むすこから電話がかかってきた。

 

「ねえ、父の日だから、ごはん食べに行こう」

 

僕は苦笑する。それって誰のため?

カレーを作り始めていた僕が

タイミングの悪さに少しブルーになったことは、秘密だ。

 

久々に、むすことむすめ、3人でご飯を食べに行く。

どこに行く?という話になり、それなら、せーので言おうということに。

せーの!

「ステーキ!」

「すし!」

「ステーキ!」

 

全部同じ「す」で始まる言葉だったものだから、

僕は早とちりして「すごいなあ、全員一致か」

と喜んでいると、むすこが済まなさそうに、

「違うんだけど・・・」

と言ってくる。

 

それでもむすこもステーキなら食べたいということになり、

店を予約しようとすると、

「お父さん、今日は休みだって・・・」

ということで、まさかの寿司ということになる。

 

父の日だから、とは言うものの、

どうやら特にプレゼントは用意していないようだ。

でも、目の前で笑顔でパクパク食べている子どもたちの姿を見ていると、

それが何よりの贈りものだと嬉しくなる。

 

帰り道、

車の中でゲームをする。

「空論道」という、ふたつの文章を組み合わせて作り出されたお題について話し合うゲーム。

「無人島に行くときに」+「持って行く野菜」

「タトゥーにしたい」+「くだもの」

などなど。

数年前なら、食べたいからというだけでイチゴとか、野菜嫌いとか言い出していたむすめは、

増やせるからジャガイモ、とまっとうなことを言うので成長したなあと感動。

むすこは、島なら野菜みたいな植物あるはずだから、思い切って「稲」と言うので、

ますます斜め上を行くなあと思う。

むすめに「できるまで時間かかりすぎる」とツッコまれていたが。

 

そのお題の中で

「生まれ変わったらなりたい」+「チェーン店」

というものがあった。

擬人化というのがいまいちつかめていなかったむすめ。

僕は恐らく、彼女の大好きなマックにするのではと思ったら、

はたしてむすめが言ったのは

「グッチ」

予想もしない答えだったので、思わず尋ねてしまう。なぜ?

「高級なところがいい。特別感があるじゃん」と。

マックもいいけど、みんなに人気があるから、とも。

続いて、むすこの答え。

「ディズニーランド」

おいおい、行ったこともないじゃん。なんでまた?(あれはチェーン店か?)

「あんな値段が高いのに、それでもたくさんの人が来るところがいい」

 

思いもよらないところに、大事なことが語られているときがある。

彼らは知らず知らずのうちに、自分たちの思いを吐露していたのかもしれない。

 

むすことむすめが僕に尋ねる。

「それで、お父さんは?」

僕は一瞬だまり、深く考えず浮かんできたイメージを言葉にする。

「スタバ」

なんで?と聞かれ、僕は後付けの理屈として湧いてきた言葉を口にする。

「たくさんの人から愛される美味しさじゃん。

 でも、そこらのチェーン店より、本格的なところもあるぜ、っていうところ」

 

僕たち家族は、形こそ違えど、

同じ思いを求めているのかもしれない、

そんなふうに思った父の日。

むすこに買い物に付き合ってくれと頼まれた。

妹の誕生石プレゼントを買うために。

ふだんは仲が悪いというか、ひたすらお互いをバカにしあっているくせに、

節目節目のポイントは欠かさない。不思議なものだ。

今年は帽子をプレゼントするのだという。

妹に対しては何のリサーチもしないまま、

むすこはネットで情報を集めて、それプラス妹の着ている服から選ぶという。

傍から見ていると、まるで彼女のプレゼントを選んでいるみたいだなと感心する。

 

それに比べて親の私は、

思春期の名のもとに交流が激減したのを言い訳にして、

最近のむすめの好みが全く分からない。

まあ基本、むすめ本人からのリクエストされたものを購入してプレゼントするのがスタイルなのだが。

今年はハンドミキサーがほしいとのこと。

いつもだと、もうほしいものまで決められてアマゾンや楽天の画面を見せられるのだが、

今年は特に指定がなかったので、私が調べて選んで贈ることにした。

 

私の場合、それプラス、

私が贈りたいものをおまけで贈るというやり方をしている。

だいたいが本である。

昨年はむすめに重松清の『きみの友だち』を贈った。

ただし、だいたいむすめの反応は薄い。

 

