反撃の狼煙 | 天狗と河童の妖怪漫才

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妖怪芸人「天狗と河童」の会話を覗いてみて下さい。
笑える下ネタ満載……の筈です。

毎日のように、こつこつと丁寧に仕事をこなしている。



そんなある日のことだった。



朝イチで僕の所属する班の班長から作業変更の指示が出された。



班長からはA4サイズの紙を1枚渡されて、それは図面の一部を拡大コピーしたもので、そこには手書きで変更箇所が記入されていた。



変更箇所には赤ペンで、ざっくりと丸が描いてあった。



そこの箇所は図面の指示通りに作業をすでに終わらせていた場所で、そこをバラして別の施工方法で再度やり直して欲しいという指示のようだった。



僕のチームが終わらせた仕事を、上の都合だとしても、こんな紙切れ1枚でやり直しにさせられるとは職人とはナメられたものだ。



これで何度目の手直しだろうか、新築なので設計変更があるのは仕方がないにしても、それならば全ての工程を再調整することが可能になる。



しかし、自社の図面の不備が理由での手直しの場合には、他職の工程を止めることは困難であり、そうする場合にはそれなりの金額を請求されるか、工期が迫っている場合には流れを止めることは不可能である。



職人を増員させるか、早出や残業、最終手段が徹夜になる。



そうならない為にも手直しには早めに着手して、その火種を鎮火せねばならない。



だが、その手直しに時間と人数を取られることで、本工事の方にも支障がでるのだ。



3人で進めていた作業のうち、1人を手直しに回した場合には、2人で3人分の作業を進めなければ間に合わなくなる。



手直しの作業内容によって任せる職人のタイプも異なってくるので、限られた人員で作業前線を死守しつつ、後方の手直しを回収するのは工期の序盤ならまだ余裕はあるが、終盤でのそれは致命傷になり、なかなか痺れる場面でもある。



このような図面の不備が途中で改善されぬまま末端の作業員まで訂正されずに流れているのが序盤で続いているのだった。



班長からの説明は「俺もよく意味が分かんないんだけど、他の階がそこをどうやってるのかを満月満月(二次会社の担当者)が見てから決めるらしいから、もうちょっと待ってて」と言われた。



(それなら全ての答えが決まってから伝えてくれればいいのでは?)



まぁ、うちらの担当者にも何か考えがあるのだろうなと、手直しするだけの余裕はまだあるから大丈夫だろうと、そう思いつつ、前日の作業の続きを進めていた。



建設現場には図面という設計図のような紙がある。



これが例えば高層ビルの1つのフロアだけでも、10枚以上はあるのだ。



建物には様々な業種の職人が携わっており、それぞれが自分の担当する分野ごとに別れているので、業者ごとに内容の異なる図面を複数枚ずつ各社が持っていることになる。



大まかな作業工程のような決まりはあるのだが、同じエリアで作業をすることになるので、細かい作業の取り合いは現場サイドで職人同士が話し合ってお互いに譲り合ったりして仲良く作業を進めることになる。



我々職人というのは、建物が完成したら別の現場へと移動を繰り返す稼業なので、毎度同じ図面で、同じ面子で、同じ状況という型に決まった作業環境での仕事とは違うので、建設現場とは常に生き物のように動きながら完成するのだ。



その自分たちの持っている図面に対して、どこから攻めて、どこを守るか、その戦い方も現場の職人達が自分で決めることになる。



あらゆる職種の職人たちが乱戦の如く入り乱れている現場で、いかに自分たちの作業を進めるかは、作業員たちを指揮する職長の手腕にかかっているのだ。



しかし、現場のサイズが大きくなると、受け持つフロアも増えるので、職長の役目を班長がすることになり、現場の最前線は僕のような職人に任されることになる。



基本的にはそれぞれの班(会社)での仕事になるが、スーパーゼネコンのような現場では大きく3つの組織から成り立っている。



一次の元請け会社があり、その下には二次会社(主に施工管理や図面の作成、材料の発注等の事務処理)さらに下には三次会社(工事会社)があって、そこが主に現場での施工をする職人たちの階級になる。



ちなみに二次会社も複数あり、その下に属する三次会社の数は更にもっと多くなる。



元請けと下請けとの距離感が賃金格差にもなるわけだが、そこに何かメリットがあるとすれば、東京のど真ん中にある大きな現場で大きな仕事がやれるという点だけだと思う。



ただ、スーパーゼネコンの所長は全体朝礼で、ここが我が社の稼働している現場の中では日本一の現場だと豪語するのだが(それが現場の規模なのか受注金額なのか職人達の士気を鼓舞する意味なのかは知らないけど)それなら日本一の優秀なエキスパートたちがここに集まっているかといえば、そうではないから困るのだ(笑)



