大人になっても揉め事というのは存在する。
普通に生活をしていても感情の起伏はあるわけで、それが仕事中ともなれば互いの感情がぶつかり合うこともある。
もしくは、そのような怒りの感情を我慢したり、相手の居ない場所で陰口を言うことでストレスを緩和させる方法もある。
納得がいかないことだったとしても、それを受け入れることも大人の対応だとは思う。
ただ、陰口の時の声は大きいのに、いざその相手を目の前にすると何も言えなくなるのは大人の対応ではなく、子供の頃からの習慣だと思う。
現場で詰所(休憩所)の引っ越しがあったのだが、たまたま僕はその日の朝に足をつってしまい、とても駅まで走れなくて仕事を休んでいたのだった。
なぜ足をつるのかというと、最近は残業をすることになり、残業時間になると現場の仮設エレベーターは停止してしまうのである。
普通に生活をしていたらこんなことはあり得ない状況なのだが、作業をしている高層ビルの25階から詰所(休憩所)のある地下3階までを階段でひたすら降りることになるのだ。
もちろん早く帰りたいので急いで駆け降りるので足に負担が掛かるのだ。
神様もそんな環境を想定して身体を作ってないと思う。
細かいことを言うと、大抵の箱モノの建物は2階から地下というのは普通の階の床から天井までの高さとは違っていて、スペースが縦にデカイので階段の踊り場をくるくると回る距離も長くなるので、高層ビルの30階から階段を降りてるくらいのイメージで、出来る限り僕の足がつった件を納得する方向で、朝寝坊が原因という根本的な問題とは区別して頂けると幸いです。
走ったら絶対に間に合う時間なのに足を豪快につったせいで駅前のロータリーで悶絶することになりました。
その詰所の引っ越しが終わった翌日の話である。
詰所の中にあったロッカーが詰所の外に並んでいるのだった。
班長からは前日に電話があり、詰所の引っ越しでロッカーが外になったことと、僕が足をつったことで仕事を休んだことに対するお叱りを受けていた。
班長「足をつったくらいで何を言ってんだよ!俺なんか毎晩両足つってんだからな!!」と。
班長の言い分はわかるのだが、僕が前に下痢で仕事を休んだときにも、これと同じことを言われたのだ。
班長「下痢くらいで何を言ってんだよ!俺なんか毎日下痢だよ!!」と。
いや、そうはなりたくねえわ(笑)と。
20年後には毎日下痢で毎晩両足つるの嫌だわ(笑)と。
それはさておき、外にあるロッカーで私服から作業着に着替えるのは難しい。
これまでは詰所の中だったのでテーブルや椅子に荷物や服を置くことができたのだ。
床にバックを置くにしても現場はまだむき出しのコンクリートである。
パイプの丸椅子が3つくらい置いてあってそれを順番待ちして着替えることになっていたのだ。
単純に詰所の外なので寒いのもあるが、ロッカーの置いてある場所が問題で、これまでは詰所の中で着替えていたので詰所の中はエアコンがあったので暖かかったのだが、そのエアコンの室外機が置いてある前にロッカーが置いてあるのだ。
室外機からの風が体感温度をより下げることになる。
バカなのかな?と。
詰所が急に無くなったという話ならまだ納得できるが、まだ詰所は目の前にあるのだ。
その中で着替えたり普通に休憩している職人もいるのだ。
どうしたらこのような格差が生まれるのか?
いや、こんなの刑務所以下の扱いじゃないか?