しかし今年は何も浮かばない。

 

それで、むすめが好きなハリーポッターのグッズの置いてある店に行ってみた。

一緒にいたむすこは、ひょいひょいと「これは?これは?」と選んでいく。

百味グミなるものをむすこは選んで「これおもしろいじゃん」と勧めてくる。

遊び心があり、むすめが喜びそうなものを選んでくる彼はすごいと感心する。

しかし、なんかピンとこない。

それで店内を歩き回り、もうひとつむすめが好きなハウルのクリアファイルが目にとまる。

これ、いいかも、と思い、買うことにする。

 

さて、むすめに渡してきた。

わたしが恐る恐るハンドミキサーの箱の上にハウルのクリアファイルを重ねて差し出すと、

驚いたことにむすめが目を丸くして喜んだのは、クリアファイルの方だった。

「うわぁ、ハウルだ。かっこいい!!」

そんなに喜んでもらえると思っていなかったので、わたしのほうが嬉しかった。

ほんと、ささやかなものにすぎないのだが、

むすめのことを想って、彼女が好きそうなものを選んだことがよかったのかなと思う。

 

おまけは手紙。

ふだん思っているけど言ってないこと、伝えておきたいことを書いて。

 

 

 

 

 

 久しぶりに全身が揺さぶられる曲と出会った。

 

 毎週聴いているNHKのラジオ「飛ぶ教室」で高橋源一郎さんが紹介していた。

 

 名も知らぬ女性の歌声が聞こえてきて、

 お、これはいい声だなと思った直後に、彼女があるひと言を叫ぶ。

 その言葉が響き渡った瞬間、

 あっという間に僕の心が宇宙空間へ飛ばされた。

 

 歌い手がまだ高校生の女の子だとはとても思えないほどの深み。

 その歌声だけで、僕は訳もなく涙を流してしまった。

 もしかすると、その歌に込められていた思いに共鳴したのかもしれない。

 

 「白でも黒でもない青」

 という言葉が、僕の目を開かせる。

 

 

隣でもと奥さんが泣いている。

 

娘の卒業式である。

 

息子の小学校の卒業式のときは、笑顔で息子に手を振っていた元奥さんが、

目を真っ赤にして泣いている。

わたしがハンカチを渡すかどうか迷っているうちに、

突然彼女が駆けだし、一人の先生のとこへ向かった。

何度も何度も頭を下げて、感謝を伝えている。

 

聞けば、むすめの昨年の担任だという。

「ミーが学校に行けなかった時の・・・」

そう、むすめは5年生の冬に学校に行けなくなった。

これだという原因がない、不登校らしい不登校だった。

というより登校拒否だった。

学校や教室というあの空間にいるのが耐えられない、というのが彼女の言い分だった。

幸いなのか何なのか、数ヶ月してむすめはまた学校に通うようにはなった。

 

わたしはもと奥さんの涙を見て、

思っていた以上にしんどかったんだなあと思った。

月に数回も会わなくなっていた私に比べて、

朝起きてから夜寝る時まで、一緒に不安と戦わなければならなかったもと奥さんにとって、

わたしなんかの想像をはるかに超えた辛い日々だったのだろう。

彼女の涙を見て、

私は何にもわかっちゃいなかったんだなーと今ごろ思い知らされた。

 

 

だが、しかしである。

 

もと奥さんが深く感謝しに言っていた先生に対し、

私自身は何も挨拶しに行かなかった。

 

その理由を確かめるべく、

後日、わたしはむすめに尋ねた。

 

「あのさ、5年のとき、確か、さんざん先生のこと文句言ってたよね」

「うん、大嫌いだった」

 

そう。不登校中も、その前後も、むすめは私に対してずーっと、

クラスの中がめちゃくちゃで、

何より担任が何も対応しない、全然人の気持ちを理解しようとしない、

自分の考えをおつしつけてくる、ホントあいつ大嫌い、

と文句を言い続けていたのである。

 

わたしが、お母さん、その先生に涙浮かべて感謝しに行ってたよ、と伝えたら

「え、何でアイツに?意味わかんない」

のひと言。

 

 

何と言うか、

相手の心を知っているつもりで、

全然わかってないんだなと思い知らされたひとコマ。