図面が読みにく~いのである。



図面を読めば図面を書いた人の性格が読めるのだが、図面を書くことに夢中になっている人の場合には、最も重要な“伝える”ことが省略されている。



最初の図面は一次会社の人が作成しているので二次会社の担当者も立場上は文句を言えないのもわからなくもない。



僕らは二次会社の抱える工事部隊のようなものなので、二次会社の担当者に図面に対する文句や愚痴を言いながらも、日本一最低な図面と日々にらめっこをしながら解読し、なんとか作業を進めていた。



もちろん他のフロアを担当する職人さんとは休憩中にお互いに愚痴を言い合ったりして笑いながら情報の共有もしている。



図面が読みにくいやら、あの作業は面倒だとか、また手直しだとか、担当者に対する愚痴だったり、自分の班のメンバーがいかに自分勝手な行動をして迷惑だったとか、それならうちの班のやつはもっとバカで酷いとか、うちの班は年寄りばっかりで動きが遅いとか、そのような身内ネタを笑い話としてお互いに提供することで日頃の苦労や失敗も少なからず報われることになる。



身内の苦労話が散々出尽くした最後に、僕が全てをかっさらうことになる。



「まあ僕の班はスペイン語が喋れないと会話にならないですからね(笑)」



図面を解読してもスペイン語が喋れないと相手にちゃんと伝わらないという異次元の苦労話は大オチになる。



そんな寄せ集めの4次会社なのかも怪しい多国籍連合軍を率いているのが僕なのです(笑)



基本的に外国人はボスの言うことしか聞かないので、階級としては肩並びが同じである僕が作業指示をすることに多国籍は面白くないわけで、“こいつはボスじゃないけど、今回だけはこういうことも仕方ないよな”というような、この状況を上手いこと相手に伝える的確な【スペイン語の“ことわざ”】みたいなのを僕は知りません(笑)



【マタドールの乳搾り】みたいなニュアンスのやつ(あるのか知らんけどね)があったら助かります(笑)



暫くすると、班長から連絡があり、うちの担当者が他の階を見て回ったところ、そこの箇所に手をつけていた(作業完了していた)のはうちの階だけで、他の階はまだどこの班もやっていないので、朝イチで渡した指示通り(紙切れ1枚)に手直しをして欲しいと。



うわ、超面倒臭ぇなと。



まず、これを、どう説明すりゃいいんだよ(日本語で)



とにかく手直しのタイミングを考えるわけです。



考えなくてもいいことをまず考えることが大切で、その考えるべきことは考えるべき時に考えるわけで、それを今から考えるわけです。



まず手直しには1人で半日は掛かる。



誰を行かせるか?



仕事が速い職人なら時間は稼げるが、手直しが雑だと鎮火にはならない。



手直しは他職との絡みはないので日本語が喋れない職人でも迷惑にはならない。



着実に仕事をこなしている前線部隊を手直しに回すのはリスクが高い。



手直しに、それなりの理由がなければ前線に復帰しても士気が下がってしまう。



1名はすでに持病の痛風で戦線離脱をしている。



作業指示をしている僕が手直しに回ると他が潰れてしまう。



この火種は意外と大きい。



痛風の回復が読めない。



前線部隊を止めるしかない。



前線を止めている間に他職に前線の作業エリアを確保されるのも痛い。



それでも火種は早目に消さないと次の手直しが発生した場合には取り返しがつかなくなる。



とりあえず休憩時間になり売店に向かった。



そこの売店には珍しく若くてエロい姉ちゃんが働いているのだが、僕はそのエロい姉ちゃんからの対応に頭に来て「何だ?あのブス!!」とイライラしてしまい、そのイライラの理由を喫煙所にいたベテラン職人さんに対して喋っていた。



その勢いで先程の手直しの一件についてもイライラしながら喋っている最中に手直しする意味や理由についてイライラしながら喋っていたら、変更箇所の変更することになった本当の理由に辿り着いてしまったのである。



多国籍軍を前線から動かすことなく、元請けに対して反撃することにしたのだった。



そう、相手が日本人なら、僕は日本語なら割りと喋れるだったのだ。




つづく