愚痴を言える相手のような
自分だけの守護神をさがしてみませんか?

今日のラッキー神社

 

ドラマの「エルピス」を喜んで見てたんですが、レビューやら、ヤフコメやらをみてると、

「犯人はディレクターだと思ってます」

なんて類のものがすごく多くて面喰いました。

 

コメントやレビューだけじゃない。

ニュースでも、

「真犯人は〇〇ではないかといえるこれだけの理由」

みたいなものもあって、度肝を抜かれました。

 

冤罪と警察や検察の在り方、犯人検挙への政治の介入などの問題を問う社会派ドラマを、考察ドラマと勘違いするほど理解力のない人がこんなに多いのか……と。

 

最終回を迎えても、

「犯人がすぐにわかってしまってつまらなかった」

なんてTweetをみて、頭を抱えました。

 

こういう理解力の人に、文字だけで何かを伝えられるのか……?????

 

むろん、現代は誰もが発信できる時代なので目立つだけで、昔っから理解力の低い人はたくさんいたのだと思うのですが。

思うのですが、思うのですが。

 

でも……なんというか、考察ドラマって……そもそもが考察ドラマだよね(^^ゞ

うまく言えないけど、別の次元のリアル同士を組み合わせて、まったくリアルでない物語を作っているというような気がします。

伝わるかしら(^^ゞ

 

先日、映画の「ロスト・ケア」を観てきました。

ネタバレになるので、これから観に行こうと思ってる人は飛ばしてくださいね。

 

主人公の斯波宗典は、脳梗塞の後遺症と認知症で、ほとんど何もできなくなった父の、

「こんな姿のまま生きたくない」

という希望を受け入れて、第一の殺人を犯します。

 

その後、みんなが感心するような熱心な介護士となり、「自分と父がしてほしかったこと」を、利用者の家族、利用者に対しても行うようになるのです。

 

遺族の反応はさまざまで、当時の自分が限界であり、「あのままでは自分が親を殺してしまっていたかもしれなかった」と考え、「私は救われた」と発言する遺族もいれば、「許せない」と考える遺族もいる。

ドラマ全体として、それぞれの思いが干渉し合い、リアリティのある物語でした。

 

ちなみに私は、峯村リエさん演じる猪口介護士みたいな人に介護してほしいと思った……はともかく。

レビューを読んでたら、

「犯人がすぐにわかってつまらなかった」

「〇〇が真犯人だと思ってみていたのに、ひねりがなかった」

と書いてる人がごくごくわずかながらいて、頭抱えました……。

 

人の心は不可解なもの。

でも、一つの不可解が生み出すさざ波が、他のさざなみにまったく干渉しない絵図ってないと思うんですよ。

考察ドラマをみていると、あちらこちらで不可解のさざなみがあるのに、お互い全く干渉してないような、むちゃくちゃ「人工的」な感じがします。

 

それは「犯人を考察する」という目的のためなので、それでいいんだろうけど、非日常であるということは頭に入れておいた方が良いと思う。

そういう「ちょっと特殊」なものを、他のものや日常に持ち込むのは、ちょっと危険じゃないのかなと感じました。

 

特に、日常で、「考察」を始めるようなことがあれば、それは……危険っていうか不健全な気がするなぁ。

 

などと思った次第です。

 

知らんけど。

 

 


  ・プロフィール
  ・守護神さがしとは
  ・メニュー・料金
  ・簡易守護神check
  ・神社おみくじ
  ・イベント・セミナー情報
 
問い合せ

 

 

 

 

 

 

 




取材や執筆の依頼・お問い合わせは
大阪の取材ライター醸工房