着替えるスペースも食事をするスペースすらも、人数分が割り当てられていないのである。
とはいえ、僕は前日に足をつって仕事を休んでいる身なので文句は言えない。
そして10時の一服になった。
ベテランの職人さんに詰所の件での愚痴を溢した。
こんなことは今まで1度も無かったですよと。
こんなのイジメじゃないですかと。
なんで誰も文句を言わないんですかと。
ベテラン職人さんも頭にはきているようだが、どうにも歯切れが悪いのだった。
昼休憩の時間になり、同世代のKさんとも引っ越しの話をした。
Kさんもバタバタしていて事務方の段取りが悪いからみんなイライラしていたと。
Kさんもイライラしていたらしく、そんな雰囲気の時にベテラン職人さんが「靴はどこに置けばいいの?」(問題はそこじゃねーだろ!)と見当違いの文句を言ってたと。
それで無視するのも面倒だから「靴はロッカーに入れたらいいんじゃないですか?」とベテラン職人さんに言ったら「いや、俺はロッカーに靴をいれたくない」(いや、知らねーよ!)と。
Kさんも引っ越しにはイライラしたけどベテラン職人さんの怒りのポイントがズレてることを笑い話として処理をしていた。
3時の一服休憩になり、再びベテラン職人さんと引っ越しの件で話をすることになった。
僕が引っ越しのときに現場に居たら絶対に文句を言ってますよと。
着替えるときの丸椅子だって年上の先輩がいたら譲るわけですから若手は着替えるのが最後になると。
こういうことに文句を言うのも僕ら若手が前に出て発言するしかないですねと。
こんな酷い扱いを年上の人にもさせといて職人の数が足りないとか当たり前だと。
それを残業でやってる負担は末端の僕らに来てるじゃないですかと。
元請けは風邪を引いたら周りにうつるから無理せずに風邪を引いた人は休んで欲しいって言うけど、あんな寒いとこで着替えてたら風邪引くでしょと。
こんなの納得がいかないですよと。
やっぱこういうのは僕とかKさんが言うしかないんでしょうねと。
するとベテラン職人さんが静かに言ったのだった。
「実はね、Kちゃんが昨日はそれでブチキレちゃってさ…」
なんと、前日の引っ越しの現場にいたKさんは事務方の段取りの悪さにブチギレて他の業種の職人さんとも大喧嘩をやらかしていたそうだ。
やはり笑いのツボと怒りのツボは同じようである。
何より自分がブチキレた話を昼休憩のときにKさんは一切隠していたのも面白い。
その大喧嘩をしてるときにベテラン職人さんから「俺、靴はロッカーに入れたくない…」(今は、引っ込んでろよ!)と、この流れなら更に面白い。
Kさんに会ったときに「なんか、昨日、ブチキレたらしいじゃないっすか?(笑)」 と聞いてみた。
Kさんは笑いながら「くっそぉぉぉー(笑)お前だけにはバレたくなかった(笑)違う違う違う、聞いてくれ聞いてくれ、あそこにいたら俺より先に絶対キレてるから!!」と。
詳しく話を聞くとロッカーの移動をすることになり、僕らの業種は50人くらい詰所まで職人が降りてきたのだが、他の業種は若い事務方の担当者が一人だけだったと。
ロッカーの中身を入れ換えるにも、入れ換える先のロッカーに他職の荷物が入ってるから勝手に出すわけにもいかず、無駄な時間を過ごすことになったと。
その若い担当者も荷物の入っているロッカーを1個ずつ開けて中身を確認してから、その1人ずつに電話を掛けて引っ越しの説明をしていたと。
Kさん以外もみんなイライラしてて若い担当者に大声で文句を言っていたと。
ロッカーの移動は中身だけじゃなく、ロッカーそのものも場所を移動したらしく、そのロッカーの移動をKさんは手伝っていたが、他の職人は文句を言うだけで手伝おうとはしなかったと。
そこに若い担当者からの電話で詰所まで降りてきた他職の職人さんが割りとヤンチャな人だったそうで、そのヤンチャな人とKさんが揉めてしまったと。
あんだけ50人くらいいて、さっきまでは偉そうに文句ばっか垂れてたやつらが、いざ相手が立ち向かってきたら誰もなんも言わなくなったと。
これが大人の距離感というかね。
Kさんの後に2人目が続くかどうかで状況は変わったと思う。
安全地帯から文句だけを主張して、いざとなったら喧嘩の仲裁にすら入らない、この頭数が多数派であることが日本人の特徴なのかもしれない。
こういう層は教室の頃からずっと同じスタンスだったと思う。
この日は現場の忘年会だったので、Kさんイジリの話題だけでもかなり盛り上がった。
「俺がその場にいたらなぁ…」
「俺が休んでなきゃガツンと言ってやったんすけどねぇ…」
「俺が足さえつってなかったらなぁ…」
なにより忘年会で一番ウケたのは店員さんからの注文に対する僕の返しだった。
店員「他に何かご注文はありますか?」
僕「あっ、それと、あと、詰所を1つ!!」
宴会場は跳ねるような笑い声に包まれたが、その笑い声は組織の壁の向こう側までは届かない。
高齢の職人たちにはストライキをやれるほどの若さはもうない。
このまま何も変わらないというよりも、現実を変えるだけの力が僕にはまだない。
社長の存在が邪魔をする時代になってきた。