前回までのあらすじ



初めのデートから2週間ばかり経ったころ、私たちは2回目のデート?をすることになった。


前に行った店にまた行きたい、と彼が言うので同じ店に行った。

店に行くと飲み友の京子さんがカウンターに座っていた。

「あら、彼氏さん?」
彼を見ながら京子さんが言う。

「いえ、違います」
まだ彼氏ではない、まだ。

「あらー、うちののんちゃんをよろしくお願いしますー」
京子さんは彼に向かってそう茶化した。

私たちは京子さんの隣に座った。
今回も私はソフトドリンクを、彼はお酒を頼んだ。

彼はラインの中では比較的饒舌なのだが、対面になるとめっきり大人しくなる。
分かっていたことではあるが話題がないのはやはり気まずい。

今日は彼が仕事終わりにはるばる出向いてくれたので、ドリンクがカウンターに置かれると私たちは「お疲れ」と言ってグラスを合わせた。

「病院の仕事って難しそうだよね。何か特別な資格とか要るの?」

沈黙を埋めるため適当な質問をする。

「全然。エクセルの合計出す関数と平均出す関数知ってる?」

「オートサムとアベレージかな?」

「そうそう、それ。その2つだけ出来れば誰でも出来るよ。簡単な仕事だよ」

そんなことある?
あんな単純な関数2つだけしか使わない仕事なんかある?
まあきっと話を盛ってるんだろう。

そしてまたしても沈黙。

「せっかく二人なのにごめんなさい。彼くんはどこにお住まいなの?」
彼の隣に座っていた京子さんが、恐らく気を利かせてナイスアシストをしてくれた。
有り難い。

「神奈川の◯◯です」

「あら、あたしも神奈川。◯◯って分かる?」

「分かりますよー。うちと結構近いですね」

「私は◯◯女子校出てるの。知ってる?」

「知ってます。お嬢様なんですね」

「やだ、ぜーんぜん。私勉強からっきしだったから、なんとかこの子の入れるところを、って両親が学校探してね。それで入ったの」

「でも京子さん頭いいでしょ?」

京子さんは旦那からモラハラのような仕打ちを受けておりある時「誰の稼ぎで食ってると思ってるんだ」というモラ夫お決まりの文句に激高し経済的自立を図る。
京子さん42歳の時である。
ずっと専業主婦だった彼女はしかし大手のクレジットカード会社に就職。
彼女はメキメキと頭角を現し立身出世する。
彼女の能力を見込んだ上司は彼女を留学させ、彼女は英語をマスターする。
クレジットカードを扱う仕事は当然1円の間違いも許されない。
しかし彼女は2回数字を間違えるミスをする。
2回目のミスですっかり自信を失った彼女は周りの制止を静かに振り切ってクレジットカード会社を自主退職する。
かなりお給料を貰って旦那も驚くほどだったというし、正直その程度のミスは皆頻繁に起こすので気に病むことはなかったのだが、責任感の強い彼女は退職の道を選ぶ。
その後の就職先に悩んでいた時にクレジットカード会社時代の同僚が区役所の仕事を斡旋してくれて、数年前まで区役所で慌ただしく働いていた。
そんな遅咲きのバリキャリの彼女が勉強できないはずがないのだ。

「そんなことないわよ。だって私、偏差値36の高校だったんだから」

「え?どうせ勉強しなかったんでしょ?」

「したわよ。でも数字が全然だったのよ」

「嘘だー。クレジットカード会社入ったやん」

そんな会話をしていると彼が衝撃の一言を放った。

「私も偏差値35でしたよ」

???

「本当に?」

「私バカだから底辺高しか入れなくて。バカだから大学も行けなくて専門学校に行ったんだ」

はあ…

「どんな専門学校?」

「会計とか経理とか学ぶとこだよ」

自分のことをバカバカと卑下しているが、バカなら会計とか経理は出来ない気がするが。

つづく